お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

潔白と懺悔

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「追い出したかった理由は、お嬢様が、ですか?」

「……っ」

 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃を受けた。
 戸狩の言葉が、上手く飲み込めず、美結は、ただただ狼狽する。

「な、何を言って……っ」

「私の母は、生前、メイドとして奥様のお傍で仕えておりました。口数が多く、とてもお節介な人で、私とは、あまり似ておりません。ですが、メイドとしては、とても優秀て誠実な人だったと思います。奥様のことや阿須加家のことを、家族の誰にも話す事はありませんでしたから。でも、そんな母が父と共に亡くなった時に、私は、母の遺品の中から、信じられないものを見つけたんです」

「信じられないもの?」

「はい。DNAの鑑定書です」

「……!」

 その言葉に、一気に場の空気が重くなった。

 心拍は徐々にあがり、美結は、身動きひとつできず、戸狩の話を聞き続ける。

「それを見つけた時は、とてもショックでした。母は、私が父の子供であるかどうかを、疑っていたのかと。母には父以外にも、そのような関係の男性がいたのかと……だけど、同時に疑問も抱きました。私は、父にそっくりだったんです。わざわざDNA鑑定をするまでもなく、私が父の子であるのは一目瞭然でした。なら、この鑑定書は、一体誰のものなのだろうか?と」

 戸狩の言葉は、普段と変わらず淡々としていた。
 だけど、その声を聞く度に、美結の背筋からは冷や汗が流れ落ちた。

 そして、思い出したのは、戸狩の母親のことだった。

 10年前に美結の仕えていた、戸狩とがり 夏子なつこのこと──

「もしかしたら母は、誰かの代わりに、これを調べたのではないかと思いました。その証拠に、この鑑定書は、母の仕事用のカバンから出てきたんです。なら、母に依頼した人物は、阿須加家の屋敷にいる誰か……でも、使用人の中には、それらしい人物はおりませんでした。なら、やっぱり母の物なのかもしれない。そう思って、今日まで過ごして参りました。でも、先程の奥様の発言を聞いて、もしかしたらと思ったんです」

 戸狩は、美結の前まで来ると、メイド服のポケットから、封筒を取り出した。

 少し年季の入ったその封筒には、病院の名前が記してあった。そして戸狩は、その封筒を美結の前に差しだすと

「これを、母に命じたのは、奥様ではありませんか? この鑑定書は、お嬢様と旦那様の親子関係を精査したものではありませんか?」

「……っ」

 一気に呼吸ができなくなった。

 そこにあるのは、紛れもなく鑑定書で、それと同時に、美結は、戸狩 夏子の言葉を思い出す。

『私が調べます。私が奥様の代わりに、旦那様とお嬢様のDNAを採取します。そして、私の名前で検査にだせば、奥様が調べたなんて、誰にも気づかれません』

 戸狩は、美結の代わりに調べようとしていた。
 美結が、不貞を働いたと疑われないように。

 でも、美結は断った。
 断定するのが、怖かったから……っ

 だけど、戸狩は、秘密裏に調べていたのだろうか?
 私たち親子の為に……?

「奥様。本当は、お嬢様を嫌ってはいたわけではないのではありませんか? でも、お嬢様が旦那様の子ではないと思い、その将来を案じて、阿須加家の柵から解き放とうとしてらっしゃったのでは?」
 
「違う、違うわ……ちが……私は……頼んで……ない……っ」

 だけど、美結は、とっさにその言葉を否定していた。

 実際に、頼んではいなかった。
 それは、戸狩 夏子が勝手にやったことだから。

 だが、美結が、聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ否定すると、戸狩は、美結の前にあった封筒を、再び手に取ると

「そうですか……では、やはり、この書類は母ものなのかもしれません。私の母は、不貞を犯すような人だったのですね……申し訳ございませんでした。私の勝手な憶測で、奥様の名誉を傷つけてしまいました。処分なら、どんなことでもお受けします。この鑑定書も、これを機に処分」

「ま、待って! 戸狩は……あなたのお母さんは、そんなことしないわ!!」

 瞬間、美結は、慌てて立ち上がると、封筒を手にした戸狩の手を掴んだ。

「違うの……! 戸狩は、あなたのことも夫のことも、とても大切にしていたわ! だから、絶対に不貞なんて犯すような人じゃない! これは……これ、は……私が……頼んだの……不貞を……犯したのは……私よ…っ」

 途切れ途切れに呟く声は、酷く震えていた。

 だけど、戸狩の潔白だけは、絶対に晴らしておきたかった。

 自分のせいで、不貞を犯した人間だと勘違いされたくなかった。

 なにより、この子は、10年もの間、母の不貞を疑い続けてきたのだろうか?

 自分の母親が、そんな人間ではないと信じたいがために、今まで阿須加家に仕えできたのだろうか?

 でも、答えの出ない年月は、どんなに辛かったことだろう。

「ごめん、なさい……あなたたちまで、巻き込んで……っ」

 戸狩の手を握りしめ、美結は、涙を流した。

 今思えば、どれだけの人が、自分のせいで不幸になっただろう。

  たった一度、過ちを犯した、あの日から、不幸は次から次へと舞い込んだ。

 もし、あの時、私が道を踏みはずなければ、こんなことにはならなかったのだろうか?

「ごめんなさい、ごめん……なさい……っ」

 その後、美結は、何度も謝った。

 10年分の──いや、18年分の懺悔をこめて、戸狩に謝罪する。だが戸狩は、特に怒りもせず、手にした封書を見つめて
 
「そうですか……では、私の母は、これを奥様に届ける前に亡くなってしまったのですね。では、いかがなさいますか?」

「え?」

「この封筒の中身を……旦那様とお嬢様が、親子であるかどうか。そのを、ご覧になりますか?」
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