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第19章 聖夜の猛攻
儚き才能
しおりを挟む「私の親は、私の夢をバカにしたんですッ」
悲痛な声は、執務室いっぱいに響き渡った。
日頃、明るい恵美の暗然とする姿。それを眼前に見据えながら、レオは何も言わず耳を傾けた。
「親って、勝手ですよね……子供の頃は才能があるとか、お前は天才だともて持てはやすくせに、年頃になると、いきなり『現実を見ろ』って、それまでの言葉をあっさり覆《くつがえ》すんです」
「…………」
「勿論、私だって現実は見てます。簡単に叶う夢じゃないのも分かってます。でも、両親にだけは、最後まで応援して欲しかった。それなのに『いつまでも夢なんて見てないで、真っ当な仕事に付け』と言われました。結局、親は、子供を自分の望むように育てたいだけなんです。いい会社に務めて、結婚して子供を産んで、親の介護をする。そのレールを当たり前のように強いて、反発したら出来損ない呼ばわりです」
「…………」
恵美の話に、レオは静かに目を細めた。
親との確執は、決して珍しい話ではない。
そして、世間が決めた『幸せという名のレール』は、人々の心に、今も強く根を張っていて、そのレールの上で生きることが幸福だとされる以上、そのレールから外れた人々は、どうしても、生きづらさを抱えて生きていく事になる。
そして、彼女も、そのうちの一人なのだろう──
「相原さんは、絵を描かれていますね」
「え? なんで、それを」
「夜な夜な起きて、何かをしているのは知っていました。部屋の明かりがついていたので……それに、右手の中指にはペンだこが出来てます。インクが染み付いて黒ずんでもいる。よくペンを握ってる証拠です。それに、前にお嬢様を連れて買物に行った時、画材屋さんに行きたいと言って、スクリーントーンを購入していました。なら、相原さんの夢は、漫画家になることですか?」
「……!」
レオの言葉に、恵美は目を見開いた。
まさか、夜に絵を描いていたことを気付かれていただけでなく、なりたいものまで見抜かれていたなんて……
「は、はい。そうです。私は、漫画家を目指しています」
「やっぱり、そうですか。では、漫画家なるのを反対されて、家出してきたのですね?」
「はい。『漫画家になんか、なれる訳ないだろ』と言われました。なれるのは、ごく一部の才能ある人だけだって。私には、才能がないと言われたようで、それで頭にきて、家を飛びましました」
幼い頃は、よく褒めてもらった。
両親に褒めらるのが嬉しくて、小学生の時はひたすら絵を描いていた。
だけど、中学、高校と成長していくうちに、次第に褒めてくれなくなって、でも、その頃には、もう夢ができていて、自分のために描くようになっていた。
絵を描くのが好き。
物語を作るのが楽しい。
いつか、誰かの心に残るような、素敵な漫画を描きたい。
だけど、そんな私の夢を、両親は嘲笑った。
『漫画家になんて、なれるわけないだろう』
『そうよ。ちゃんと現実を見なさい』
私の夢は、両親にとっては、叶うはずのない夢で、私は夢を叶えられない側の人間だと、これまでの全てを否定された。
でも、そんなのよく理解していた。
絵が上手いだけじゃ、生き残れない。
生易しい世界じゃない。
例えデビューできても、生き残れるのは一握り。
それは、よく分かっていた。
それでも諦めたくなくて、両親と大喧嘩をして、家から飛び出した。
「……家出したのは後悔していません。でも、正直、運がよかったと思います。矢野さんと奥様が、私を阿須加家のメイドとして置いて下さらなかったら、今頃、漫画を描くどころではなかったと思いますし……だから、雇って頂いたことに関しては、奥様にも感謝はしているんです。でも、お嬢様との関係を見て、どこの親も同じなんだと、改めて思いました。お金持ちだろうが、一般家庭だろうが、子供は、親の望む通りに生きないと愛して貰えないんだって……だから私、お嬢様の気持ちが、よく分かるんです」
俯く恵美は、ひどく悲しげに笑った。
親に愛されていない。その思いを共有したからこそ、恵美は、常に結月の味方でいたのかもしれない。
でも……
「相原さんとお嬢様は、同じようで、全く違いますよ」
「え?」
「お嬢様は、愛されたことがありません。生まれながらにして恨まれ、今も子供を産む道具としか思われていない。でも、相原さんは、愛されていたはずです。少なからず、子供の頃は」
「っ……そうですけど……でも、裏切られたんです! 今の私は、愛されてません! 本当に愛してるなら、最後まで応援してくれるはずです!」
「それは、どうでしょうか?」
「え?」
「愛しているからこそ、厳しい言葉をかける場合もあるかもしれません」
「なッ……」
あまりの言葉に、恵美は言葉をなくした。
愛しているからこそ──その言葉に、胸の奥が、これまでにないくらい動揺する。
「なんですか、それ……っ」
「まぁ、俺は相原さんの親にお会いしたことがないので、ハッキリとはいえません。もしかしたら、本当に、愛されていないのかもしれない……でも、俺も『執事になる』と話した時、両親に反対されました」
「え?」
「両親といっても、義理の両親です……フランスに移住して、しばらくたった頃『ゆくゆくは、イギリスに渡り、執事学校に入学したい』と話したら『なぜ、わざわざ人に仕える側に就くのか』と『君は仕える側ではなく、使う側に立てる人間だろう』と、執事になることを、激しく反対されたんです」
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