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第6章 死と絶望の果て
第84話 死と絶望の果て 4
しおりを挟む次の日の朝、俺は施設に預けるための準備を淡々とこなした。
無心になるしかなかった。
非情になるしかなかった。
少しでも俺が戸惑ったら、子供たちは不安になる。
預け先の施設は、決して悪いところじゃない。きっと、二人の未来は、明るいものになるだろうと
───ただただ、願った。
◆
「飛鳥、そろそろ学校に……」
準備を終えて、子供たちがいる部屋に向かうと、俺は、学校に行かせるため、飛鳥に声をかけた。
朝の室内は、まだ少し薄暗い。カーテンの隙間から、ほんの少しだけ朝の光が差し込むその部屋で、蓮と華はまだスヤスヤと寝息をたてていて、その前には、その場に座り込み、二人の頭を優しく撫でる飛鳥の小さな背中が見えた。
「飛鳥、学校……」
「……行かない」
うつむく背中から、小さく声が聞こえた。だが、小さくともはっきりと聞こえたその言葉に、俺は、飛鳥の背を見つめたまま動けなくなった。
「なに、言って……」
「俺が学校に行ってる間に……華と蓮を、連れて行くんでしょ」
飛鳥が、こちらを振り向くことなく、そう言った。
その視線は、まっすぐに華と蓮にそそがれていて、正直、聞きたくないと思った。
決心が────鈍る。
「ちゃんとお別れをしたい気持ちもわかるが、二人が感づくと余計に辛くなるだろう。だから飛鳥は、このまま学校に」
「行かないッ!!!」
「!?」
静かな室内に飛鳥の声がこだまして、 また再び静まり返った。
「……ぃか ない……ぜったい……っ」
「…………」
声が、震えていた。
まるで、ここから動かないと、全身で訴えかけているようど、飛鳥の声が胸に響いてやるせない。
「ッ飛鳥、わがままを言うな!! もう決めたことなんだ!! それにッ……それに、みんな言うんだよ! 子供は」
「他の人の話なんて、どうでもいいよ!!」
振り向き叫んだ飛鳥と目が合った。
その青い瞳には、涙をたくさん浮かべていて、その小さな肩は、ひどく震えていた。
「……本当は、嫌なんでしょ……お父さんも……っ」
心が痛い。嫌だ。
これ以上、聞きたくない。
「ちゃんと聞いてよ! あんな人たちの言葉じゃなくて、俺の……俺たちの……ッ」
大粒の涙が、言葉をつまらせた飛鳥の白い頬を伝って、静かに流れ落ちた。
すすり泣く声で、すがるような瞳で見つめられて
『……ごめんな、飛鳥』
あの日、まだ小さかった飛鳥の手を、無理やり振りほどいた、あの時の乾いた音がフラッシュバックするように甦った。
わかってる。わかってるよ。
今の蓮の華は、あの時の
──飛鳥だ。
聞くべきなのは、"他人の言葉"じゃない。
本当に、聞かなきゃいけないのは──
「華と蓮……お父さんのこと、すごく心配してたよ……早く元気になってほしいからって、絵描いてた……お母さん死んじゃって、本当はもっと甘えたいの、いっぱい、我慢して……ッ」
「……」
「ちゃんと聞いてよ!! 子供だからって、大人が勝手に決めないでよッ!!」
「……ッ」
飛鳥の悲痛な叫びが、俺の心を更に締め付けた。
俺は今、この子達の"気持ち"を無視して、華と蓮を連れていこうとしている。
眠る華と蓮を背に、泣きながら叫ぶ飛鳥のその小さな姿は、必死に二人を、家族を守ろうとしているようにみえた。
「俺は、俺たちは……っ」
「……」
「お父さんと……一緒にいたい……ッ」
「……」
「だから……ちゃんと、生きて……俺たちと一緒にいて……!」
「ッ……」
────生きて、一緒に。
その言葉を聞いて、よく俺のもとに、食べ物を持って、様子を伺いに来ていた飛鳥の顔を思い出した。
悲しそうな、辛そうな、心配するような、そんな顔をしていた。
食事もとらず、ただ呆然とする俺をみて、怖くなったのかもしれない。
俺が、いや俺も、死んでしまうと思ったのか?
