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第二の知識・洪水
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アランの怠慢
イザベラの懐妊の報から、一ヶ月。
帝都は、アランが主催する「次期世継ぎ誕生」の祝宴で、連日浮かれていた。
「……やはり、動かないわね」
私は、黒鷲城の執務室で、帝都の密偵からの報告書を読んでいた。
「南部の治水事業、予算が凍結されたまま、と」
「アランの奴、予算を全てイザベラの離宮建設に回したらしいな」
ルシアンが、呆れたように報告書を受け取る。
1周目と、まったく同じ。いや、1周目よりも酷い。
「聖女(イザベラ)の祈りがあれば、洪水など起きぬ、とでも思っているのかしら」
「奴なら、本気でそう思っているかもしれん」
ルシアンと私は、この一ヶ月、密かに準備を進めてきた。
「お父様(リステン侯爵)は?」
「準備万端です」
アンナが、父からの密書を差し出す。
父は、アランの経済制裁を逃れた資産を使い、私の指示通り、南部との境界線ギリギリの場所に、大量の物資を集積させていた。
「……治水工事用の杭と土嚢。そして、大量の保存食料(小麦)ね」
「ああ。全て、リステン家の『秘密の倉庫』に、な」
ルシアンが、地図を指差す。
「問題は、どうやって『南部の領民』に、これを届けるかだ」
南部の領主たちは、アランの支配を恐れ、北からの支援を公(おおやけ)には受け取れない。
※※※※※※※※※※※※※※
エリアーナの密使
「わたくしに、考えがあります」
私は、アンナに目配せをした。アンナが、一人の男を執務室に連れてくる。
男は、一見、ただの行商人にしか見えない。
「……こちらは?」
ルシアンが、怪訝な顔をする。
「トマス。リステン家が、長年懇意にしている、南部最大の『商人ギルド』の長です」
トマスは、ルシアンを見て緊張していたが、私に促され、深々と頭を下げた。
「公爵閣下。……エリアーナ様(リステン家)には、先代の頃より、多大な恩義がございます」
「トマス。アラン殿下が、治水予算を止めていることは、ご存知ね?」
「はい。南部の領民たちは、今年の春も、全てを失うのではないかと怯えております」
「わたくしたちが、資材と食料を用意しました。……ですが、ヴァレリウス公爵(北)からの『支援』として送れば、アラン殿下は『南部の反乱』とみなし、軍を送るでしょう」
「……」
「そこで、あなたにお願いしたい。これは『リステン家』からの『取引』です」
「……取引、と申されますと?」
「わたくしたちは、資材と食料を、ギルド(あなた)に『破格の安値』で卸します。あなたは、それを『商人ギルドの独自の救援物資』として、南部の領民に配るのです」
トマスの目が、驚きで見開かれた。
「……そんな。それでは、エリアーナ様(リステン家)は、大損では……」
「いいえ。わたくしたちは、南部の民の『信頼』という、お金では買えないものを手に入れます」
私は、トマスに微笑みかけた。
「……そして、トマス。あなたには、もう一つ、配ってほしいものがあるわ」
※※※※※※※※※※※※※※※※
南部の「救世主」
「……これは? パンフレット、ですかな?」
トマスは、アンナが渡した、大量の紙の束を不思議そうに眺めた。
それには、簡単な挿絵と共に、こう書かれていた。
『洪水を防ぐ、簡単な土嚢(どのう)の積み方』
『疫病を防ぐ、水の煮沸(しゃふつ)の方法』
『皇太子殿下(アラン)が止めた治水予算。北のヴァレリウス公爵が、リステン家と共に、その予算を肩代わりし、この食料と資材を届けます』
「……!」
トマスは、この紙の持つ意味を理解し、震え始めた。
「エリアーナ様。これは……あまりにも、危険です」
「ええ。だから、あなたにしか頼めないのです」
「……」
