お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
271 / 289
最終章 箱と哀愁のベルスーズ

箱と哀愁のベルスーズ ㉙ ~ 兄妹 ~

しおりを挟む

「五十嵐、お前はクビだ」

 次の日──別邸では、かなり騒動になった。

 原因は、五十嵐が冬弥くんにワインをぶっかけ、結月をホテルから連れ出したらしく、それを聞いた洋介は激しく激怒し、五十嵐を、今すぐ解雇すると言い出した。

「五十嵐、お前は餅津木家との縁談を台無しにする所だったんだ。これがどういうことかわかるな」

「……はい。その件に関しては深く反省しております。お嬢様の婚約者とは知らず、冬弥様には大変失礼なことをしてしまいました。ですが私は、あの男が、お嬢様に相応しいとは、到底おもえません」

 だけど、そう言って、はっきりと物申す五十嵐は、洋介以上に、結月を大切に思っているように見えた。

 なにより、五十嵐は、結月を守ってくれた。

 婚約者に刃向かってまで、結月を、あの場から救い出してくれた。

 そして、そんな五十嵐を、私がクビにさせるはずがなく、私は、膝の上でうづくまるユヅキをあやしながら、洋介に反論する。

 五十嵐に、結月のそばにいるよう命じたのは、私だと。

 はっきりそう告げれば、洋介は更に怒り出したけど、いいたいことを伝えつつも、あまり逆撫でしないよう執事を利用するよう提案すれば、洋介は、なんとか、その話を飲みこんでくれた。

 だけど、五十嵐をかばいながらも、心の隅では、微かな不安が渦巻いていた。

 黒沢に調べるよう命じたが、五十嵐の素性が、まだ、はっきりとは分からない。

 ただの思いすごしならいい。

 だけど、もし五十嵐が、あの時の子で、その父親が彼だったら?

 疑わしいことがあるなら、今すぐにでも、解雇したほうがいいのかもしれない。だけど、今、五十嵐を手放せば、誰が結月を守れるだろう?

 だから、私は、ほんの小さな希望を込めて、五十嵐を手元においた。

 どうか、ただの思いすごしでありますように──

 だけど、その後、届いた結果は、あまりにも残酷だった。


 ✣✣✣

「いらっしゃい、黒沢」

 それからしばらくし、私は阿須加家の別邸で、黒沢に声をかけていた。

 ゆったりとしたソファーに腰かけ、優雅に猫を撫でる私の前にきた黒沢は、その後、大判の封筒を差し出してきた。

 そして、それを見れば、要件がなにかは、すぐに分かった。

「奥様、探偵に依頼していた『望月もちづき 玲二れいじ』の件ですが……」

 そして、その言葉を聞いて、私は手を止める。

 すると、その拍子に、膝元にいたユヅキが、するりと抜け出し、私は、空いた手を差し出し、恐る恐る目の前の封筒を受け取った。

 これを見れば、全てがわかる。

 だから、どうか、思いすごしであってほしい。

 そんな願いを込め、私は、中にはいっている書類を、静かに取り出した。

 だけど、書類を目にした瞬間、その小さな希望は、あっさりと絶望に変わってしまった。

 一番最初に目にしたのは、一枚の写真だった。

 そして、その写真には、美しい顔立ちをした男が写っていた。

 あの日、私を救ってくれた人。
 義兄から守ってくれて、私のわがままを聞いてくれた人。
 
 だけど、その人物が『望月 玲二』だと分かった瞬間、私は、一気に絶望の縁に叩き落とされた。

 信じたくなかった。
 だから、思いすごしだと言い聞かせてきた。

 でも……

(あの人、望月玲二っていう、名前だったのね)

 初めて、彼の名前を知った。
 一度だけ、関係を持った優しい人の名前は、どこか彼らしい名前だった。

 だけど、その人が、もうこの世にいないなんて、思わなかった。

 あの日、自殺したとウワサされていた従業員が、彼だなんて信じたくなかった。

 でも、どんなに心が泣き叫ぼうが、黒沢の前で、とりみだす訳にはいかず、私は、何事もないように書類をめくり続ける。

「……思ったより、時間がかかったわね」

「それはもう。なんせ8年も前に事故死した男のことですから、あまり情報もなく」

 すると、必死に平静を装う私に向け、黒沢は、望月玲二について話し始めた。

「望月 玲二は、当時、阿須加のホテルでコンシェルジュとして働いていました。妻は他界していて、家族構成は、高齢の母親と息子の3人。事件の後、母親の方は姉家族が引き取ったそうですが、息子の方は養子に出されたそうです」

「養子? その息子の引き取り先が書かれてないけど?」

「それは、どうやら施設を介さず、引き取られたようで。しかも海外に移住したらしく、引き取り先のことまで詳しくは」

「そう……役に立たないわね」

 私は、深くため息をついた。
 
 私が、一番しりたかったのは、五十嵐の素性だ。だけど、書類をめくり終える頃には、それも全て解決していた。

 なぜなら、書類の中には『望月 玲二』の息子の名前がしっかりと記載されていた。

 そう『望月もちづき レオ』と──

「どうやら……私の予想通りだったみたいね」

「え?」

「いいえ、こっちの話よ。そうだわ、黒沢。このことは一切他言しないでね。もちろん、洋介にも」

「旦那様にも、ですか?」

「えぇ……まぁ、どのみち死んだ従業員のことなんて、洋介は記憶にもないでしょうけど」

 そう言うと、私は黒沢からライターを借り、書類に一枚一枚、火を付け始めた。

「ちょ、奥様、なにを!?」
「もう、必要ないわ。こんな書類」

 燃え盛る書類を数枚、洋介が、日頃使っている灰皿の中にへ放り込んだ。

 そして、少しずつ形の無くなる書類を見つめながら、私は、更に考え込む。

(望月 玲二の息子が、今更、うちに何の用かしら?)

 疑惑は確信に変わり、私はあらためて、屋敷に潜り込んだ息子の姿を思い浮かべた。

 名前を変えて潜り込んできた──あの執事の姿を。

 だけど、それと同時に、私は深く後悔する。

 結月を自由にしてもらうために、五十嵐を選んだのに、私は、を選んでしまったのかもしれない。

 だって、五十嵐が、あの男の息子だとすれば、結月と五十嵐は、かもしれないのだから──…
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...