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12 黒い写真
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目を覚ますと、僕はどこかの病室にいた。
腑抜けになったように体に力が入らない。
指は動かすことができるけど、腕を持ち上げることができない。
頭を起こそうとすると、目が回ってくらくらとした。
なんとか顔を右に向けると、窓の外に青空が見えた。
い、生きてる……。
鵺と戦って、地面に叩きつけられたところまでは覚えてる。
でもその後……、いや、その前のことも思い出そうとすると頭がずきずきと痛んだ。
すぐ横ですすり泣くような声が聞こえてそちらに顔を向けると、香奈子が顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「香奈子?」言葉にもならないような小さな声で僕はそう囁いた。
「もう、起きないと思った……」香奈子はそう言うと、いきなり「うあああああ!」と言って僕のベッドに顔を埋めて大声で泣き始めた。
どうしたの? と聞きたかったけど、僕はうまく声が出せず、香奈子が落ち着くのをじっと待った。
僕は香奈子の泣く理由がわからなかったけど、なんとなく僕が目を覚ましたことを喜んでくれているようなので僕も嬉しかった。会った時はあんなに強気で近寄りがたい感じだったのに、今の香奈子はなんだか違う。
「和也、もうずっと起きないと思ったんだよ……」香奈子は目の周りを赤くし、鼻をすすりながらそう言った。
「大丈夫、みたい……」正直あの時はもう死んだと思ったけど。
「一週間も寝てたんだよ?」
「そ、そんなに?」
香奈子は頷いた。
そう言えば……、「香奈子の方こそ、大丈夫だった?」あの時香奈子はそう、鵺に瀕死の怪我を負わされたんだ。
「私の心配なんかしないで」
「でも……」
「私は自分のせいで鵺にやられて怪我したんだよ。でも和也は……、和也は私を逃がすために鵺と戦ってくれた」
「でも勝てなかったよ……」
「嘘ばっかり」
「本当だよ。まったく歯が立たなかった」
「でも、師範は、あのあとすぐにまた学校に戻って、そこで鵺の死体と和也を見つけたって」
「師範って、芹那のおじいちゃんのことかい?」
香奈子は頷いた。
「鵺が死んでいた?」
香奈子はまた頷いた。
僕はまだ頭が痛んで、あの日のことを細かく全部思い出すことができなかったが、やはりどう考えても僕が鵺を倒したはずはなかった。じゃあいったい誰が……。
「よお、目覚めおったか!」と芹那のおじいちゃんは病室に入るなりそう言った。
「和也!」と芹那の声もする。
香奈子は慌てて立ち上がり、芹那のおじいちゃんにお辞儀をした。
「かまわんかまわん、こんなところで堅苦しいのはやめろ。お前さんとて、まだ体が痛むじゃろ」と芹那のおじいちゃんは香奈子に言った。
「私は、大丈夫です。和也に比べれば、私の傷なんて……」
「香奈子ちゃんね、この一週間、毎日朝から晩までずーーーーーぅっと和也のそばにいたんだよ?」芹那がそう言うと、香奈子は何を恥ずかしがったのか、うつ向いて向こうを向いてしまった。
「あら、これって……」と芹那はそんな香奈子を見て、何かを言いかけてやめてしまった。
「それより和也、鵺をどうやって倒した」と芹那のおじいちゃんは尋ねた。
「いや、僕は……」僕が倒したはずがないんだ。
「やはりお前さんではないか?」
「はい。違います。でもどうして?」
「わしはあのあと、香奈子と芹那を成久の神社に預け、すぐに飛んで来たんじゃが……」
「どうなっていたんです?」
「ぼろぼろになって死んだ鵺と、その横に倒れるお前さんを見つけた」
「ぼろぼろに? でも僕は、一方的に負けて……」そう言えばと思い、僕は自分の顔に触った。確かあの時、鵺に学校の校舎に叩きつけられて、顔の形が変わるくらいに怪我をしたんだ……。けど、いま手で触れてみた感じ、どこもなんともない。
「じゃあ、他の何者かが倒したんじゃろ」
「他の何者か?」
「恐らく……、他の化け物じゃ」
「他の化け物?」
「もう、おじいちゃん、なにを勿体つけてるのよ!」芹那がじれったそうにそう言った。
「うむ……、わしは、鵺は巨大な蛇のような化け物にやられたのではないかと考えておる」
「巨大な蛇?」僕と芹那は同時にそう言い、顔を見合わせた。
「そうじゃ。腹の噛み傷だけを見たなら、そうは思わんかったが……。鵺の体、まるで何かに締め上げられたかのように捩じれて、身体中の骨が砕けておるように見えた」
「巨大な蛇……」僕はそう言って、胸元にさげた勾玉に触れた。
「そやつじゃない」
僕は芹那のおじいちゃんの顔を見た。
「お前さんは、八岐大蛇が助けてくれたと考えておるのじゃろう。じゃが違う。そやつはまだ動けはせん」
「わかるんですか?」
「ああ。勾玉になっとったとしても、そのくらいのことはわかる。それに、もう一つ不可解なことがある」
「不可解なこと?」
「お前さんが無傷なことじゃ」
「無傷?」
