西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

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神々の悪戯、人の終焉(2:路地裏の舞踏会)

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 雨に濡れたアスファルトが、ネオンの光を乱反射させている。  路地裏は、腐った生ゴミと、安いタバコの紫煙で満ちていた。  そこにたむろしていた3人の男たちが、あたしたちに気づいた。


「……あァ? なんだお前ら」

 金髪の男が、吸い殻を指で弾き飛ばして近づいてくる。  あとの二人も、ニヤニヤしながら包囲するように広がった。

  彼らはあたしたちを値踏みしている。  足の悪そうな優男と、世間知らずのお嬢様。  カモだと思っているのだ。財布を奪い、あわよくば女を弄ぼうという、下卑た欲望が透けて見える。


「おい、兄ちゃん。ここが誰のシマかわかって歩いてんのか?」

 男が、お兄様の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。  お兄様は動かなかった。  ただ、月のように静かな微笑みを浮かべて、その手を見つめた。


「……汚い手だ」

 お兄様の声は、ヴェルベットのように滑らかだった。

「でも、血管の浮き方は悪くない。  心臓も強く打っている。……うん、元気な食材だ」

「はぁ? 何言ってんだテメェ……」

 男が怒鳴ろうとした瞬間。  世界が反転した。

 ヒュン。

 風を切る音すらしなかった。  お兄様の左足が、鞭のようにしなったかと思うと、男の膝関節を逆方向に粉砕していた。

 グシャッ。

 湿ったビスケットを握り潰したような音。  一拍遅れて、男の喉から絶叫が迸る。

「ぎゃあああああああッ!?」

 男が地面に崩れ落ちる。  お兄様は、汚いものを避けるように一歩下がり、コートの裾を払った。  その仕草はあまりに優雅で、ここが路地裏であることを忘れさせる。


「静かにしたまえ。  せっかくの食事が、不味くなる」

「て、テメェッ! やりやがったな!」

 残りの二人が、懐からナイフを取り出して飛びかかってきた。  殺気。恐怖。アドレナリン。  それらが混ざり合った「スパイス」の香りが、路地裏に充満する。

 お兄様は、指揮者がタクトを振るように、右手を軽く上げた。

「さあ、踊ろうか」

 銀色のナイフが、お兄様の心臓を狙って突き出される。  お兄様はそれを避けない。  紙一重。  ナイフの切っ先がコートのボタンを掠めるギリギリのところで、お兄様は男の手首を掴んでいた。


「遅いよ。  リズムが合っていない」

 ボキリ。  手首をへし折る音が、小気味よいスタッカートを刻む。  ナイフが水たまりに落ちる。  お兄様は、悲鳴を上げようとした男の顔面を鷲掴みにし、そのまま路地の壁へと叩きつけた。

 ドガンッ!!

 コンクリートにヒビが入る。  男の頭部がトマトのように潰れ、壁に赤い抽象画を描いた。


「ひ、ひぃッ……化け物……!」

 最後の一人が、腰を抜かして後ずさる。  お兄様はゆっくりと近づいていく。  異形の左足を引きずりながら。  その足音は、獲物を追い詰める死神の足音だ。

 グチャッ、グチャッ、グチャッ。

「逃げるのかい?  パーティーは始まったばかりだよ」

 お兄様は、男の前にしゃがみ込んだ。  その瞳は、恍惚として金色に輝いている。  恐怖に歪む男の顔を、まるで愛しい恋人を見るように覗き込み、囁いた。


「君の恐怖は、どんな味がするんだろうね」

 お兄様が口を開く。  白い牙が露わになる。  男の首筋に噛み付く瞬間、それは残酷な捕食ではなく、情熱的な口づけのように見えた。


 チュウゥゥゥ……。

 血を啜る音が響く。  男の身体がビクビクと痙攣し、やがて弛緩していく。  お兄様は喉を鳴らし、目を細めて味わっている。

「……ふう。  少し塩辛いけれど、悪くない。  野性味があって、ワインによく合いそうだ」

 お兄様は口元を血で染めたまま、あたしを振り返った。  その顔は、背徳的な美しさに満ちていた。  かつて病室で本を読んでいた儚げな青年はもういない。  そこにいるのは、夜の支配者だ。


「おいで、世璃。  君の分も残してあるよ」

 お兄様が、膝を砕かれて動けない最初の男を指差した。  男は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、必死で命乞いをしている。


「た、助けて……金ならある……!」

 あたしはスカートの裾をつまんで、お兄様にお辞儀をした。

「ありがとう、お兄様。  いただきます」


 あたしは男に覆い被さった。  悲鳴が上がる。 

    
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