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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ㉛ ~ 絶望 ~
しおりを挟む「卒業と同時に同棲させるって、本気でいってるの!?」
その話を洋介から聞いた時は、酷く動揺した。
名家の一人娘が、婚約者とはいえ、結婚前に同棲するなんて、聞いたことのない話だった。
「結月は、阿須加家の娘なのよ!?」
「わかってる! でも、仕方ないだろう。子供ができてから籍を入れるという条件を、こちらから出してるんだ。それに、餅津木家に身を置くのは、子供ができるまでの間だけだ。懐妊後、正式に結婚したら、次は、冬弥くんが阿須加家にくることになるんだからな」
「だからって……!」
その後は、夫婦でしばらく揉めた。
このままでは、結月の人生が決まってしまう。
だけど、結月自身が、冬弥くんと付き合うと決めた以上、私には、もう成す術がなかった。
ここまで頑張って来たのに、結局、守ろうとしたモノは、手の届かない闇の中に引きづり込まれていく。
そして、悪い話は、それだけじゃ終わらなかった。
「それと、結月が餅津木家に行ったあとは、本館の使用人たちを、うちのホテルで引き取ろうと思ってる」
「ホテルで?」
「あぁ、そのまま解雇しようかとも考えたが、執事にメイドにコック。ホテル業をさせるには申し分ないだろう。それに、先日の上役たちに言われたんだ。五十嵐という執事は、お客様受けがよさそうだと」
「……っ」
その話を聞いた瞬間、私は息を飲んだ。
お客様ということは、例の接待に、五十嵐を参加させるということ。しかも、上役にまで、目をつけられていたなんて──
(このままじゃ、五十嵐まで……っ)
阿須加家の餌食にされてしまう。
そう、父親である、望月玲二と同じように──
「ダメよ、五十嵐は、私の執事にするから」
「はぁ!?」
その後、間髪入れず反論すれば、洋介は酷く驚いた顔をしていた。
「何を言ってるんだ!? 上からの命令だぞ!? 背くつもりか!?」
「そうよ。なんでうちの執事まで、あいつらの食い物にされなきゃいけないのよ!」
厳しく論じ、執事は絶対手放さないとわがままを言えば、洋介は、一旦は引いてくれた。
だけど、またいつ上からの命令が本格化するか分からない。だから、私は、すぐさま五十嵐を呼び出し、先手を打つことにした。
✣✣✣
「奥様、お待たせして、申し訳ありませんでした」
その後、五十嵐を呼び出せば、私は、猫のユヅキをなでながら、話を進めた。
「いいのよ、いきなり呼び出したのは、こっちだし……それより、昨日冬弥くんから連絡があったの。『結月さんと正式にお付き合いさせて頂くことになりました』って。上手く二人の仲を取りもてたみたいね。よくやったわ、五十嵐」
最初は、普段通り、雑談や報告の繰り返し。
だけど『よくやった』なんて、口からデマカセもいいところだった。
本当は、結月と冬弥くんが、恋仲になるのを望んではいなかった。
だけど、当主の妻としては、正解だろう。
なにより、長年、悪女を演じ続けてきたからか、酔狂でワガママな奥様を演じるは簡単なことだった。
そして──
「五十嵐。あなたには、私の執事になって貰うわ」
結月は、春からは餅津木家で暮らす。
それと同時に『私の執事になりなさい』と伝えれば、五十嵐は、珍しく戸惑った表情をしていた。
でも、こうすれば、五十嵐を追い詰められると思った。
私の執事になるなんて、嫌でしょう?
だったら、早くしっぽを出しなさい。
こうして追い詰めることで、何か動きがあるような気がした。
復讐を果たすなら、果たせばいい。
逃げたいなら、逃げればいい。
ここにいれば、あなたも彼と同じように、阿須加家の餌食になってしまうから。
だけど、五十嵐は、その後も何も変わらなかった。
反論一つせず、優秀な執事のまま、穏やかに業務を続け、それどころか、別邸の業務まで完璧に覚えた。
(あの子、本気で、私の執事になる気なの?)
分からない。
五十嵐が、なにをか考えているのか、全く分からない。
それに、結月をどう思っているかも、ずっと答えがでないないままだった。
懐柔して、利用するつもりでいるのか?
それとも、共に過ごすうちに、情の一つでも芽生えたのか?
復讐者であるが故に、その内面は計り知れず、ついには限界が来て、私は直接、五十嵐に問いただしてしまった。
「あなた、結月のことをどう思ってるの?」
年の暮れ、五十嵐を再び呼び出した私は、前に羽田に尋ねたことと、同じことを五十嵐にも尋ねてみた。
私の前に膝まづかせ、その頬に触れたながら、五十嵐の瞳の色を伺う。
ほんの少しの動揺すら、見逃さないように。
だけど、羽田が分かりやすかったのに対し、五十嵐は、平然とした様子で、微笑んだ。
「それは、どのようなつもりで、ご質問頂いているのでしょうか? 奥様は、私を疑ってらっしゃるのですか?」
「別にそういう訳じゃないわ。でも、結月は私に似て、とっても可愛いでしょ? 上品で奥ゆかしくて、その上、スタイルもいいじゃない。五十嵐は、そんな女の傍にいて、男として何も思わないの?」
女として見ていたら、それはそれで、大問題。
だって、二人は兄妹かもしれないから。
だけど、五十嵐は、相変わらず普通で、それどころか、頬に触れていた私の手を取るなり、まるで忠誠を誓うように、優しく握り返してきた。
「奥様、確かにお嬢様は、奥様に似て、とても聡明で可憐な方でございます。ですが、女性としての魅力は、奥様のほうが数段上でしょう。なにより、執事として雇われた時から、男としての感情は、この場には持ち合わせないようにしております。それに、私はもう直、奥様のモノです。お嬢様が、餅津木家に行った暁には、奥様の執事として、心からお仕えさせて頂きます」
まるで、騎士のように膝まづく五十嵐は、執事として申し分ない答えを述べてきて、私は、無意識に笑みを浮かべた。
「そう、楽しみだわ」
相変わらず、得体のしれない執事だ。
復讐が目的なのは分かっていても、そのために何を仕掛けるつもりでいるのか、皆目検討もつかない。
そして、最後の最後まで、五十嵐の企みは、分からないままだった。
だけど、その涼し気な瞳の奥で、結月と共に壮大な計画を立てていたことに気づいたのは、それから数日後のことだった。
新年を迎えた、一月一日。
五十嵐は、結月と共に、忽然と姿を消した。
それも『神隠し』にあったと、町中に噂を広めて──
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