私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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来訪者・2・千尋

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 石坂さんを見送ってから、トマトに水をやるために庭へ出た。

  ホースから水を撒くと虹が立ちあがり、トマトの実も葉でさえ喜んでいるように感じる。

  一列目の子たちの収穫時期はもうすぐだ。

  自分の育て上げた菜園を感慨深げに眺めていると、インターホンのチャイムが鳴った。


 リビングに戻り、モニターに映し出された映像を確認する。

  ……あのときの刑事、滝川警部補だ。


  「はい」 

 「橋本さん。警視庁の滝川です。少々お時間をいただけますか?」

  画面越しの彼は穏やかな表情を浮かべていたが、その立ち姿には、一片の隙もなかった。後ろには、前回は見なかった若い刑事が立っている。「佐山です」と名乗った。

 滝川のような鋭さは感じない。

 若くて、どこか粗野な感じもする目つき。

 ではなんだろう?ああ、鼻ね。嗅覚の役割ならわかる。

 警察の頭と鼻がなんの用かしら?
 

 私は若干の好奇心――そして、静かな高揚感と共にドアを開けた。 

 「先日はどうも。お忙しいところ申し訳ありません」
 
 「いえ……同窓会の件で、何か進展があったのでしょうか?」
  
 私が首を傾げると、滝川警部補の視線が、私の背後にある庭へと向けられた。
 
 「素晴らしい菜園ですね。……脇芽が一つも残っていない。完璧に『管理』されている」
 
 
 その一言に、背筋を薄ら寒い風が吹き抜けた。彼は私の顔を見る前に、私の作った「世界」の特徴に言及したのだ。
 

 私と同じところを見るこの男。

 目の前の、若く鋭い刑事に興味が湧く。
 

 「今日は別件です。同級生の高橋智花さんのことでお話をうかがいたくて」 

 「高橋さん? 彼女がどうかしたんですか?」
 
 「失踪しました」
 

 滝川警部補がその言葉を発した瞬間、私は驚きの表情を作った。だが、彼は私の顔を凝視したまま、瞬き一つしなかった。まるで、私の瞳孔が開く速度や、喉が僅かに動くタイミングを計測しているかのような、無機質な視線。
 

 「……えっ、どうして? 高橋さんが……」
 
 「彼女だけではありません。一年前には小田さん、半年前には田島さん。お二人ともあなたの同級生であり、失踪前にはストーカー被害を訴えていた。警察では、これらの一連の事象に、ある種の『意志』を感じています」
 

 滝川警部補の声は低く、淡々としていた。しかし、その言葉は私を気遣うためのものではなく、私の反応を誘い出すための「メス」のようだった。
 
 「智花さんたちとは、卒業後も交流が?」
  
 佐山刑事が問いかけてくる。私は努めて冷静に答えた。
 
 「いえ……とくには。地元で見かけることはあっても、連絡を取り合うようなことはありませんでした」
 
 「そうですか。……では、彼女たちが『誰かに狙われている』といった噂を耳にされたことは?」
  
 今度は滝川警部補だ。彼の質問には無駄がない。

 「いいえ。私はバスケット部の子たちとしか付き合いがありませんでしたから」
  

 私が答えると、滝川警部補はスッと目を細めた。それは笑ったのではなく、何かを確信したときのような目だ。
 

 「……そうですか。お忙しいところありがとうございました」
  
 彼は折り目正しく一礼した。その仕草は端正で、一見すると「優しい若手刑事」に戻ったように見える。
 
 けれど、私は知っている。彼が去り際に、もう一度だけ庭のトマトに目をやったことを。

 私とのやり取りで、彼はなにを感じて、あの子たちに関心を持ったのだろう?


 「あの……滝川さん」 
 
 呼び止めると、彼はゆっくりと振り返った。
 
 「何か思い出したら、なにか聞いたりしたら連絡した方が良いですか?」 

 「ええ。ぜひ、お願いします。あなたの『観察眼』なら、私たちが気づかない小さな変化にも気づけるはずですから」

 「私の観察眼?」

 「あの菜園です。管理が行き届いていて、まるで芸術作品のように調和がとれている。よく観察して面倒を見られている証拠です。細かいところにもよく気がつかれるのだろうと」
 

 それは、単なる社交辞令には聞こえなかった。

  二人の刑事が去った後、私はトマトの観察記録をつけるべくノートを開いたが、ペンを握る手がわずかに汗ばんでいることに気づいた。


 「滝川さん……」


  彼の名前を口にすると、13年前の記憶が泥の中から浮かび上がってきた。あのとき、私の家を訪れた刑事、たしか小野寺。小野寺の目は執念深く、湿った重みがあった。

  だが、滝川は違う。彼の目は、不純物を取り除いた硝子のように透明で、それゆえに鋭い。


「滝川さんのトマトも、作ってみようかな」

  私は独り言ちた。

  あの時の一華の母親のように。そして智花のように。

  私の庭に、これほど「手入れ」のし甲斐がありそうな標本が現れるなんて。

  恐怖よりも先に、胸の奥で甘い疼きが走ったのを、私は否定できなかった。



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