西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

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番外編 硝子の城の朝食

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     東京の朝は、西伊豆のそれよりもずっと白くて、無機質。

  地上四十階、遮るもののない大窓から差し込む陽光は、毛足の長い絨毯を白く焼き、壁に掛けられた悪趣味な極彩色の絵画をいっそう毒々しく浮かび上がらせている 。


 あたしは、シルクのシーツの海から這い出し、隣で眠るお兄様の胸に顔を埋めた。

  くんくん、と鼻を鳴らす。

  高級な柔軟剤の匂いと、その奥に潜む、熟れすぎた果実のような甘い腐敗の香り 。

  お兄様の身体から立ち昇るこの匂いを嗅ぐだけで、あたしの内臓はきゅうと可愛らしく鳴いて、世界で一番の幸福に包まれる。


「……おはよう、世璃」


 お兄様の低い、チェロのような声が頭上で響いた 。 

 大きな手が、あたしの背中をゆっくりとなぞる。

  その指先には黒く鋭い爪が宿り、以前よりもずっと硬質で冷たい、陶器のような肌が心地いい 。



「おはよう、お兄様。……あたし、お腹が空いちゃった」


 あたしがおねだりするように見上げると、お兄様は金色の瞳を細めて微笑んだ 。 

 その左足――シーツの下で異様に太く、脈打っている魔人の足が、あたしの足を愛おしそうに絡めとる 。

  人間であることを辞め、あたしと同じ闇を選んでくれたお兄様 。 

 あたしたちは今、かつて那美が夢見ていた「お城」よりも、ずっと完璧で安全な場所にいるのだ 。





 コン、コン。

  控えめなノックの音がして、執事姿の犬飼が入ってきた 。

  かつてのギラついた刑事の面影は消え、今では魂の抜けた老犬のように、恭しく銀のトレイを掲げている 。



「お目覚めのお飲み物でございます」

 トレイの上には、クリスタルグラスに注がれた「新鮮な赤い飲み物」が揺れていた 。

  今朝の獲物は、深夜のデリバリーで迷い込んだ、若くて健康的な配達員だったかしら 。

  不純物のない、透き通った鉄の匂い。



 お兄様はグラスを取り、まずあたしの唇に端を当てた。

  あたしは小鳥のようにそれを受け取り、甘美な熱を喉へと流し込む。


「美味しい……。お兄様、あまいよ」

「よかった。世璃が喜ぶのが、僕の何よりの栄養だからね」


 お兄様はあたしの唇に残った一滴を、自らの舌で丁寧に掬い取った 。 

 それから、窓の外に広がる一千万人の命の海を、愛おしそうに見下ろす 。


「見てごらん、世璃。今日もたくさんのご飯が、僕たちのために生きているよ」 


「うん。お兄様、次は誰を招待しようか? 欲張りで、お肉が柔らかそうな人?」 


「そうだね。……焦ることはない。時間は、あたしたちだけのものだ」 



     お兄様があたしを後ろから抱きしめ、鋭い爪で髪を梳いてくれる 。

  ガラスの塔の頂上で、あたしたちは互いの体温を確認し合う。 


 外の世界なんて、うるさくて、汚くて、退屈なだけ 。 

 この閉ざされた城で、愛しいお兄様と二人、人を喰らって愛を成す。



 あたしたちの饗宴は、まだ始まったばかり。  東京の空は、どこまでも白く、あたしたちを祝福するように輝いていた。
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