1 / 9
1
しおりを挟む「お前など、愛す価値もない」
冷たく言い放たれた言葉に、頭が真っ白になった。
父も母も兄も従兄弟も皆、ディディアを馬鹿にする。婚約者のレイヴンだけは、違うと思ったのに。
「そんな……僕は、」
「ラシェルをいじめ抜いておきながら、またそれか。婚約者であるという事だけで、そのような振る舞いが許されると?」
ラシェルはレイヴンの胸元に抱かれて泣いている。そこはディディアの特等席予定地であり、決して従兄弟のものではない。
引き剥がすべく口を開きかける前に、レイヴンは苛立ちを隠さない顔で冷たく言い放った。
「もう限界だ。お前とは婚約を破棄する!」
「……っ!」
取り縋ろうとした腕は、振り払われた。
どうして。再びの絶望によろめいた先は、不幸にも階段だった。
しまったと思う間もなく、体が放り出される。
伸ばした指先は、誰も捕まえてくれない。驚愕に目を見開いたレイヴンは、それでも決して震える小柄な身体を離さなかったのだ。
ディディア・ファントム侯爵令息の人生の最盛期は、たった五歳の頃であった。
持って生まれた美貌に、莫大な魔力量。将来は国を背負う魔術士になるだろうと期待され、幼い頃から魔力量をさらに伸ばす訓練を課されていた。
しかし、ディディアにはスキルが無いと判明して事態は一変する。
スキルが無ければ、魔術を行使出来る訳もなく。両親は『世紀の大失敗作』を見るような目をし、兄には存在ごと見下され、自室は侯爵家の隅へ追いやられた。
夕食だけは一緒の食堂だったが、それもちくちくと嫌味を聞かせるためだけだった。
せめてもと学業に力を入れたが、『スキル無しは必死だな』とさらに嘲笑される始末。
しかし、魔力量と美貌は子供に遺伝する。男同士でも子は成せるため、ディディアには魔術士を多数排出する名門ーーーー公爵家出身であるレイヴン・オランジュ公爵令息が婚約者として当てがわれた。
家族に無関心を貫かれているディディアは、必死にアピールした。太陽のような金髪とアクアマリンの瞳を持つ、端正な容姿のレイヴンは、初めは優しく微笑みかけてくれていた。
大切にしてくれる。そう思った。
大好きアピールは朝昼晩欠かさない。彼の生活を逐一見守り、全てを知れば、彼の好みや思想が分かるはずだった。
そのため、彼がどこへ行くにもついて行く。うざがったレイヴンに断られても、先回りして見守る。
そんな風にしているうちに、従兄弟のラシェルが侯爵家へとやってきた。
ラシェルは親戚の子爵令息。両親が散財したせいで学費ですら底をつきかけ、ファントム侯爵家に直談判しにきたのだ。
『せめて学園卒業までは』
という約束で、没落必須の子爵家出身ではあるが、援助することとなった。
ラシェルは侯爵家に居候しているうちにディディアの両親と兄を懐柔し、そして最悪なことに、婚約者まで陥落させてしまったのだ。
(……そのような設定のゲームを、どこかで……?)
ディディアは体を起こそうとして、あまりの痛みにもんどり返った。
「ぐうぅ……っ!」
ディディアとは何だ?自分はもっと平凡な名前で、平凡な人生を送っていたアラサーのサラリーマンだったじゃないか。
歳の離れた妹が気付けば腐っていた。所謂腐女子というやつである。大層な小遣いをBLに突っ込んでいた。
それでも妹可愛さに資金を援助したり、時にゲームのやり込みを手伝っていたのだ。『お兄ちゃん、すごい!えらい!天才!』という、棒読みの賞賛を貰うために。
それでBLゲームをやるうちに、徐々に性癖が狂ってしまったのは別として、一体この状況は何なのだ?
瞑っていた瞼をこじ開ける。見覚えが無いようである、ディディアの部屋だ。魔道具一つなく寒さに満ちており、侯爵令息とは名ばかりの待遇。
自分が大怪我をしており、体が動かないことも把握した。きっとあのあと、階段から落ちたのだろう。レイヴンは驚いてはいたものの、ディディアを助けるそぶり一つ見せなかった。
(……これ……ディディア・ファントムって、あのゲームの悪役令息じゃないか!!)
声なき悲鳴を上げる。まさに妹にやらされていたBLゲーム『君を癒せるのはボクだけ~極上の天国~』なんて怪しいタイトルの、登場人物。
“極天”主人公はラシェル(デフォルト名)であり、ディディアは単なる踏み台、当て馬、もしくは燃え上がって散る、恋の燃料なのである。
739
あなたにおすすめの小説
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
おしまいのそのあとは
makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる