私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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対決・千尋

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病室にいる私と一華の前に、滝川警部補が女性警官を伴って訪れた。

こうなることは予想していた。

そして一華にも伝えてあった。


「私たちが手を取り合って、初めて戦う相手」だと。

害虫を庭から駆除する?いいえ。番犬にするの。



「警視庁の三浦です」

滝川に同伴した女性警官が名乗った。

パンツスーツ姿で、いかにも真面目そうな女性。


「滝川さん。今日はどういった御用で?主人が殺された事件も担当されているのですか?」

私が微笑んで聞くと、滝川は表情を崩さずに、ガラスのような瞳で私と一華を見るだけだった。


「橋本さん、御加減はどうですか?」

「ええ。おかげさまで快方に向かっています」

「そうですか」


滝川は窓の外に目をやっていた。


「今日はお二人に話があってきました。お時間よろしいでしょうか?」

「手短にお願いします。千尋は怪我を負っていますから」

一華がやんわりと、そして釘をを刺すように言った。


「では手短にお話しします。一連の連続失踪、殺人事件。そして橋本明さん殺害の犯人は、小川一華さん。あなたですね」


射抜くような目で、滝川は厳しくも穏やかな口調で結論をぶつけてきた。

私はゾクゾクしてきた。

まさか、一華の犯行を見抜いて宣言しに来る人間がいたなんて。


こいつはどんなカードを持っている?

ああ、ダメだ。

楽しみが抑えられない。


「随分と嬉しそうですね」

滝川が私を見る。

この視線がたまらない。あなたはどこまで私を見ている?