「ああ。鵺との戦い、決して楽なものではなかっただろう。いやむしろ、死を垣間見るほどの過酷なものであったはずじゃ」
「どうしてそれを?」
「いたるところにおびただしいほどの血の流れた跡があった。あれは鵺のものではない。お前さんのものだろうと察した」
香奈子はそれを聞き、押し殺すような声でまた泣き出してしまった。それを見て芹那は、香奈子を部屋の隅にある椅子に座らせた。
「じゃがお前さんは無傷じゃった。おかしかろう」
僕はあらためて自分の顔に触れ、その両手をまじまじと見つめた。
「何者かがお前さんを助けるために鵺と戦い、その後死にかけておったお前さんの傷を癒したとしか考えられん。どうじゃ、覚えはないか? 八岐大蛇以外で、お前さんを助ける大蛇を」
大蛇、大蛇、大蛇……。
僕はその時、はっと思ってスマホを手に取った。
「どうしたの、和也。何を見てるの?」
「こ、これだ……」僕はそう言って、スマホに収められた蛇の写真を見た。
「あ、これ、前に和也が見せてくれた写真だよね」
「こやつ、八岐大蛇にそっくりじゃの」芹那のおじいちゃんもその写真を覗き込んで言った。
「スサノオって人、言ってたよ? こいつは八匹目の八岐大蛇だ! って」芹那が言った。
「な、なんと……、確かにそう言われれば、その通りじゃわい」
「うん。でも……」僕は言い淀んだ。
「そう言えばこれ、友達を写したはずの写真だって言ってたよね」その続きを確かめるように芹那がそう言った。
「そう、なんだ……」これは確かに、正人を写したはずの写真なんだ。それがなぜか今は、すべて正人が消えて、代わりに巨大な銀色の蛇の写真となっていた。
「あれ、でも……」と芹那が言った。
「なに?」
「この蛇って、前に見た時もこんなに大きかったっけ?」
「え?」と言って僕はもう一度その写真を見た。
あんまり覚えていない。けれど確かに、前に見た時よりも大きな蛇になっているような気がする。
「成長、してる?」芹那がそう言った。
「成長? 写真が?」
「うん……、写真って言うか……、何となくそう思ったってだけの話だけど、この写真って、この蛇の今の姿を写してるんじゃないかな」
「今の姿?」
「そう。今この蛇は、前の時より大きくなってるのよ。この写真のように」
ちょ、ちょっと待って、そ、それじゃあ……。僕はそう思って、慌てて美津子の写真を探した。そして心臓が締め付けられてしまうほどの恐怖を感じた。
美津子の写真が、ない……。
いや違う、美津子の写真のあるはずのところには、真っ黒の何も映っていない写真があるのだ。
「ど、どうして……」
「どうしたの?」そう言って芹那も僕のスマホを覗き込んだ。
僕は息を呑んだまま、体が痺れたようになって何も話せなかった。
「これってまさか……」芹那も同じように口を手でふさぎ、何も言えなくなってしまった。
腑抜けになったように体に力が入らない。
指は動かすことができるけど、腕を持ち上げることができない。
頭を起こそうとすると、目が回ってくらくらとした。
なんとか顔を右に向けると、窓の外に青空が見えた。
い、生きてる……。
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でもその後……、いや、その前のことも思い出そうとすると頭がずきずきと痛んだ。
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「香奈子?」言葉にもならないような小さな声で僕はそう囁いた。
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どうしたの? と聞きたかったけど、僕はうまく声が出せず、香奈子が落ち着くのをじっと待った。
僕は香奈子の泣く理由がわからなかったけど、なんとなく僕が目を覚ましたことを喜んでくれているようなので僕も嬉しかった。会った時はあんなに強気で近寄りがたい感じだったのに、今の香奈子はなんだか違う。
「和也、もうずっと起きないと思ったんだよ……」香奈子は目の周りを赤くし、鼻をすすりながらそう言った。
「大丈夫、みたい……」正直あの時はもう死んだと思ったけど。
「一週間も寝てたんだよ?」
「そ、そんなに?」
香奈子は頷いた。
そう言えば……、「香奈子の方こそ、大丈夫だった?」あの時香奈子はそう、鵺に瀕死の怪我を負わされたんだ。
「私の心配なんかしないで」
「でも……」
「私は自分のせいで鵺にやられて怪我したんだよ。でも和也は……、和也は私を逃がすために鵺と戦ってくれた」
「でも勝てなかったよ……」
「嘘ばっかり」
「本当だよ。まったく歯が立たなかった」
「でも、師範は、あのあとすぐにまた学校に戻って、そこで鵺の死体と和也を見つけたって」
「師範って、芹那のおじいちゃんのことかい?」
香奈子は頷いた。
「鵺が死んでいた?」
香奈子はまた頷いた。
僕はまだ頭が痛んで、あの日のことを細かく全部思い出すことができなかったが、やはりどう考えても僕が鵺を倒したはずはなかった。じゃあいったい誰が……。
「よお、目覚めおったか!」と芹那のおじいちゃんは病室に入るなりそう言った。
