私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

文字の大きさ
37 / 75

ルイとの過去と盗聴・一華

しおりを挟む
ルイとの出会い。


あれは私がパリにきて五年ほどの頃だった。

当時の私は名前も作品も売れ出して、パトロンも何人かつき、生活には全く困らずに創作に没頭できる環境にいた。

私が女を武器に賞をとり、パトロンを籠絡したという噂もあったが、そんなことは全く気にならなかった。


褒貶は人にあり。他人はあれこれ勝手気ままに言えばいい。

あの頃の私は、いろんなことに負けまいとしていた。




ある雨の日、街を歩いていると路地に人が倒れているのを発見した。

それが僅かに這うように無駄を動かしている。

恐る恐る近付くと、男性だとわかった。

髪も服もずぶ濡れで、手もふやけている。


長時間雨に打たれていることは容易にわかった。

そして後ろ頭から出血している。

殴られたのか。倒れて打ったのかはわからない。


急いで救急車を呼んだ。

それが私とルイの出会いだった。



それを話すと千尋は驚いたように口に手を当て、言葉もないといった風だった。

「要するに行倒れていたのを最終的に私が保護したの」

「行倒れって?どういうこと?」

千尋はカップを置くと、背もたれに体を預けた。


「彼、重度のアル中だったのよ。自分の名前も思い出せないくらいの記憶障害までなってた。警察でも調べてくれたんだけど身寄りもないみたいだったの」

「それでどうしたの?」

「私が引き取ったわ」


然るべき治療を受けさせ、ある程度回復してきたところで私の家へ連れて行った。

「名前がわからなかったから「ルイ」という名前は私がつけたの」

「その名前に何か意味があるのかしら?」


「原義は「名高き戦士」の意よ。それにフランス王家には「ルイ」という名前が多くついているから」

「戦士かあ……騎士ね」

千尋は私を見て微笑みながら一旦言葉を区切った。そしてすぐに「かっこいいよね。それにルイ君美形で王子様みたいだから王族っていうのもしっくりくる。騎士で王子様!素敵じゃない!」と、絶賛した。


「ありがとう。伝えておくわ」

私はそう言うと紅茶に口をつけた。

千尋の雰囲気が微妙に変わってきているのを感じた。


この感覚は最初に会っていたころのものだ。私が話していて千尋が聞いている。そして質問してくる。

時間がたつと私は千尋になにもかも自分のことを話していて、千尋は私という人間を把握していった。

目の前の千尋はいつものような笑顔を向けている。


このままでは予期できない方向に流れるような気がした私は、話題を打ち切った。

「それからはずっとルイは私のパートナーなの」


するとふいに千尋が立ち上がる。

「ちょっと見てほしいものがあるの」

そう言って千尋は立ち上がると、バッグを持ってきた。



「これ。知らない間に入っていたの」

バッグから取り出したのは厚さが数ミリ程のカード型盗聴器だった。

私が入れておいたものだ。


「これどうしたの?」

「わからない。何の気なしにバッグの中を整理していたら見つけたの。調べたら盗聴器だって…… それからね」

言いながら今度はバッグから白い封筒をいくつか取り出した。

「見て。ポストに入っていたの。差出人の名前もないし、これって切手もないのよ。直接投函してきたってことだよね」


なんだこれは?


「見ていい?」

「いいけど……中はなにも書いていない白紙なの」

千尋は自ら封筒の中身を取り出して渡してくれた。

本当にただの白紙だ。

それともなにか特殊な方法で見れる文字でも書いてあるのだろうか?


「もしかしてストーカーってやつかな?」

千尋からはさっきまで感じた雰囲気は消えていた。

「これ、明さんには話したの?」

「いいえ。心配かけたくないし」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。ヤバいよこれ。失踪事件や智花の事件もあるし、早く手を打った方がいいよ」

「そうだよね。明さんに話して、警察にも相談してみる」

「それがいいわ」


盗聴器は私が仕掛けたものだ。受信機はルイが破棄したから大丈夫。

誰がどう調べても私までは辿り着かない。

しかし、この封筒はなんだ?


私は知らない。


ルイが勝手にやったのか?確認しないと。

もし、千尋に執着している者がいるなら排除しないと。

千尋は私だけのものだから。



話しているとスマホが鳴って、ルイから迎えを報せる通知がきた。

「もう来たみたい」

「そっか。気をつけて帰ってね」

千尋と二人で玄関から出ると、ルイが運転する車が来ていた。

「時間通りじゃない。デートは楽しめた?」

「まあね」

「でもルイ君は一華が一番なんでしょう」

「もちろん」

千尋を抱きしめた。


「一華……?」

「千尋。なにかあったら連絡してね」

戸惑う千尋の耳元で囁く。

「うん。ありがとう」

私を抱き返す千尋の腕に力がこもったのを感じた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...