11 / 75
相談者・千尋
しおりを挟む
一華の家に行ってから一カ月が経った。
その間に電話でスクールに通うことを伝えたとき、一華はとても喜んでくれた。
ただ、通うのは一カ月後にしてほしいと一華が言った。
なんでも個展を開くとかで、打ち合わせや作品の準備で落ち着かないらしい。
個展に合わせて新作を作ると聞いたときは自分のことのように嬉しかった。
必ず見に行くから頑張ってとエールを送ると一華はとても喜んでくれた。
そんな中で一つ気掛かりなことがあった。
同窓会の日から、二三日経った頃に果歩から、同窓会での薬物混入事件、高橋智花のバッグからスープに混入されたのと同じ薬品が見つかったらしいと聞かされたからだ。
私が会場から連れ出された後でわかったらしい。
だから、あれほど簡単に帰されたのかと、聞いたときは合点がいった。
さらに智花はどうも、犯人ではないらしいと聞かされた。
智花と言えば、一華をいじめていた張本人だ。私も良く覚えている。
なにか気になる話だった。
来週からいよいよ一華のスクールに通う。
今日は主婦友の石坂さんの話を家で聞く約束になっていた。
お昼を過ぎたころに石坂さんがやってきたので、リビングに通して紅茶を出した。
紅茶を飲みながら他愛もない世間話をした後に本題に入った。
目の前に座る石坂さんは、涙ぐんでいた。
ティッシュで涙を拭うと、私に話し始めた。
私は大体週一で石坂さんの話を聞いている。
彼女は家庭問題、主に夫との関係について悩んでいた。
そのため、隠れて睡眠薬を常備している。
ご近所付合いから親しくなった私は週に一度、こうして彼女の話を聞く関係になっていた。
彼女が言うには、こうした秘事を打ち明けるのは私だけらしい。
私と明さんはこの町に住むようになって二年ほどだ。
石坂さんには私よりも付き合いの長い友人がいるだろうに、それで私だけに打ち明けるというのは、私が他の主婦友とのネットワークが浅い新参者だからだろう。
私と石坂さんはリビングで向かい合って座った。
肌と髪に艶はなく、以前はスーパーに行くときでさえ化粧をしていたのに、今はしていない。
心に余裕がなくなってきていると思った。
おそらく食事のときも不安に苛まされるのだろう。
「最近はどう?薬の量は?」
努めて柔らかく聞いた。
「減ってきたと思う。こうして橋本さんに話すようになってから、随分楽になった」
「旦那さんの方は、相変わらず?」
「もう離婚したいとは思うけど……いろいろ踏ん切りがつかなくて。橋本さんはどう思う?」
「それだと、根本的には変わらない、また酷くなれば、薬の量も増える」
私は私の考えを率直に告げる。
「子供ができないうちは身軽だから、離婚すればその場からは逃れられる。でも根本的な解決にはならない。克服しないと」
自分を虐げた相手が健在で生きているという事実。それは自分の及ばないところで思考を巡らせているという妄想につながる。
「克服しなければトラウマとなってどこに行っても一緒にいることになる」
離れて新しい生活を始めても、いつか出くわしてしまうかもしれない。
「どうしよう、離婚してもダメってこと?」
「安全なところで、それこそ、相手が生きているということを忘れることができれば無かったことと考えることができれば、そうなれば大丈夫かも」
彼女の性格を考えたら現実的にそれは難しいだろう。
「なんでもいいから、自分の手で、今の状況を打開して乗り越えた。そう実感できる証があれば、きっと立ち直れる。あなたは強い人だから、勇気を持って一歩踏み出せば?」
私にできるのは励まして背中を押すこと、気持ちの整理を手助けしてやることくらいだ。
「でも離婚したら今の家を出ていかなくちゃいけないし……だいたいすんなり離婚してくれるかしら……」
言っていることが矛盾してきた。
一つのことを考えると、そのことへの不安が芽生えて、打ち消すために真逆のことを考える。
堂々巡りだ。
「今の家は快適?」
「うん……家はね」
「仮に家を慰謝料代わりにもらっても維持していける?できなければ慰謝料をもらって家を出るのと同じじゃない?どちらも相手次第では大変な時間と労力がかかるけど」
私の言葉を聞いて石坂さんは絶望したような声を漏らしながら肩を落とした。
「こんなはずじゃなかったのにな……」
「誰でも失敗したときはそう思うわ。多くの場合は自分に原因があるのに」
「私も……私に原因が?」
「誤った選択を自らしてしまった。結婚に向かない、妻を尊重できない相手を選択した。人を見る目がなかったことが原因よ」
まずは原因を自覚させる。
「でも原因がわかれば対処できる。解決する。そうすればやり直せるわ。もう一度理想の結婚生活が、家庭が持てる」
可能性があるという言葉を私は省いた。
今の彼女には必要ない言葉だと思ったから。
「でも離婚するにしても時間がかかるし……やり直せる時間があるのかなぁ……」
彼女が望むのは、選択肢の中に希望があること。
実現可能に見える「希望」。
「離婚だけが道ではないかも。他にも今の環境を切り開いて克服する道があるかも」
「どんな……?」
石坂さんはテーブルに手をついて乗り出してきた。
「石坂さんは頭良いし、心の奥では多分気がついていると思う。自分の声に耳を傾けてみて」
石坂さんの手を握り微笑む。
私の考える条件は提示した。後は彼女の考えが合致するかどうかだ。
また来週話すことにして、石坂さんは帰って行った。
