お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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第19章 聖夜の猛攻

婚約者との晩餐

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「そう、結月さんは、ご両親と仲がよろしいのね?」

 執事と別れて、一時間ほどがたった頃、結月は餅津木家の面々と夕食をとっていた。

 招かれた晩餐のメニューは、まさにクリスマスディナーといったところ。テーブルの上には、七面鳥にワインと、豪勢な料理が並んでいて、結月は、その料理を口にしながら、聞かれた質問に丁寧に答えていた。

「はい。父も母も、私に惜しみなく愛情を注いでくれました」

「そうだろう。洋介君も、結月さんのことを自慢の娘だと言っていたよ。なにより、こんなにも大事な一人娘の婚約者に、うちの冬弥と選んでくれたんだ。洋介君には、感謝してもし足りないくらいだ」

「それは、私たちの方です。冬弥さんのように素敵な方と巡り合わせていただけたのは、幸蔵こうぞう様が、父に縁談を持ち込んでくださったおかげですから」

 にこやかに笑って、結月は、冬弥の父を見つめた。

 現在、この食卓を囲んでいるのは、結月と冬弥のほかに、冬弥の両親がいた。

 父である、餅津木 幸蔵と、母親である餅津木 清香きよか

 共に50代の夫婦で、今夜はクリスマスデートといいつつも、冬弥の両親への挨拶も兼ねていたため、このようにディナーを共にすることになった。

「はっはっはっ。結月さんは、本当に素直で可愛いらしい子だなー。こんな素敵な子を妻にできるなんて、正直、冬弥がうらやましいよ」

 質のいいスーツを着込んだ幸蔵が豪快に笑う。すると、その横で、妻の清香が声を上げた。

「ちょっと、あなた。若くて綺麗な子と夕食をとってるからって、すぐに鼻の下を伸ばすのは、やめてください。みっともない!」

 髪をきっちり夜会巻きに整えた清香は、どこか不機嫌そうな顔で夫の幸蔵を叱咤した。すると幸蔵は

「別に、鼻の下を伸ばしてなんていないだろ」

「伸ばしてるじゃありませんか。さっきからヘラヘラと。結月さん、気を付けてくださいね。この人、女癖が悪いから」

「…………」

 さすがにその言葉には、絶句する。

 女癖が悪いからなんだ。まさか息子の婚約者に手を出すことは、さすがにあるまい。

 だが、どう切り返せばいいか分からず、結月が、助けを求めるように冬弥を見つめれば、冬弥は、その会話には一切関わらず、もくもくと食事をとり続けていた。

 普通、婚約者が困っていたら、助け舟の一つくらい出すだろう。
 だが、この会話に、冬弥が口を挟めないことも、結月はよく理解していた。

 今日までに、執事が調べ上げてきた餅津木家の情報は、全て頭の中に叩き込んできた。経営する会社のこと、友人関係、そして、家庭の内情に至るまで全て。

 そして、執事の話によれば、冬弥は、上の三人の兄とは一人だけ母親が違うらしい。

 所謂、めかけの子。つまり、幸蔵が不倫相手に産ませた子で、今、目の前にいる幸蔵の正妻・清香とは、全く血がつながっていないのだ。

(女癖が悪いなんて……まるで、冬弥さんへの当てつけね)

 この分だと、清香よりも若かった冬弥の母親に、夫の幸蔵が入れこんでしまったのだろうか。なら、この話題に、冬弥が口を挟めるはずもない。

 とはいえ、客人の前で言うには、あまりに品のない話だ。

「結月さん、スープが進んでないみたいだが、お口に合わなかったかな?」

「え?」

 すると、話題を変えようとばかりに、幸蔵が話しかけてきて、結月は、一度しか口にしていないスープを見つめた。

 そして、思い出したのは、屋敷の中で話した、執事との会話。


 ✣✣✣


『ディナーに招かれた以上、どうしても、食事はとらないといけない。食べないなんて選択肢はないし、食欲がないと突っぱねるのも印象が悪い』

『そんなのわかってるわ。でも、もしも、また……っ』

 屋敷の中、執事と夜な夜な話したのは、婚約者との晩餐についてだった。

 結月が不安視していたのは、例の誕生パーティーのような出来事が、また起きないかどうか?

 あの夜、結月は、ジュースと偽りお酒を飲まされ、無理やり関係を持たれそうになった。

 さすがに警戒されている中、また同じ手を使ってくるとは思えないが、それでも、相手の一族が、自分と冬弥との間に一刻も早い懐妊を望んでいるからこそ、結月の不安は一向に消えなかった。

『もし、また眠らされたりしたら……っ』

『結月、落ち着いて。確かに、大丈夫とは言い切れないけど、餅津木家は、あくまでも結月の妊娠を望んでる。なら、子供に影響が出るかもしれない薬を、わざわざ飲ませてまで、ことに及ぶとは考えにくい』

『あ、そうね、確かに……』

『でも、万が一ってこともある。だから、ディナーを出されたら、まずはスープやジュースといった液体のものを、一口だけ口にして』

『一口だけ?』

『あぁ、もし睡眠薬を仕込まれるなら、味の濃い液体の中に仕込まれることが多い。薬の味に気付かれないように。そして、その薬が効き始めるのに、大体15分ほどかかる』

『15分……』

『あぁ。だから、初めに一口だけ飲んで様子を見るんだ。体に何が違和感が出てきたら、スープ類は極力口にしないようにする』

『でも、それでも飲まないといけない場合は、どうしたら?』

『その時は半分までにして。でも、そうなると多少なりと眠気が襲ってくるかもしれない。だから、そんな時のために、俺がドリンクを持たせてあげるよ。ディナーの後、すぐに飲めばいい』

『ドリンク?』

『あぁ、眠気覚ましによく効くドリンク。漢方とか色々混ぜわせて作ったお手製のね。とっても苦いけど、効き目は保障するよ』


 ✣✣✣


 そんな会話をしたのが、つい二日前。
 結月は、スープを見つめながら考える。

(スープを飲んで、もう15分はたった。体に違和感はないわ、眠気もない)

 ならきっと、このディナーの中に、睡眠薬は仕込まれてない。
 結月は、レオの言葉を思い出しながら、またスプーンを手にした。

 子供を欲している以上、薬を使う可能性は低い。
 レオの言ったとおりだ。

 餅津木の目的は、あくまでも懐妊させ、正式な結婚に持ち込むことだから。

「いえ、とっても美味しいです」

 口に合わなかったのかと問いた幸蔵の質問に、結月はにこやかに答えると、スープを掬い上げ、二口目を口にする。

(大丈夫。万が一、遅延性の薬だったとしても、レオの作ってくれたドリンクもあるわ)

 あとで、念のために飲んでおこう。 
 今夜は、絶対に眠ってはいけないのだ。
 自分を身を守るためにも――


 そうして、疑心を抱えながらも、結月は冬弥の両親と、楽しそうに会話を続けた。だが、その晩餐の最中、隣に座る冬弥が口を開くことは、ほとんどなかった。





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