「資材と食料は『商人ギルド』から。この『知識』は、出所不明の『噂』として、南部の民に広めてほしいのです」
「……承知、いたしました」
トマスは、覚悟を決めた顔で、パンフレットを懐にしまった。
「リステン家への恩義、今こそ、命を懸けてお返しいたします」
トマスが去った後、ルシアンが私に尋ねた。
「……大丈夫か。あの男を、信じられるのか」
「ええ。彼は、利益よりも『義理』を重んじる人。1誇り高い商人ですわ」
私は、1周目で死なせてしまった人々の顔を、思い出していた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
予言の成就と民の反応
トマスが動いてから、二週間後。
エリアーナの「予言」通り、帝国南部を、観測史上最悪の「大洪水」が襲った。
アランの宮廷が、イザベラの離宮の完成で浮かれている、まさにその時だった。
「水が来たぞー!」
南部の領民たちは、絶望した。皇太子(アラン)は、治水工事を止めた。今年も、全てが流されるのだ、と。
だが。
「……なんだ、あれは!?」
トマス率いる商人ギルドが、洪水が到達する、まさに「前日」に、大量の杭と土嚢、そして小麦粉を、避難所に運び込んでいたのだ。
「商人ギルドが、助けに来てくれた!」
「待て、この紙を見ろ!」
誰かが、例の「パンフレット」を掲げた。
「……土嚢の積み方? 水の煮沸?」
「……この物資、リステン家と、北の公爵様が……?」
領民たちは、半信半疑ながらも、パンフレットの指示通りに土嚢を積み、高台に避難した。
結果。
南部の被害は、1周目とは比べ物にならないほど、軽微なものに抑えられた。
家屋は流されたが、死者はほとんど出ず、何より「食料」があった。
「……助かった」
「我々は、見捨てられていなかった」
「我々を救ってくださったのは、皇太子殿下(アラン)ではない」
「……北の公爵様と、リステン家の、エリアーナ様だ」
アランが対応の遅れに気づき、視察団を送った頃には、南部の民衆の心は、アランから完全に離れ、北の「救世主」へと向かっていた。
イザベラの懐妊の報から、一ヶ月。
帝都は、アランが主催する「次期世継ぎ誕生」の祝宴で、連日浮かれていた。
「……やはり、動かないわね」
私は、黒鷲城の執務室で、帝都の密偵からの報告書を読んでいた。
「南部の治水事業、予算が凍結されたまま、と」
「アランの奴、予算を全てイザベラの離宮建設に回したらしいな」
ルシアンが、呆れたように報告書を受け取る。
1周目と、まったく同じ。いや、1周目よりも酷い。
「聖女(イザベラ)の祈りがあれば、洪水など起きぬ、とでも思っているのかしら」
「奴なら、本気でそう思っているかもしれん」
ルシアンと私は、この一ヶ月、密かに準備を進めてきた。
「お父様(リステン侯爵)は?」
「準備万端です」
アンナが、父からの密書を差し出す。
父は、アランの経済制裁を逃れた資産を使い、私の指示通り、南部との境界線ギリギリの場所に、大量の物資を集積させていた。
「……治水工事用の杭と土嚢。そして、大量の保存食料(小麦)ね」
「ああ。全て、リステン家の『秘密の倉庫』に、な」
ルシアンが、地図を指差す。
「問題は、どうやって『南部の領民』に、これを届けるかだ」
南部の領主たちは、アランの支配を恐れ、北からの支援を公(おおやけ)には受け取れない。
※※※※※※※※※※※※※※
エリアーナの密使
「わたくしに、考えがあります」
私は、アンナに目配せをした。アンナが、一人の男を執務室に連れてくる。
男は、一見、ただの行商人にしか見えない。
「……こちらは?」
ルシアンが、怪訝な顔をする。
「トマス。リステン家が、長年懇意にしている、南部最大の『商人ギルド』の長です」
トマスは、ルシアンを見て緊張していたが、私に促され、深々と頭を下げた。
「公爵閣下。……エリアーナ様(リステン家)には、先代の頃より、多大な恩義がございます」
「トマス。アラン殿下が、治水予算を止めていることは、ご存知ね?」
