お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
195 / 289
第19章 聖夜の猛攻

儚き才能

しおりを挟む

「私の親は、私の夢をバカにしたんですッ」

 悲痛な声は、執務室いっぱいに響き渡った。

 日頃、明るい恵美の暗然とする姿。それを眼前に見据えながら、レオは何も言わず耳を傾けた。

「親って、勝手ですよね……子供の頃は才能があるとか、お前は天才だともて持てはやすくせに、年頃になると、いきなり『現実を見ろ』って、それまでの言葉をあっさり覆《くつがえ》すんです」

「…………」

「勿論、私だって現実は見てます。簡単に叶う夢じゃないのも分かってます。でも、両親にだけは、最後まで応援して欲しかった。それなのに『いつまでも夢なんて見てないで、真っ当な仕事に付け』と言われました。結局、親は、子供を自分の望むように育てたいだけなんです。いい会社に務めて、結婚して子供を産んで、親の介護をする。そのレールを当たり前のように強いて、反発したら出来損ない呼ばわりです」

「…………」

 恵美の話に、レオは静かに目を細めた。

 親との確執は、決して珍しい話ではない。

 そして、世間が決めた『幸せという名のレール』は、人々の心に、今も強く根を張っていて、そのレールの上で生きることが幸福だとされる以上、そのレールから外れた人々は、どうしても、生きづらさを抱えて生きていく事になる。

 そして、彼女も、そのうちの一人なのだろう──

「相原さんは、絵を描かれていますね」

「え? なんで、それを」

「夜な夜な起きて、何かをしているのは知っていました。部屋の明かりがついていたので……それに、右手の中指にはペンだこが出来てます。インクが染み付いて黒ずんでもいる。よくペンを握ってる証拠です。それに、前にお嬢様を連れて買物に行った時、画材屋さんに行きたいと言って、スクリーントーンを購入していました。なら、相原さんの夢は、漫画家になることですか?」

「……!」

 レオの言葉に、恵美は目を見開いた。
 まさか、夜に絵を描いていたことを気付かれていただけでなく、なりたいものまで見抜かれていたなんて……

「は、はい。そうです。私は、漫画家を目指しています」

「やっぱり、そうですか。では、漫画家なるのを反対されて、家出してきたのですね?」

「はい。『漫画家になんか、なれる訳ないだろ』と言われました。なれるのは、ごく一部の才能ある人だけだって。私には、才能がないと言われたようで、それで頭にきて、家を飛びましました」

 幼い頃は、よく褒めてもらった。

 両親に褒めらるのが嬉しくて、小学生の時はひたすら絵を描いていた。

 だけど、中学、高校と成長していくうちに、次第に褒めてくれなくなって、でも、その頃には、もう夢ができていて、自分のために描くようになっていた。

 絵を描くのが好き。
 物語を作るのが楽しい。

 いつか、誰かの心に残るような、素敵な漫画を描きたい。

 だけど、そんな私の夢を、両親は嘲笑った。

『漫画家になんて、なれるわけないだろう』
『そうよ。ちゃんと現実を見なさい』

 私の夢は、両親にとっては、叶うはずのない夢で、私は夢を叶えられない側の人間だと、これまでの全てを否定された。

 でも、そんなのよく理解していた。
 絵が上手いだけじゃ、生き残れない。

 生易しい世界じゃない。
 例えデビューできても、生き残れるのは一握り。

 それは、よく分かっていた。

 それでも諦めたくなくて、両親と大喧嘩をして、家から飛び出した。

「……家出したのは後悔していません。でも、正直、運がよかったと思います。矢野さんと奥様が、私を阿須加家のメイドとして置いて下さらなかったら、今頃、漫画を描くどころではなかったと思いますし……だから、雇って頂いたことに関しては、奥様にも感謝はしているんです。でも、お嬢様との関係を見て、どこの親も同じなんだと、改めて思いました。お金持ちだろうが、一般家庭だろうが、子供は、親の望む通りに生きないと愛して貰えないんだって……だから私、お嬢様の気持ちが、よく分かるんです」

 俯く恵美は、ひどく悲しげに笑った。

 親に愛されていない。その思いを共有したからこそ、恵美は、常に結月の味方でいたのかもしれない。

 でも……

「相原さんとお嬢様は、同じようで、全く違いますよ」

「え?」

「お嬢様は、愛されたことがありません。生まれながらにして恨まれ、今も子供を産む道具としか思われていない。でも、相原さんは、愛されていたはずです。少なからず、子供の頃は」

「っ……そうですけど……でも、裏切られたんです! 今の私は、愛されてません! 本当に愛してるなら、最後まで応援してくれるはずです!」

「それは、どうでしょうか?」

「え?」

、厳しい言葉をかける場合もあるかもしれません」

「なッ……」

 あまりの言葉に、恵美は言葉をなくした。

 愛しているからこそ──その言葉に、胸の奥が、これまでにないくらい動揺する。

「なんですか、それ……っ」

「まぁ、俺は相原さんの親にお会いしたことがないので、ハッキリとはいえません。もしかしたら、本当に、愛されていないのかもしれない……でも、俺も『執事になる』と話した時、両親に反対されました」

「え?」

「両親といっても、義理の両親です……フランスに移住して、しばらくたった頃『ゆくゆくは、イギリスに渡り、執事学校に入学したい』と話したら『なぜ、わざわざ人に仕える側に就くのか』と『君は仕える側ではなく、使う側に立てる人間だろう』と、執事になることを、激しく反対されたんです」



しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...