「和也!」と芹那の声もする。
香奈子は慌てて立ち上がり、芹那のおじいちゃんにお辞儀をした。
「かまわんかまわん、こんなところで堅苦しいのはやめろ。お前さんとて、まだ体が痛むじゃろ」と芹那のおじいちゃんは香奈子に言った。
「私は、大丈夫です。和也に比べれば、私の傷なんて……」
「香奈子ちゃんね、この一週間、毎日朝から晩までずーーーーーぅっと和也のそばにいたんだよ?」芹那がそう言うと、香奈子は何を恥ずかしがったのか、うつ向いて向こうを向いてしまった。
「あら、これって……」と芹那はそんな香奈子を見て、何かを言いかけてやめてしまった。
「それより和也、鵺をどうやって倒した」と芹那のおじいちゃんは尋ねた。
「いや、僕は……」僕が倒したはずがないんだ。
「やはりお前さんではないか?」
「はい。違います。でもどうして?」
「わしはあのあと、香奈子と芹那を成久の神社に預け、すぐに飛んで来たんじゃが……」
「どうなっていたんです?」
「ぼろぼろになって死んだ鵺と、その横に倒れるお前さんを見つけた」
「ぼろぼろに? でも僕は、一方的に負けて……」そう言えばと思い、僕は自分の顔に触った。確かあの時、鵺に学校の校舎に叩きつけられて、顔の形が変わるくらいに怪我をしたんだ……。けど、いま手で触れてみた感じ、どこもなんともない。
「じゃあ、他の何者かが倒したんじゃろ」
「他の何者か?」
「恐らく……、他の化け物じゃ」
「他の化け物?」
「もう、おじいちゃん、なにを勿体つけてるのよ!」芹那がじれったそうにそう言った。
「うむ……、わしは、鵺は巨大な蛇のような化け物にやられたのではないかと考えておる」
「巨大な蛇?」僕と芹那は同時にそう言い、顔を見合わせた。
「そうじゃ。腹の噛み傷だけを見たなら、そうは思わんかったが……。鵺の体、まるで何かに締め上げられたかのように捩じれて、身体中の骨が砕けておるように見えた」
「巨大な蛇……」僕はそう言って、胸元にさげた勾玉に触れた。
「そやつじゃない」
僕は芹那のおじいちゃんの顔を見た。
「お前さんは、八岐大蛇が助けてくれたと考えておるのじゃろう。じゃが違う。そやつはまだ動けはせん」
「わかるんですか?」
「ああ。勾玉になっとったとしても、そのくらいのことはわかる。それに、もう一つ不可解なことがある」
「不可解なこと?」
「お前さんが無傷なことじゃ」
「無傷?」
「ああ。鵺との戦い、決して楽なものではなかっただろう。いやむしろ、死を垣間見るほどの過酷なものであったはずじゃ」
「どうしてそれを?」
「いたるところにおびただしいほどの血の流れた跡があった。あれは鵺のものではない。お前さんのものだろうと察した」
香奈子はそれを聞き、押し殺すような声でまた泣き出してしまった。それを見て芹那は、香奈子を部屋の隅にある椅子に座らせた。
「じゃがお前さんは無傷じゃった。おかしかろう」
僕はあらためて自分の顔に触れ、その両手をまじまじと見つめた。
「何者かがお前さんを助けるために鵺と戦い、その後死にかけておったお前さんの傷を癒したとしか考えられん。どうじゃ、覚えはないか? 八岐大蛇以外で、お前さんを助ける大蛇を」
大蛇、大蛇、大蛇……。
僕はその時、はっと思ってスマホを手に取った。
「どうしたの、和也。何を見てるの?」
「こ、これだ……」僕はそう言って、スマホに収められた蛇の写真を見た。
「あ、これ、前に和也が見せてくれた写真だよね」
「こやつ、八岐大蛇にそっくりじゃの」芹那のおじいちゃんもその写真を覗き込んで言った。
「スサノオって人、言ってたよ? こいつは八匹目の八岐大蛇だ! って」芹那が言った。
「な、なんと……、確かにそう言われれば、その通りじゃわい」
「うん。でも……」僕は言い淀んだ。
「そう言えばこれ、友達を写したはずの写真だって言ってたよね」その続きを確かめるように芹那がそう言った。
「そう、なんだ……」これは確かに、正人を写したはずの写真なんだ。それがなぜか今は、すべて正人が消えて、代わりに巨大な銀色の蛇の写真となっていた。
「あれ、でも……」と芹那が言った。
「なに?」
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「え?」と言って僕はもう一度その写真を見た。
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「成長? 写真が?」
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「今の姿?」
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ちょ、ちょっと待って、そ、それじゃあ……。僕はそう思って、慌てて美津子の写真を探した。そして心臓が締め付けられてしまうほどの恐怖を感じた。
美津子の写真が、ない……。
いや違う、美津子の写真のあるはずのところには、真っ黒の何も映っていない写真があるのだ。
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