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硝子の塔と、腐らない恋人たち(3:ずっとお城でくらしたい)
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食後の片付けが終わると、リビングには再び静寂が戻った。
犬飼が、血のついたソファを丁寧に拭き清め、ワゴンと共に去っていく。
部屋に残ったのは、満たされた二匹の獣と、窓の外に広がる1000万人の夜景だけ。
お兄様は、窓際に立ち、グラスに残った赤い液体を揺らしていた。
その背中からは、かつての「儚さ」は完全に消え失せ、代わりに圧倒的な「孤高」が漂っている。
彼はもう、守られるだけの存在ではない。
この東京という巨大なジャングルに君臨する、食物連鎖の頂点だ。
「……ねえ、世璃」
お兄様が、ふと呟いた。
その視線は、夜景の彼方――遠く離れた西伊豆の方角を見ているようだった。
「那美は、僕を『外の世界』へ逃がそうとした」
「うん。そうね」
「あの子は、この広い世界で、僕に自由になってほしかったんだ」
お兄様は、自分の左足を見下ろした。 かつて那美が命を懸けて守ろうとした、人間の足ではない。 他人の肉と、怪物の細胞で練り上げられた、異形の足。
「でも、僕は結局、逃げられなかったね」
お兄様は自嘲気味に笑った。
「西伊豆の洋館を出て、こんな都会の真ん中に来ても。 僕たちは結局、分厚い壁とガラスで閉ざされた、自分たちだけの『城』を作って、引きこもっている。 やっていることは、あの頃と何も変わらない」
それは、那美への懺悔だろうか。 いいえ、違う。 お兄様の声には、後悔の色なんて微塵もなかった。 あるのは、深い満足と、揺るぎない確信だけ。
「違うよ、お兄様」
あたしは、お兄様の隣に並んだ。
ガラスに映る自分たちの姿を見る。
美しい青年と、可憐な少女。
でも、その正体は、人を喰らい、人を従え、永遠に生き続ける化け物だ。
「あたしたちは、逃げられなかったんじゃない。 『選んだ』のよ」
あたしは、お兄様の手を取った。
冷たくて、硬くて、愛おしい手。
「外の世界なんて、うるさくて、汚くて、退屈なだけ。 だから、あたしたちが心地よく暮らせる場所を、自分たちで作ったの。 それが『お城』よ」
場所なんて関係ない。 西伊豆の崖の上でも、東京の摩天楼でも。
お兄様とあたしがいて、誰にも邪魔されない空間があれば、そこがあたしたちの城になる。
那美。可哀想なお姉ちゃん。 あなたは「自由」こそが幸せだと信じていたけれど。 あたしたちにとっては、この「閉鎖された楽園」こそが、何よりの幸せなの。
「……そうだね」
お兄様は、あたしの髪にキスをした。
甘い血の匂いと、腐敗の香りが鼻孔をくすぐる。
「僕は、君といられればそれでいい。 たとえ世界中を敵に回しても。 たとえこの身が腐り果てて、土塊になっても」
お兄様は、窓ガラスに手を当てた。 眼下には、無数の人間たちが、明日の生活を憂い、泣き、笑いながら蠢いている。
彼らは知らない。 自分たちの頭上に、飢えた神々が住んでいることを。
「世璃。 僕たちは、これからもずっと一緒だ」
「うん。ずっと一緒よ」
あたしは、お兄様の胸に顔を埋めた。
ドクン、ドクン。
二人の心臓の音が重なり合い、一つのリズムを刻む。
それは、永遠に止まることのない、呪われた愛の鼓動。
外の世界では、時間が流れ、人が死に、時代が変わっていくだろう。
でも、このガラスの塔の中だけは、永遠に変わらない。
あたしたちは、今日も、明日も、その先も。 甘い毒と血の匂いに包まれて、微睡み続けるのだ。
そう。
あたしたちは、ずっとお城で暮らしてる。
犬飼が、血のついたソファを丁寧に拭き清め、ワゴンと共に去っていく。
部屋に残ったのは、満たされた二匹の獣と、窓の外に広がる1000万人の夜景だけ。
お兄様は、窓際に立ち、グラスに残った赤い液体を揺らしていた。
その背中からは、かつての「儚さ」は完全に消え失せ、代わりに圧倒的な「孤高」が漂っている。
彼はもう、守られるだけの存在ではない。
この東京という巨大なジャングルに君臨する、食物連鎖の頂点だ。
「……ねえ、世璃」
お兄様が、ふと呟いた。
その視線は、夜景の彼方――遠く離れた西伊豆の方角を見ているようだった。
「那美は、僕を『外の世界』へ逃がそうとした」
「うん。そうね」
「あの子は、この広い世界で、僕に自由になってほしかったんだ」
お兄様は、自分の左足を見下ろした。 かつて那美が命を懸けて守ろうとした、人間の足ではない。 他人の肉と、怪物の細胞で練り上げられた、異形の足。
「でも、僕は結局、逃げられなかったね」
お兄様は自嘲気味に笑った。
「西伊豆の洋館を出て、こんな都会の真ん中に来ても。 僕たちは結局、分厚い壁とガラスで閉ざされた、自分たちだけの『城』を作って、引きこもっている。 やっていることは、あの頃と何も変わらない」
それは、那美への懺悔だろうか。 いいえ、違う。 お兄様の声には、後悔の色なんて微塵もなかった。 あるのは、深い満足と、揺るぎない確信だけ。
「違うよ、お兄様」
あたしは、お兄様の隣に並んだ。
ガラスに映る自分たちの姿を見る。
美しい青年と、可憐な少女。
でも、その正体は、人を喰らい、人を従え、永遠に生き続ける化け物だ。
「あたしたちは、逃げられなかったんじゃない。 『選んだ』のよ」
あたしは、お兄様の手を取った。
冷たくて、硬くて、愛おしい手。
「外の世界なんて、うるさくて、汚くて、退屈なだけ。 だから、あたしたちが心地よく暮らせる場所を、自分たちで作ったの。 それが『お城』よ」
場所なんて関係ない。 西伊豆の崖の上でも、東京の摩天楼でも。
お兄様とあたしがいて、誰にも邪魔されない空間があれば、そこがあたしたちの城になる。
那美。可哀想なお姉ちゃん。 あなたは「自由」こそが幸せだと信じていたけれど。 あたしたちにとっては、この「閉鎖された楽園」こそが、何よりの幸せなの。
「……そうだね」
お兄様は、あたしの髪にキスをした。
甘い血の匂いと、腐敗の香りが鼻孔をくすぐる。
「僕は、君といられればそれでいい。 たとえ世界中を敵に回しても。 たとえこの身が腐り果てて、土塊になっても」
お兄様は、窓ガラスに手を当てた。 眼下には、無数の人間たちが、明日の生活を憂い、泣き、笑いながら蠢いている。
彼らは知らない。 自分たちの頭上に、飢えた神々が住んでいることを。
「世璃。 僕たちは、これからもずっと一緒だ」
「うん。ずっと一緒よ」
あたしは、お兄様の胸に顔を埋めた。
ドクン、ドクン。
二人の心臓の音が重なり合い、一つのリズムを刻む。
それは、永遠に止まることのない、呪われた愛の鼓動。
外の世界では、時間が流れ、人が死に、時代が変わっていくだろう。
でも、このガラスの塔の中だけは、永遠に変わらない。
あたしたちは、今日も、明日も、その先も。 甘い毒と血の匂いに包まれて、微睡み続けるのだ。
そう。
あたしたちは、ずっとお城で暮らしてる。
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