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理解者・千尋
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完璧。
滝川の推理は完璧だ。
私は内心で、歓喜に打ち震えていた。
「どうして私が?」
「剪定です。あなたは関本さんと、小橋さんの遺体状況をニュースで聞いたのでしょう。これが主茎の栄養を阻害する脇芽の剪定だと理解した。小川さんが、あなたという主茎から脇芽の剪定をしたのだと。だから、あなたは小川さんという主茎から津島由利さんという脇芽を剪定した」
「それだけ?」
「もう一つ。小川さんに協力していた津島さんは、一連の犯行の証人になります。あなたは小川さんを守るためにも彼女を生かしてはおけなかった」
「あなたの中では私は、そういう人間なのですね」
「橋本明さんを殺害したのも、あなた方のどちらかと私は考えています。だからルイは罪をかぶって現在も逃亡中なのです。ルイが罪を被るとすれば、小川さん。あなたが犯人の確率が高い」
「三浦さん。千尋と明さんを刺したナイフからはルイの指紋が出たんでしょう?」
「はい……」
三浦刑事が答える。
「なら決まりじゃない。あなたの推理より、ルイは私を洗脳しDVをしていた。千尋は明さんと私を助けに来て、ルイと争いになった。ルイが逆上して明さんを刺し、千尋も刺して逃げた。それは残された凶器が裏付け。そして現実よ」
「今はね。幸いにして時効はないですから。いつか覆すこともできるということです」
すごいわ。この男。
いつか私たちに縄をかけるつもりなのね。
「三浦さん。警察というのは、たかが推理だけで一般市民を容疑者扱いする人間を放置する組織なんですか?」
「それは……」
一華の問いに三浦刑事が詰まる。
「最後に。小川さん、あなたの『作品』には、歪んではいても確かな情熱があった。高橋智花たちの遺体は、装飾され、メッセージを放っていた。それは一種の供物であり、執着の証明だ」
滝川は一歩、私のベッドに近づいた。
「しかし、津島由利さんの現場は違った。ネクタイによる自殺に見せかけてはいたが、その殺害の手口はあまりにも無機質で、効率的すぎた。背後から迷いなく首をひねり、最短時間で『排除』することだけを目的としている。そこには、感情が一切存在しなかった」
「……それが、何だと言うんです?」
一華の声が、わずかに震える。滝川の指摘が、彼女の知らない「由利の死の真実」に触れようとしているからだ。
「感情を極力排し、ただ邪魔な枝を切り落とすように人を殺める。殺人に対して何の罪悪感も、あるいは興奮すら抱かない——徹底して冷酷な、きわめて事務的な仕事だ」
滝川はそこで言葉を切り、私に向かって静かに微笑んだ。
その笑みは、慈愛ではなく、深淵を覗き込んだ者だけが浮かべる共犯者のような色を帯びていた。
心臓の鼓動が、耳元で鐘のように鳴り響く。
ああ、滝川さん。あなたはやっぱり素晴らしい。
警察官という正義の仮面を被りながら、あなたもまた、私と同じ「虚無」を知っている。だからこそ、私のハサミの跡を見つけ出すことができた。
「……面白い推理ですね、刑事さん」 私は、自分でも驚くほど甘く、陶酔に満ちた声で答えた。
「でも、証拠はあるのかしら? その『無機質な庭師』が私だという、物的な証拠が」
「証拠なら、これからあなたがたが提供してくれる。そう確信していますよ」
滝川は三浦刑事に目配せをすると、踵を返した。
「あなたの庭は完璧すぎて不自然だ。その不自然さこそが、私にとっては最大の足跡なんです」
彼が病室を出ていくまで、私はその背中を凝視し続けた。
害虫を駆除するハサミを持つ私と、そのハサミの音を聞き分ける番犬。 戦いは、まだ始まったばかりだ。
「あいつ。私の作品にしようかしら」
一華が窓際に立って言う。
「今は危ないわ。それに…… いつかこっちに来るかも。それを選ばせてあげましょう」
私は窓の外ここからは遠く見えないアトリエの森を想った。
