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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ㉙ ~ 兄妹 ~
しおりを挟む「五十嵐、お前はクビだ」
次の日──別邸では、かなり騒動になった。
原因は、五十嵐が冬弥くんにワインをぶっかけ、結月をホテルから連れ出したらしく、それを聞いた洋介は激しく激怒し、五十嵐を、今すぐ解雇すると言い出した。
「五十嵐、お前は餅津木家との縁談を台無しにする所だったんだ。これがどういうことかわかるな」
「……はい。その件に関しては深く反省しております。お嬢様の婚約者とは知らず、冬弥様には大変失礼なことをしてしまいました。ですが私は、あの男が、お嬢様に相応しいとは、到底おもえません」
だけど、そう言って、はっきりと物申す五十嵐は、洋介以上に、結月を大切に思っているように見えた。
なにより、五十嵐は、結月を守ってくれた。
婚約者に刃向かってまで、結月を、あの場から救い出してくれた。
そして、そんな五十嵐を、私がクビにさせるはずがなく、私は、膝の上でうづくまるユヅキをあやしながら、洋介に反論する。
五十嵐に、結月のそばにいるよう命じたのは、私だと。
はっきりそう告げれば、洋介は更に怒り出したけど、いいたいことを伝えつつも、あまり逆撫でしないよう執事を利用するよう提案すれば、洋介は、なんとか、その話を飲みこんでくれた。
だけど、五十嵐をかばいながらも、心の隅では、微かな不安が渦巻いていた。
黒沢に調べるよう命じたが、五十嵐の素性が、まだ、はっきりとは分からない。
ただの思いすごしならいい。
だけど、もし五十嵐が、あの時の子で、その父親が彼だったら?
疑わしいことがあるなら、今すぐにでも、解雇したほうがいいのかもしれない。だけど、今、五十嵐を手放せば、誰が結月を守れるだろう?
だから、私は、ほんの小さな希望を込めて、五十嵐を手元においた。
どうか、ただの思いすごしでありますように──
だけど、その後、届いた結果は、あまりにも残酷だった。
✣✣✣
「いらっしゃい、黒沢」
それからしばらくし、私は阿須加家の別邸で、黒沢に声をかけていた。
ゆったりとしたソファーに腰かけ、優雅に猫を撫でる私の前にきた黒沢は、その後、大判の封筒を差し出してきた。
そして、それを見れば、要件がなにかは、すぐに分かった。
「奥様、探偵に依頼していた『望月 玲二』の件ですが……」
そして、その言葉を聞いて、私は手を止める。
すると、その拍子に、膝元にいたユヅキが、するりと抜け出し、私は、空いた手を差し出し、恐る恐る目の前の封筒を受け取った。
これを見れば、全てがわかる。
だから、どうか、思いすごしであってほしい。
そんな願いを込め、私は、中にはいっている書類を、静かに取り出した。
だけど、書類を目にした瞬間、その小さな希望は、あっさりと絶望に変わってしまった。
一番最初に目にしたのは、一枚の写真だった。
そして、その写真には、美しい顔立ちをした男が写っていた。
あの日、私を救ってくれた人。
義兄から守ってくれて、私のわがままを聞いてくれた人。
だけど、その人物が『望月 玲二』だと分かった瞬間、私は、一気に絶望の縁に叩き落とされた。
信じたくなかった。
だから、思いすごしだと言い聞かせてきた。
でも……
(あの人、望月玲二っていう、名前だったのね)
初めて、彼の名前を知った。
一度だけ、関係を持った優しい人の名前は、どこか彼らしい名前だった。
だけど、その人が、もうこの世にいないなんて、思わなかった。
あの日、自殺したとウワサされていた従業員が、彼だなんて信じたくなかった。
でも、どんなに心が泣き叫ぼうが、黒沢の前で、とりみだす訳にはいかず、私は、何事もないように書類をめくり続ける。
「……思ったより、時間がかかったわね」
「それはもう。なんせ8年も前に事故死した男のことですから、あまり情報もなく」
すると、必死に平静を装う私に向け、黒沢は、望月玲二について話し始めた。
「望月 玲二は、当時、阿須加のホテルでコンシェルジュとして働いていました。妻は他界していて、家族構成は、高齢の母親と息子の3人。事件の後、母親の方は姉家族が引き取ったそうですが、息子の方は養子に出されたそうです」
「養子? その息子の引き取り先が書かれてないけど?」
「それは、どうやら施設を介さず、引き取られたようで。しかも海外に移住したらしく、引き取り先のことまで詳しくは」
「そう……役に立たないわね」
私は、深くため息をついた。
私が、一番しりたかったのは、五十嵐の素性だ。だけど、書類をめくり終える頃には、それも全て解決していた。
なぜなら、書類の中には『望月 玲二』の息子の名前がしっかりと記載されていた。
そう『望月 レオ』と──
「どうやら……私の予想通りだったみたいね」
「え?」
「いいえ、こっちの話よ。そうだわ、黒沢。このことは一切他言しないでね。もちろん、洋介にも」
「旦那様にも、ですか?」
「えぇ……まぁ、どのみち死んだ従業員のことなんて、洋介は記憶にもないでしょうけど」
そう言うと、私は黒沢からライターを借り、書類に一枚一枚、火を付け始めた。
「ちょ、奥様、なにを!?」
「もう、必要ないわ。こんな書類」
燃え盛る書類を数枚、洋介が、日頃使っている灰皿の中にへ放り込んだ。
そして、少しずつ形の無くなる書類を見つめながら、私は、更に考え込む。
(望月 玲二の息子が、今更、うちに何の用かしら?)
疑惑は確信に変わり、私はあらためて、屋敷に潜り込んだ息子の姿を思い浮かべた。
名前を変えて潜り込んできた──あの執事の姿を。
だけど、それと同時に、私は深く後悔する。
結月を自由にしてもらうために、五十嵐を選んだのに、私は、一番選んではいけない男を選んでしまったのかもしれない。
だって、五十嵐が、あの男の息子だとすれば、結月と五十嵐は、兄妹かもしれないのだから──…
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