悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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正人の話 其の壱伍

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 近江大橋を渡ると、そこはもう顛倒結界の中にいるのではないかと思うほどの化け物がうろつきまわっていた。だが一番厄介なのは、やはり土蜘蛛か。
「そういや京都の顛倒結界の中には、土蜘蛛が多いって聞いたことがあるな」俺は最初の一匹を見ながらそう言った。
 香奈子は竹刀を構え、何やら嫌な記憶でもあるのか、少し震えながら土蜘蛛を睨みつけている。
「さて。俺がこいつらを始末するのは簡単だが、月読尊、お前、こいつら倒してみろよ」
「えっ、私が!? 剣も使えないのにどうやって!?」
「そんなんでよく俺のことを殺すとか言ってたな」と言って俺は笑った。
「それとこれとは別よ」
「月の力を借りろよ」
「月の力?」
「そうだ」
「月に何ができるって言うの?」
「めんどくせー奴だなあ。いいか? 月ってのはな、破滅と復活の象徴なんだ」
「月の満ち欠けね、聞いたことあるわ」
「だがお前はまだ、復活の力しか使ってねーのさ。つまり、まだ半分だ」
「月に、破滅の力もあるって言うの?」
「物分かりがいいじゃねえか」
「それだけが取り柄よ」
「知らねーよ、そんなこと。とにかくやってみろよ」
「やってみるったって……」
「委員長の傷を治した時、いったいどうやった?」
「ただ抱きしめて、思いを込めたのよ」
「なんだかよくわかんねーが、その逆をやってみろよ」
「その逆!? それしか教えてくれないわけ?」
「俺がお前の力の出し方なんか知るわけねえだろ。ほら、来るぞ!」俺がそう言うが早いか、こちらに狙いを定めた土蜘蛛が、大きく口を開けて威嚇し飛び掛かってきた。香奈子は構えていた竹刀で土蜘蛛の牙を防ごうとしたが、逆に吹き飛ばされてしまった。
「ほら、早くしねえとやられちまうぞ」
「そ、そんな!」
 八岐大蛇が助けに入ろうとしたが、「やめろ! 邪魔すんじゃねえ!」と言って俺がそれを制した。
 月読尊は歯を食いしばり、拳を握って必死に土蜘蛛を睨んでいたが、特に何も起こる様子はない。
 と、後ろからもう一匹土蜘蛛が現れた。それだけではなく、琵琶湖の方から無数の河童も現れた。巨大な足の生えただるまが怒り狂ったように駆け寄り、空からは炎に包まれた鬼の顔が迫り、瀬田の唐橋へと続く道路からは巨大な蜈蚣(むかで)が現れ、それ以外にも無数の見たこともない化け物がわらわらと集まってきた。
「どうすんだよ? 和也はいねーぜ。俺は助けねえ。ほら、委員長が食われちまう」
 香奈子はあおむけになって土蜘蛛に両手を押さえつけられ、今にもその牙に噛みつかれそうになっている。だが唐突に香奈子の体から光の粒子が舞い始め、握り締めた竹刀を白い靄が覆い、微かに金色の光も見えた。
「いやああああああ!!!」と香奈子が土蜘蛛に向かって叫び声をあげると、それに怯んだのか土蜘蛛は香奈子の竹刀を持つ右手を離した。その隙に香奈子は竹刀で土蜘蛛の顔を打ち、浅くはあるが傷を負わせた。
「やるじゃねえか」
 香奈子は土蜘蛛がたじろいだ瞬間、何とか自由になり、逃げるようにこちらに戻ってきた。そして俺は香奈子の首根っこを掴むと、もう一度土蜘蛛のいる方に高々と放り投げた。
「おまええええ!!! なにやってるんだあああああああああああ!!!!」と月読尊の叫び声が聞こえた。その瞬間、まるで次元と次元の狭間に体を捩じられるように「ぐわんっ!」と視界が歪んだ。そして体中のありとあらゆる場所がぶちぶちと音を立てるようにねじ切れ、体中の骨がぼきぼきと折れる音を聞いた。
 ふと視界に入った月読尊の体は真っ黒な靄に覆われ、まるで黒い炎を吹きだしているようだった。視界に入る化け物がうめき声をあげ、黒い体液を吐き出しながらばたばたと死んでいった。
「こりゃ……、俺も駄目だ……」そう考えながら仰向けに倒れ見上げた空には、やはり視界を覆いつくすような巨大な月が浮かび、その月は早送りの動画でも観るようにみるみる欠けて鋭い三日月になり、あっという間に漆黒の月となった。
「このおおおおお!!! 殺してやるううううう!!!」と月読尊は叫ぶと、俺にさらなる鉄槌を振り下ろした。まるで月が俺の真上に落ちて来たかのように体が地面に押し付けられた。残っていた体の骨が全て砕け、頭蓋骨がメリメリと音を立てるのが聞こえた。
「へっ……、さすがだぜ……」俺は目に映るものが徐々に真っ黒になり、痛みも苦しみも何も感じなくなった。そしていよいよ死を覚悟したその瞬間、「芹那さん、やめて!!!」と香奈子の声を聞いた。
「駄目! 正人を殺しちゃ!」そう言って香奈子は俺に覆いかぶさった。
「香奈子! のきなさい!」
「いや! 正人は和也を助けてくれると言ったわ! その人を殺させるわけにいかない!!!」
 俺は薄れる意識の中で、頬に落ちる香奈子の涙を温かいと思った。



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