西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

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番外編 塔の女王の不敬な訪問

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「あんな得体の知れない子供たちが最上階に住んでいるなんて、このマンションの資産価値に関わるわ」

 高輪翔子はシャネルのスーツの襟を正し、エレベーターの鏡で自分の表情をチェックした。  


     彼女はこのタワーマンションの理事会役員であり、自他共に認める「住民のリーダー」だ。  この塔には、相応の品格が求められる。 

 それなのに、最上階のペントハウスに引っ越してきたあの兄妹。

     静と世璃とか言ったか。挨拶にも来ない、自治会の会合にも出席しない。

     それどころか、深夜に怪しげな配達員を何度も出入りさせているという噂がある 。

「今日は、きっちり教育して差し上げないと」

 翔子は最上階の重厚なドアの前で、迷わずチャイムを連打した。 

 しばらくして、ドアが静かに開いた。

  現れたのは、燕尾服を完璧に着こなした老紳士。執事の犬飼だ 。


「理事会の高輪です。オーナーの方とお話しに来ました。会合を欠席し続ける理由と、最近の不審な出入りについて説明していただきます。……通してちょうだい」


 翔子は犬飼の静止を無視して、広いリビングへと踏み込んだ。


  そこには、宝石のような夜景を背に、ゆったりとソファに座る兄妹の姿があった 。


「あら……。随分と贅沢な暮らしをされているのね。でも、このマンションにはルールというものがあるの。若くてお金があるからって、何をしてもいいわけじゃないのよ」


 翔子は、兄の静に向かってまくし立てた。  静は、手元のワイングラスをゆっくりと回しながら、感情の読み取れない金色の瞳を私に向けた。

「ルール、ですか。……僕たちの『食事』が、あなたの言うルールに触れていると?」

「食事? そんなこと言っていないわ。私が言いたいのは――」

     その時。

  静の膝の上で丸まっていた世璃が、クスクスと笑い声を上げた 。


  世璃はゆっくりと立ち上がり、モデルのような足取りで翔子に近づいてきた。

     絵に描いたような美しい兄妹。

     その美しい二人を見て、翔子は自分の体が震えているのがわかった。

     理由はわからない。

     だが、目の前にいる二人から感じ取るなにか。

    形容し難い、本能からのシグナルが原始的な恐怖を湧き上がらせている。


    動悸が早まり、全身が発汗している。

『どうして?なんなの?』

    小刻みに震える翔子の目の前に、世璃が来た。


「ねえ、おばさん。……おばさんのお肉、なんだか硬そう。香水の匂いもキツいし」

「な、なんですって!? 失礼な子ね!」

    わけのわからぬ恐怖を払いのけるように、腹から声を絞り出した。

「世璃、やめなさい。……お客様は、わざわざ自分から『管理』されに来てくださったんだ」

     静が立ち上がる。 

 その瞬間、リビングの照明が不自然に暗くなった。 

 窓の外の夜景が歪み、大理石の床から、ジワリと黒い泥のような影が染み出してくる。


「ひ……っ! 何、これ……」


 私は逃げようとしたが、足が動かない。

  床の影が、私の足首をガッチリと掴んでいた。 

 それは、人間の手のような形をした、冷たい泥の塊だった。


「このマンションの資産価値を守りたい、と言いましたね」


 静が、至近距離まで近づいていた。

  その左足、ズボンの下で異様に膨れ上がった肉塊が、ドクンドクンと脈打っている。

  金色の瞳が、爬虫類のように縦に裂けた 。

「それなら安心してください。……あなたがこの部屋から『出る』ことは二度とありませんから。あなたは、僕たちの肉となり、この塔の一部になる。……それ以上の貢献はないでしょう?」

「やめて、助けて! 警察を――!」

「警察なら、そこにいますよ」 

 背後で、犬飼が音もなくドアの鍵を閉めた。  彼の顔には、かつての刑事としての情など微塵もなかった。


「世璃。……今夜は、少し味が濃いかもしれないけれど、我慢してくれるかい?」

「いいよ、お兄様! 骨まで綺麗に、お掃除してあげる!」
    
世璃の口が、耳元まで裂けた。  絶叫は、防音ガラスに遮られ、一千万人の命が蠢く都会の夜に消えていった。




 翌日。

  理事会の役員である高輪夫人が、行方不明になったという話がマンション内に回った。


  彼女の高級ブランドバッグと衣類だけが、ゴミ捨て場に綺麗に畳んで置かれていたという。
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