「だって、あまりに荒唐無稽なもので」

「全く。いくら警察でもいい加減なことを言うと許しませんよ」

「小川さん。あなたには全員を殺す動機があります」

「全員?高橋さんと、関本さん、小橋さんのことですか?」

一華が首をかしげる。


「いいえ。福山も含めた、先に失踪した二人もです」

「えっ?福山先生も二人も、未だに行方不明では?」

「私は殺されていると考えています」

「なぜ?」

一華と滝川のやり取りを見ていた私が口を挟んだ。

「そうすれば犯人の行動に一貫性が出るからです」


ドキドキしてきた。

一華。あなたにも伝わっているでしょう?私が楽しんでいるこの気持ち。

私と共感できるあなたなら、あなたも今、楽しくて仕方がないはず。


「一貫性?どういうことですか?」

「それは動機です」

「動機?いじめの仕返しですか?十三年もまえのことで?アッハハハ……おかしい」


一華が手をあてて笑う。

滝川は手を後ろに組んで、まっすぐに立ったまま私たち二人を見ている。


「おかしいですか?何年も前の怨みが爆発して事件になる……珍しいことではありません」

「では関本果歩や小橋愛は?私は彼女たちにいじめられていませんけど。福山先生にもそうした被害を受けていません」


「そう。福山はなにもしていません。あなたが許せなかったのはそこです。担任でありながら、傍観して事態の悪化を防がなかった。結果的にあなたのお母さんが自殺した」


一華の古傷を抉ってきた。やるじゃない。

でも、私の一華はこんなことには負けない。

一華の白銀の剣を折ることなんてできないわ。


「では、小橋さんと関本さんは?どういった動機なんです?」

「動機は橋本千尋さんです」


思わず身震いした。

それは一華も同じだったようで、瞳の奥に猛禽類のような鋭さを露わにしている。

しかし、滝川は津島由利のことを持ち出して来ない。


ということは、津島由利を殺したのは一華ではない別人だと考えている。

それは私なのだと。


滝川さん。あなたはすごい人よ。

一華のように共感するではなく、ただただ、事件捜査として、刑事として、私たち異常者を理解した。


あなたも十分な異常者ということよ。


「どういうことでしょう?」

「今回の殺人事件は、動機が二つあるということです」

「楽しそう。聞くだけ聞いてあげる」

一華が滝川を品定めするように見た。


この異常な空気の中で、同伴した三浦刑事だけが、取り残されたようにおろおろしている。


「まず一つの動機は復讐です。福山と高橋智花。そして最初に失踪した二人」

「滝川さん。最初の二人が失踪したとされる時期、私はパリにいました」

「いえ。あなたは日本にいた」

「無茶ねえ」

一華はクスクスと肩を揺らす。


滝川は一切感情を露わにしない。


「その時期にあなたは帰国していますね。たしか自宅購入のために」

「ええ。でも一日程度よ。そんな短期間で二人の人間を誘拐して殺害、死体遺棄までできるものかしら?」

「殺すだけなら一日でできます」

「では誰が誘拐を?」

「ルイです。もしくは津島由利」

「どうしてそうなるのかしら?」


一華の瞳孔が開いている。

私も心臓がバクバクしてきた。

次に滝川の口からはなにが発せられるのか、期待せずにはいられない。


「ルイは私と一緒にずっとパリにいましたよ。それに日本に行ったことがない彼にそんな犯行は不可能です」

「サポートする人間がいれば十分可能です」

「誰が殺人のサポートなんてするのかしら?」


「あなたと津島由利は国際電話で頻繁にやりとりしていましたね。頭のいい方だ。メールはハードにどうしても記録が残る。しかし個人的な通話は内容まで記録に残らない」

「それがどうして誘拐殺人に関わったことになるの?」


一華はああ言っているが、滝川の言っていることは全て正解だ。

しかも彼は、ずっと感情を出すことなく、おそらく全神経を集中して私たちを見ている。


「失踪する前に日系フランス人の男性が何度か日本とフランスを行き来しています」

「それがルイだと?」

「はい。空港の防犯カメラでよく似た人物を見つけることができました。認証をかけた結果、七割の確率でルイでした」

「七割?随分低いのね。出入国記録でもあたればすぐにお分かりになるんじゃない?」

「ルイの記録はありません」

「なら決まりよ。あなたの推理は、推理の域を出ていない」


滝川は答えない。


「それ……全部は憶測ですよね。証拠がない」

私はあえてそこで割り込んだ。

私も混ぜてほしい。


「ありません。誘拐や殺人に関与したという証拠は何一つありません」

「ではなにをしに来たのですか?」


「少なくとも、一人。警察にあなた方のことを知っている人間がいると知ってもらうためです」

一華の口の端が吊り上がった。


「楽しそう……。この際だから、あなたのお話を全部聞いてあげる。いいわよね?千尋」

一華は完全に私とシンクロしている。

「異存ないわ」


滝川の顔を見て答えた。

鋭利なガラスの瞳が私を射抜く。


「そうおっしゃると思っていました。では始めます」

滝川が厳かに話し出す。


「今回の事件に動機が二つあると言ったのは、遺体です」

「遺体?」


「はい。高橋智花の遺体から内臓を抜き取り、代わりのものを詰める。これは土壌改良です」


私は身震いした。

一華があんな風に遺体を処理したのは、私に成るため、私を理解して共感していることを伝えるため。

だから、あえて家庭菜園の方法にこだわった。


そんなこと、遺体から誰も想像できないと思っていたのに、この男は辿り着いた。

私たちのところへ。


「それで?」

私は思わず身を乗り出してしまった。


「次に発見された小橋愛と関本果歩。彼女たちは左右の腕を切り取られて、ワイヤーで気に固定されていた。主茎に寄り添うように。これは剪定です。余計な枝を切断したことに見立てて、彼女たちの腕を切ったのです」

滝川はどこまでも落ち着き払って話していた。

すごい。小憎らしいくらいに。


「田島紅音と小田茉莉。この二名に至っては現在も行方不明です。それが私にとって最大のヒントになりました」

「面白そう。どういうヒントになったの?」


「小川さん。高橋智花が殺害されても、この二名の遺体が出てこない限り、生死不明な限り、あなたは犯人足り得ない。行方不明と殺人は別の事件と思い込ませる。二人が行方不明なのはそのためです。現に捜査本部も行方不明の方は殺人と切り離している」

「犯人に乗せられたってことね。警察が」

一華が笑って言う。

しかし、滝川は意に介さず続ける。


ああ、この感じ。

学校みたい。

教師が生徒に問題を解説しているかのよう。


「滝川さん。あなたが先生だったら福山みたいに傍観していなかったでしょうね」

一華が柔らかい表情で、私が思ったことと、同じようなことを口にした。

一寸、滝川は一華に対して悲しむような視線を向けたが、すぐにガラスの瞳に戻った。


「続けます。小川さん。あなたをいじめていた二人は行方不明、主犯の高橋智花と橋本千尋さんの親友である、小橋さんと関本さんが同じように猟奇的な殺され方をすれば、最初の犯行現場に指紋付きの凶器があれば、あなたは疑われない。これこそが同一犯による『一貫性』です」


完璧だ。

滝川の言っていることは、完璧な解答だった。


ならば最後の答えもあるはず――。


「ねえ、三浦さん。滝川さんの言っていることは捜査本部、警察としての見解ですか?」

一華が猛禽類のような瞳で問う。


「い、いえ。これは……」

「三浦。構わないから言え」

「はい……。滝川警部補の個人的な見解です」

「そうですか」


一華が笑みをたたえた。

「ねえ滝川さん。一つ忘れてないかしら?由利のことを。彼女は今回の事件とは関係ないの?」


私は満面の笑みで尋ねた。

いつもの笑顔で。


「関係はあります。ですが津島由利さん殺害の犯人は小川さんではありません」

「えっ?じゃあ誰かしら」


来るぞ…… 来るぞ……


「あなたです」


滝川の手が私の心臓まで手が届いた瞬間だった。

この高揚感、衝動、人を殺すときのものと似ている。



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