私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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別離・一華

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千尋を私だけで満たすには、今の私ではできない。


もっと時間と力が必要だ。

私も千尋になるための時間と力。


私は由利以外のクラスメイトには引越しの日を伝えなかった。

千尋にも。


唯一、引っ越し先を教える由利に連絡を取って、学校帰りに久しぶりに由利の家の近くにある公園で会った。

千尋は今日、部活でいない。


「由利。私、明日引っ越すから」

「そっか……なんか不思議だな。一華とはこうして面と向かって話すのは片手の指より少ないのに、会えなくなると思うと寂しい」

「私も。でもLINEや電話でたくさん話したし、それはこれからも変わらないよ」

「今度の件は酷すぎるよ。もうあの子たちと関わりたくない」

由利は吐き捨てるように言った。


「大丈夫?そんなことしたら由利は一人になっちゃう。それにあいつらに標的にされるかも」

「いいの私は。そうなったらそうなったで仕方ないよ。当然の報いってやつ」

うつむき唇をかみしめる由利の頬に髪が垂れる。

そんな由利を見ていて胸が締め付けられるような感じがした。

この感じはなんだろう?


「由利。顔を上げて」

顔を上げた由利の瞳には涙がたまっていて、紅潮していた。


「由利は嫌だろうけど、これからもあいつらと一緒にいて。そしてあいつらのことを私に教えて」

「どうして?どうしてよ一華?」

「お母さんのことはこのままでは終われない。ケリをつけるの。いつか必ず」

由利はうなずいてから私を見つめると、ふいに制服のネクタイをほどいた。

「これ。もらってくれる?餞別。急だから何にも用意してなくて悪いんだけど」

「ありがとう」

ネクタイを差し出す由利の手を握ってから受け取ると、私は自分のネクタイをほどいて由利に差し出した。


「私のももらってくれる?交換しようよ」

「いいの私で?千尋じゃないよ?」

「いいの。由利と交換したいの」

由利はうなずくと私のネクタイを受け取ってから、首に絞めた。

私も同じように自分の首に絞める。


「これでもう、お互いに忘れなくて済むね」

由利はそう言って愛らしく笑った。

「ねえ由利、聞いていいかな?」

「なに?」


「前に千尋の話題になったとき、なんか様子が変わったから気になっていたの。なにかあるのかなって」

由利はきまずそうに私から目をそらす。

「私のことなら気にしなくていいから」

「一華の友達だし、あんま悪く言いたくないんだけど、苦手なんだよね。私、千尋のことが。苦手っていうかちょっと怖い」

「怖い?」

「うん。なに考えているのかわからないっていうか、あの笑顔も貼り付けたみたいに感じるし、気にしすぎなのかもしれないけど……ごめんね」

「いいの。由利の言っていることは当たっているから」


「一華。私が言うのも余計なお世話かもしれないけど、千尋とはもう関わらない方が良いと思う」

「ありがとう。千尋には引っ越し先を言わないから。由利の外には誰にも教えないから。だから由利も知らないことにしておいて」

「わかった」


もし由利が引っ越し先を知っているとわかったら、千尋がなにをするかわからない。

私はそれが怖かった。

それから私たちはベンチに座り、夕日が私たちを赤く照らすまで他愛のないことを語り合った。


「じゃあ行くね」

「一華」

ベンチから立とうとした私の手を由利が握る。

目が合うとどちらともなく体を寄せて自然と唇を重ねた。

由利の唇は柔らかく、首元から漂う甘い香りが私を切なくさせた。



翌日の早朝に私は由利の連絡先だけを控えて、スマホを処分して祖父母の家へ向かうために街をあとにした。

新しい場所に移っても、パリへ留学しても、ずっと由利とは連絡を頻繁に取り合った。


由利の存在は荒涼とした砂漠に湧き出る小さな泉だった。




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