何度も、声をかけに来た。
何度も何度も何度も、確かめるように、その手で触れてきた。
「……う……っ」
許された、気がした。
他の"誰が"許してくれなくても、俺は、この子たちの側にいてもいいのだと。
「……ぅ…、うぅ、ぁ……すか……ッ」
その瞬間、崩れ落ちるように、その場に座り込むと、溜め込んでいた思いをぶちまけるように、次々に言葉が溢れだしてきた。
「……ご めんっ、ご、めん……俺、どうしたらいい!? もう、わからないんだよッ、仕事もしなきゃ、お前たちを食わせていけない! でも、預けられる人も、場所も見つからない……!」
「……」
「俺だって、嫌だ……っ、本当は、手放したくないんだ……でも、でも俺一人じゃ、もう……もう、どうにもできない……っ!」
どうすればいい?
どうしたらいい?
こんなこと言って、何が変わる?
俺は、なんてダメな父親なんだろう。
『一緒にいたい』
そんな我が子の些細な望みすら、今は、叶えてやれる、自信がないなんて──
「……ないよ」
「ぇ……?」
涙を流し、嗚咽混じりに訴える俺の声を聞いて、ゆっくりと近づいてきたかと思えば、飛鳥は、まっすぐに俺を見上げて、言葉を放った。
「一人じゃないよ……俺も……いるよ……っ」
「……」
「母親が必要なら、俺がなるッ……お父さんが仕事で忙しいなら、俺がずっと二人の側にいるから……だから」
「……」
「だから……華と蓮を連れてかないで! 俺もう……家族と離れるのは嫌だ……っ」
消えるような声で。
涙ながらに訴えたその言葉は、俺の心に、深く深く染み込んできた。
「家族」を失って「大切な人」を失って、悲しいのは、苦しいのは俺だけじゃない。
華も蓮も、そして飛鳥も
────みんな、辛いに決まってる。
「ッ……うぅ、あぁぁぁぁ、飛鳥、ごめんッ……ご、め……飛鳥……ごめん……ッ」
飛鳥の瞳から、また涙が流れたのを見た瞬間、俺は、その小さな体を強く強く抱き締めていた。
誰も、許してくれない。
誰も、認めてくれない。
子供達との未来なんて、誰も望んでくれない。
でも──
それでも、この子たちは、"俺と一緒にいたい"と言ってくれる。
他の誰でもなく、俺を選んで、俺といることを望んでくれる。
「ッ……ぅ……うぅ、……っ」
どれだけ、泣いただろう。
どれだけ、謝っただろう。
泣いても泣いても、謝っても謝っても、涙は止まらず、ただ、ひたすら飛鳥は抱き締めたまま
泣いて泣いて泣いて
愚かさな自分を、責めて責めて責めて、責めまくった。
突然妻に亡くし、俺は一人、絶望の淵にいた。
だけど、そんな俺を助けてくれたのは、こんな俺を唯一、引きとめてくれたは
────飛鳥だけだった。
「飛鳥……俺、もぅ絶対に、お前たちを手放すなんて……言わないから……ッ」
「っ……」
朝日が差し込む部屋の中。
嗚咽混じりに放った俺のその言葉を聞いて、抱き締められたまま、ずっと話を聞いていた飛鳥は、その後、俺の腕の中で小さく小さく「うん」と一言だけ発して頷いた。
どこか安心したような、飛鳥のその声を聞いて、俺の目には、また涙が溢れてきた。
────俺は一人じゃない。
俺には、こんなにも、優しくて温かな我が子が、三人も傍にいてくれる。
そう思ったら、不思議と乗り越えられる気がした。
この子達を守るためなら
この子達が傍にいてくれるなら
──きっと強くなれる。
そんな気がした。
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