「はい。南部の領民たちは、今年の春も、全てを失うのではないかと怯えております」
「わたくしたちが、資材と食料を用意しました。……ですが、ヴァレリウス公爵(北)からの『支援』として送れば、アラン殿下は『南部の反乱』とみなし、軍を送るでしょう」
「……」
「そこで、あなたにお願いしたい。これは『リステン家』からの『取引』です」
「……取引、と申されますと?」
「わたくしたちは、資材と食料を、ギルド(あなた)に『破格の安値』で卸します。あなたは、それを『商人ギルドの独自の救援物資』として、南部の領民に配るのです」
トマスの目が、驚きで見開かれた。
「……そんな。それでは、エリアーナ様(リステン家)は、大損では……」
「いいえ。わたくしたちは、南部の民の『信頼』という、お金では買えないものを手に入れます」
私は、トマスに微笑みかけた。
「……そして、トマス。あなたには、もう一つ、配ってほしいものがあるわ」
※※※※※※※※※※※※※※※※
南部の「救世主」
「……これは? パンフレット、ですかな?」
トマスは、アンナが渡した、大量の紙の束を不思議そうに眺めた。
それには、簡単な挿絵と共に、こう書かれていた。
『洪水を防ぐ、簡単な土嚢(どのう)の積み方』
『疫病を防ぐ、水の煮沸(しゃふつ)の方法』
『皇太子殿下(アラン)が止めた治水予算。北のヴァレリウス公爵が、リステン家と共に、その予算を肩代わりし、この食料と資材を届けます』
「……!」
トマスは、この紙の持つ意味を理解し、震え始めた。
「エリアーナ様。これは……あまりにも、危険です」
「ええ。だから、あなたにしか頼めないのです」
「……」
「資材と食料は『商人ギルド』から。この『知識』は、出所不明の『噂』として、南部の民に広めてほしいのです」
「……承知、いたしました」
トマスは、覚悟を決めた顔で、パンフレットを懐にしまった。
「リステン家への恩義、今こそ、命を懸けてお返しいたします」
トマスが去った後、ルシアンが私に尋ねた。
「……大丈夫か。あの男を、信じられるのか」
「ええ。彼は、利益よりも『義理』を重んじる人。1誇り高い商人ですわ」
私は、1周目で死なせてしまった人々の顔を、思い出していた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
予言の成就と民の反応
トマスが動いてから、二週間後。
エリアーナの「予言」通り、帝国南部を、観測史上最悪の「大洪水」が襲った。
アランの宮廷が、イザベラの離宮の完成で浮かれている、まさにその時だった。
「水が来たぞー!」
南部の領民たちは、絶望した。皇太子(アラン)は、治水工事を止めた。今年も、全てが流されるのだ、と。
だが。
「……なんだ、あれは!?」
トマス率いる商人ギルドが、洪水が到達する、まさに「前日」に、大量の杭と土嚢、そして小麦粉を、避難所に運び込んでいたのだ。
「商人ギルドが、助けに来てくれた!」
「待て、この紙を見ろ!」
誰かが、例の「パンフレット」を掲げた。
「……土嚢の積み方? 水の煮沸?」
「……この物資、リステン家と、北の公爵様が……?」
領民たちは、半信半疑ながらも、パンフレットの指示通りに土嚢を積み、高台に避難した。
結果。
南部の被害は、1周目とは比べ物にならないほど、軽微なものに抑えられた。
家屋は流されたが、死者はほとんど出ず、何より「食料」があった。
「……助かった」
「我々は、見捨てられていなかった」
「我々を救ってくださったのは、皇太子殿下(アラン)ではない」
「……北の公爵様と、リステン家の、エリアーナ様だ」
アランが対応の遅れに気づき、視察団を送った頃には、南部の民衆の心は、アランから完全に離れ、北の「救世主」へと向かっていた。
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