土の中では、今も静かに「栄養」が分解されている。 次の収穫祭は、きっとこれまでで一番、美しく残酷なものになるだろう。
滝川の推理は完璧だ。
私は内心で、歓喜に打ち震えていた。
「どうして私が?」
「剪定です。あなたは関本さんと、小橋さんの遺体状況をニュースで聞いたのでしょう。これが主茎の栄養を阻害する脇芽の剪定だと理解した。小川さんが、あなたという主茎から脇芽の剪定をしたのだと。だから、あなたは小川さんという主茎から津島由利さんという脇芽を剪定した」
「それだけ?」
「もう一つ。小川さんに協力していた津島さんは、一連の犯行の証人になります。あなたは小川さんを守るためにも彼女を生かしてはおけなかった」
「あなたの中では私は、そういう人間なのですね」
「橋本明さんを殺害したのも、あなた方のどちらかと私は考えています。だからルイは罪をかぶって現在も逃亡中なのです。ルイが罪を被るとすれば、小川さん。あなたが犯人の確率が高い」
「三浦さん。千尋と明さんを刺したナイフからはルイの指紋が出たんでしょう?」
「はい……」
三浦刑事が答える。
「なら決まりじゃない。あなたの推理より、ルイは私を洗脳しDVをしていた。千尋は明さんと私を助けに来て、ルイと争いになった。ルイが逆上して明さんを刺し、千尋も刺して逃げた。それは残された凶器が裏付け。そして現実よ」
「今はね。幸いにして時効はないですから。いつか覆すこともできるということです」
すごいわ。この男。
いつか私たちに縄をかけるつもりなのね。
「三浦さん。警察というのは、たかが推理だけで一般市民を容疑者扱いする人間を放置する組織なんですか?」
「それは……」
一華の問いに三浦刑事が詰まる。
「最後に。小川さん、あなたの『作品』には、歪んではいても確かな情熱があった。高橋智花たちの遺体は、装飾され、メッセージを放っていた。それは一種の供物であり、執着の証明だ」
滝川は一歩、私のベッドに近づいた。
「しかし、津島由利さんの現場は違った。ネクタイによる自殺に見せかけてはいたが、その殺害の手口はあまりにも無機質で、効率的すぎた。背後から迷いなく首をひねり、最短時間で『排除』することだけを目的としている。そこには、感情が一切存在しなかった」
「……それが、何だと言うんです?」
一華の声が、わずかに震える。滝川の指摘が、彼女の知らない「由利の死の真実」に触れようとしているからだ。
「感情を極力排し、ただ邪魔な枝を切り落とすように人を殺める。殺人に対して何の罪悪感も、あるいは興奮すら抱かない——徹底して冷酷な、きわめて事務的な仕事だ」
滝川はそこで言葉を切り、私に向かって静かに微笑んだ。
その笑みは、慈愛ではなく、深淵を覗き込んだ者だけが浮かべる共犯者のような色を帯びていた。
心臓の鼓動が、耳元で鐘のように鳴り響く。
ああ、滝川さん。あなたはやっぱり素晴らしい。
警察官という正義の仮面を被りながら、あなたもまた、私と同じ「虚無」を知っている。だからこそ、私のハサミの跡を見つけ出すことができた。
「……面白い推理ですね、刑事さん」 私は、自分でも驚くほど甘く、陶酔に満ちた声で答えた。
「でも、証拠はあるのかしら? その『無機質な庭師』が私だという、物的な証拠が」
「証拠なら、これからあなたがたが提供してくれる。そう確信していますよ」
滝川は三浦刑事に目配せをすると、踵を返した。
「あなたの庭は完璧すぎて不自然だ。その不自然さこそが、私にとっては最大の足跡なんです」
彼が病室を出ていくまで、私はその背中を凝視し続けた。
害虫を駆除するハサミを持つ私と、そのハサミの音を聞き分ける番犬。 戦いは、まだ始まったばかりだ。
「あいつ。私の作品にしようかしら」
一華が窓際に立って言う。
「今は危ないわ。それに…… いつかこっちに来るかも。それを選ばせてあげましょう」
私は窓の外ここからは遠く見えないアトリエの森を想った。
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