私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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懐かしい訪問者・2・千尋

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     思い返せば愛はいつも自分の愚痴を私たちの話のネタにしていた。

     明るくて、今でも笑顔が鮮明に浮かんでくる。


    「どんな愚痴でしたか?」

    若い刑事が聞いてくる。

    小野寺は柔らかい表情を張り付けたまま黙っている。


    「上司の悪口がほとんどだったと思います」

    「交友関係ではどうでした?例えばお付き合いされている人がいたとか、そういった話を聞いたことは?」

    「彼氏の話なら。でも一年前に別れたとかで、それ以来は。たしか愛の方からふったとかそんな内容だったと思います。たしか仕事関係で知りあったとか。その他の交友関係の方は恥ずかしながら私はちっとも。愛はそういう話を私たちの前ではしませんでした」


    「では、小橋さんが病気というのは聞いたことはありますか?橋本さんは小橋さんのご両親とお話しされていて、小橋さんが会社を退職した理由が病気療養というのはご存じだと聞きました。ですがご両親は愛さんからそういったことは聞いたことがないと。決まったところへ通院していたという記録もありません」


    若い刑事が私をまっすぐ見る。

    素人の私が気になるくらいだから、警察も当然そこが気になるとは思っていた。


    愛の上司にあてたメールが嘘だった場合、愛自身が嘘をついたか第三者が失踪の発覚を遅らせるために偽装した可能性が出てくる。

    それはもう失踪ではなく誘拐ということになる。


    「これまで風邪を引いたとかそういうのはありましたけど……仕事を辞めるほど体の具合が悪いとか、精神的に病んでいるという話は聞いたことがありません」


    私は聞かれるままに覚えている範囲のことを話した。

    ある程度話したところで小野寺が口を開いた。


    「ちなみに生活サイクルが変わったというのは?」

    「私、アートスクールに通うようになったんです。それで作品を作ったり勉強したりで。それに向こうでも友達ができて時間の割り振りが今までのようにいかなくなったんですよね」

    二人の刑事を見ながら笑顔で答えた。

    「どうかされました?」

    じっと見る小野寺に問う。


    「いえ。笑顔もお変わりないなと思いまして。13年前に私が現場に入ったときに迎えてくれた笑顔のままですね」

    小野寺は顔をほころばせる。


    「いやだ。もう27歳ですよ。なんだか恥ずかしい」

    私は頬に手をあてて笑った。

    「そうだ刑事さん。私が通っているサークルって、一華のなんです。彼女に誘われたんですよ。小川一華が著名な芸術家になって帰国したのはご存じですか?」


    「はい。小川一華さんが有名な芸術家になられたのは知っていましたが…… そうですか。橋本さんが小川一華さんのスクールに」

    「ええ。刑事さんはどうして一華が芸術家になったことを?私も周りも彼女が帰国するまで知りませんでした」


    「あれからずっと気になっていまして…… なぜか小川さんのお母さんの件が頭から離れないのですよ。一華さんのことも。もともと事件が終わったら切り替えて次の事件にという器用なことが苦手でして。しかし引っ越した後につてを頼って聞いたところ、高校へ進学した後にパリへ留学したとか。それを聞いて、前よりはよい環境にいってくれたのだと安心しました。それ以降はたまたま、本当にたまたま何かのニュースで彼女のパリでの活躍を知ったのです。なんだか無性に嬉しかった」


    小野寺は目を細めながら話した。


    その目の先には一華が映っているのだろうか?


    それにしてもこの男は、小野寺は事件の捜査が終わった後も、一華が引っ越した後も一華のことを気にかけていた。いや、引っ越し先からその環境まで調べていたのだ。

    思わず私も口許がゆるんだ。


  「転校先での小川さんはクラスでも中心的な存在だったそうです。私はそれを聞いて驚きました。私が会ったときの小川さんはとてもそういうイメージではなかったもので。なにかきっかけがあったのかと考えました。誰かの影響があったとか」


    小野寺は私を見ながら言った。


    「きっと芸術の才能が一華の自信につながったんですよ」

    「なるほど。そうでしょうな」


    小野寺は目を細めて笑った。


    続いては福山先生と高橋さんはじめ三人のことを聞かれた。


    しかし。中学を卒業してから私は先生とも三人とも交流はない。

    以前、滝川さんに話したことを繰り返すような感じになってしまった。


    聞き取りが終わり、退去する小野寺たちを玄関まで見送った。


    「どうもありがとうございました」

    「いえ。お役に立てなかったようで」

    「そんなことはありません。捜査というものはどういう情報が役に立つかわかりませんから。なんでもない情報が実は事件解決の糸口だったということもありますので」

    言いながら小野寺は相好を崩した。


    「そうだ。小川一華さん。転校先の学校で事故がありましてね」


    「事故?一華が?」


    「いえ。小川さんは当事者ではないのですが、クラスメイトが事故死したとか」

    「そうなんですか……それが?」

    「いえ。余計なことでした。すみません」


    小野寺は一礼すると背を向けて歩き出した。

    私がその背中にお辞儀して家に入ろうとすると「そうそう。河北柚香さん。覚えておいでですか?高校の同級生だった」と、小野寺が言った。


    「ええ。覚えています。もしかして柚香の事件も小野寺さんが担当されたのですか?」


    「いえ。事件が起きたのは我々の管内ではありませんでしたから。ただ、似ているなと思いまして」

    「なにがでしょう?」

    「小川一華さんとです。二人ともそれぞれ家庭環境に問題を抱えていました」

    「そうでしたね」

    「それに二人ともあなたと特に親しかった」

    「そうですね。二人とも大切な友人です」

    「それは今も変わりませんか?」

    「はい」


    小野寺の問いに笑顔で答えた。

    それを聞いて小野寺はお辞儀をすると、振り向くことなく歩き出した。



    家の中に入る前にポストを見て見ると、白い封筒が入っていた。


    私宛だが切手も貼っていなければ差出人の名前がない。

    直接投函されたものになる。

    家の外を見て見たが、人影はなかった。


    「なんだろう?」と、いう感じで首をかしげると家の中に戻った。


    封筒の中を確認してみると、何も書かれていない白紙の便箋が一枚。

    あて名はプリントしたものを封筒に貼ったものだった。
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