その間に電話でスクールに通うことを伝えたとき、一華はとても喜んでくれた。
ただ、通うのは一カ月後にしてほしいと一華が言った。
なんでも個展を開くとかで、打ち合わせや作品の準備で落ち着かないらしい。
個展に合わせて新作を作ると聞いたときは自分のことのように嬉しかった。
必ず見に行くから頑張ってとエールを送ると一華はとても喜んでくれた。
そんな中で一つ気掛かりなことがあった。
同窓会の日から、二三日経った頃に果歩から、同窓会での薬物混入事件、高橋智花のバッグからスープに混入されたのと同じ薬品が見つかったらしいと聞かされたからだ。
私が会場から連れ出された後でわかったらしい。
だから、あれほど簡単に帰されたのかと、聞いたときは合点がいった。
さらに智花はどうも、犯人ではないらしいと聞かされた。
智花と言えば、一華をいじめていた張本人だ。私も良く覚えている。
なにか気になる話だった。
来週からいよいよ一華のスクールに通う。
今日は主婦友の石坂さんの話を家で聞く約束になっていた。
お昼を過ぎたころに石坂さんがやってきたので、リビングに通して紅茶を出した。
紅茶を飲みながら他愛もない世間話をした後に本題に入った。
目の前に座る石坂さんは、涙ぐんでいた。
ティッシュで涙を拭うと、私に話し始めた。
私は大体週一で石坂さんの話を聞いている。
彼女は家庭問題、主に夫との関係について悩んでいた。
そのため、隠れて睡眠薬を常備している。
ご近所付合いから親しくなった私は週に一度、こうして彼女の話を聞く関係になっていた。
彼女が言うには、こうした秘事を打ち明けるのは私だけらしい。
私と明さんはこの町に住むようになって二年ほどだ。
石坂さんには私よりも付き合いの長い友人がいるだろうに、それで私だけに打ち明けるというのは、私が他の主婦友とのネットワークが浅い新参者だからだろう。
私と石坂さんはリビングで向かい合って座った。
肌と髪に艶はなく、以前はスーパーに行くときでさえ化粧をしていたのに、今はしていない。
心に余裕がなくなってきていると思った。
おそらく食事のときも不安に苛まされるのだろう。
「最近はどう?薬の量は?」
努めて柔らかく聞いた。
「減ってきたと思う。こうして橋本さんに話すようになってから、随分楽になった」
「旦那さんの方は、相変わらず?」
「もう離婚したいとは思うけど……いろいろ踏ん切りがつかなくて。橋本さんはどう思う?」
「それだと、根本的には変わらない、また酷くなれば、薬の量も増える」
私は私の考えを率直に告げる。
「子供ができないうちは身軽だから、離婚すればその場からは逃れられる。でも根本的な解決にはならない。克服しないと」
自分を虐げた相手が健在で生きているという事実。それは自分の及ばないところで思考を巡らせているという妄想につながる。
「克服しなければトラウマとなってどこに行っても一緒にいることになる」
離れて新しい生活を始めても、いつか出くわしてしまうかもしれない。
「どうしよう、離婚してもダメってこと?」
「安全なところで、それこそ、相手が生きているということを忘れることができれば無かったことと考えることができれば、そうなれば大丈夫かも」
彼女の性格を考えたら現実的にそれは難しいだろう。
「なんでもいいから、自分の手で、今の状況を打開して乗り越えた。そう実感できる証があれば、きっと立ち直れる。あなたは強い人だから、勇気を持って一歩踏み出せば?」
私にできるのは励まして背中を押すこと、気持ちの整理を手助けしてやることくらいだ。
「でも離婚したら今の家を出ていかなくちゃいけないし……だいたいすんなり離婚してくれるかしら……」
言っていることが矛盾してきた。
一つのことを考えると、そのことへの不安が芽生えて、打ち消すために真逆のことを考える。
堂々巡りだ。
「今の家は快適?」
「うん……家はね」
「仮に家を慰謝料代わりにもらっても維持していける?できなければ慰謝料をもらって家を出るのと同じじゃない?どちらも相手次第では大変な時間と労力がかかるけど」
私の言葉を聞いて石坂さんは絶望したような声を漏らしながら肩を落とした。
「こんなはずじゃなかったのにな……」
「誰でも失敗したときはそう思うわ。多くの場合は自分に原因があるのに」
「私も……私に原因が?」
「誤った選択を自らしてしまった。結婚に向かない、妻を尊重できない相手を選択した。人を見る目がなかったことが原因よ」
まずは原因を自覚させる。
「でも原因がわかれば対処できる。解決する。そうすればやり直せるわ。もう一度理想の結婚生活が、家庭が持てる」
可能性があるという言葉を私は省いた。
今の彼女には必要ない言葉だと思ったから。
「でも離婚するにしても時間がかかるし……やり直せる時間があるのかなぁ……」
彼女が望むのは、選択肢の中に希望があること。
実現可能に見える「希望」。
「離婚だけが道ではないかも。他にも今の環境を切り開いて克服する道があるかも」
「どんな……?」
石坂さんはテーブルに手をついて乗り出してきた。
「石坂さんは頭良いし、心の奥では多分気がついていると思う。自分の声に耳を傾けてみて」
石坂さんの手を握り微笑む。
私の考える条件は提示した。後は彼女の考えが合致するかどうかだ。
また来週話すことにして、石坂さんは帰って行った。
1
あなたにおすすめの小説
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる