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五年後
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「おはよう。フォーラン」
「ん……?」
真っ暗闇の中……。
妙な肌触りのものに、顔を撫でられ、目を覚ました。
……ケスラの手、か。
しわくちゃすぎて、人の手とは思えなかった。
「どうした?」
「ようやく、五年経ったわ」
「え?」
「婚約破棄……できるのよ」
「あぁ……」
今更、そんな話か……。
もう、エンバート側も、とっくに忘れているだろう。
最初は違約金の催促の手紙が来ていたが、もう来なくなった。
死んだと思われているのかもしれない。
確かに、生きているとも言い難い状況だ。
「結婚、するでしょう?」
「……あぁ」
「嬉しい……」
唇に。
ガサガサの何かが触れた。
……何であるかは、想像したくなかった。
酷い匂いがする。
たった五年前は、どうしてもこれがほしくて……。
わざわざ婚約破棄までしたのに。
家を追い出されたのに。
こんなもののために、僕は……。
まるで、貪るように、唇を動かしてくる。
嫌になって、僕は手で、彼女の顔を押しのけた。
「ごめんね? 突然だったから」
「あぁ……」
「今日はくもりなの。きっと、外に出られるわ? 早く役所に行って、結婚しないと」
「……意味、あるのかな」
「え?」
「結婚という行動に、意味があるの?」
「……なに?」
空気が、ピシッと張り詰めたような感覚。
突然、暗闇から伸びてきた手が、僕の頬を殴りつけた。
「あんたが! 結婚したいって言ったんでしょう!?」
「そ、それはもう、五年前の話で」
「私は、それだけを頼りにして……!」
……そういうことか。
もう、ケスラは、とっくに壊れてたんだ。
こんな二人が、結婚する意味、あるわけないのに。
誰からも祝福されない。
役所の人にも、きっと笑われる。
そもそも、結婚の申請にかかる金が、払えないんじゃないか?
「さっさと脱いでよ……。私たちがここにいた、証を作らないと」
「何言って……」
「ほら、早く……」
「ま、待ってくれよ」
「……」
いきなり、部屋が明るくなった。
ケスラが、カーテンを開けたのだ。
「い、痛い……。やめてくれ、光は……」
「こんなに曇っていても、やっぱり駄目なのね」
窓から差し込んだ光で、久々にケスラの顔を見た。
まるで……。老婆みたいに、やつれている。
「閉めてくれ! 痛い!」
「じゃあ、寝てくれる?」
「わかった! わかったから!」
「ふふっ……。じゃあ、久しぶりに、踊りましょうよ。あなたがよく、私に言ってくれたでしょう? 踊りましょう……って!」
あぁ……。
きっと僕は、彼女のおもちゃになる。
それでも、生きていられるだけ、マシなのかもしれない。
この五年は、普通の地獄だった。
これからの人生が、本当の地獄なんだ。
悟った僕は、静かに涙を流した。
その涙を、ケスラが舐めとった。
「ん……?」
真っ暗闇の中……。
妙な肌触りのものに、顔を撫でられ、目を覚ました。
……ケスラの手、か。
しわくちゃすぎて、人の手とは思えなかった。
「どうした?」
「ようやく、五年経ったわ」
「え?」
「婚約破棄……できるのよ」
「あぁ……」
今更、そんな話か……。
もう、エンバート側も、とっくに忘れているだろう。
最初は違約金の催促の手紙が来ていたが、もう来なくなった。
死んだと思われているのかもしれない。
確かに、生きているとも言い難い状況だ。
「結婚、するでしょう?」
「……あぁ」
「嬉しい……」
唇に。
ガサガサの何かが触れた。
……何であるかは、想像したくなかった。
酷い匂いがする。
たった五年前は、どうしてもこれがほしくて……。
わざわざ婚約破棄までしたのに。
家を追い出されたのに。
こんなもののために、僕は……。
まるで、貪るように、唇を動かしてくる。
嫌になって、僕は手で、彼女の顔を押しのけた。
「ごめんね? 突然だったから」
「あぁ……」
「今日はくもりなの。きっと、外に出られるわ? 早く役所に行って、結婚しないと」
「……意味、あるのかな」
「え?」
「結婚という行動に、意味があるの?」
「……なに?」
空気が、ピシッと張り詰めたような感覚。
突然、暗闇から伸びてきた手が、僕の頬を殴りつけた。
「あんたが! 結婚したいって言ったんでしょう!?」
「そ、それはもう、五年前の話で」
「私は、それだけを頼りにして……!」
……そういうことか。
もう、ケスラは、とっくに壊れてたんだ。
こんな二人が、結婚する意味、あるわけないのに。
誰からも祝福されない。
役所の人にも、きっと笑われる。
そもそも、結婚の申請にかかる金が、払えないんじゃないか?
「さっさと脱いでよ……。私たちがここにいた、証を作らないと」
「何言って……」
「ほら、早く……」
「ま、待ってくれよ」
「……」
いきなり、部屋が明るくなった。
ケスラが、カーテンを開けたのだ。
「い、痛い……。やめてくれ、光は……」
「こんなに曇っていても、やっぱり駄目なのね」
窓から差し込んだ光で、久々にケスラの顔を見た。
まるで……。老婆みたいに、やつれている。
「閉めてくれ! 痛い!」
「じゃあ、寝てくれる?」
「わかった! わかったから!」
「ふふっ……。じゃあ、久しぶりに、踊りましょうよ。あなたがよく、私に言ってくれたでしょう? 踊りましょう……って!」
あぁ……。
きっと僕は、彼女のおもちゃになる。
それでも、生きていられるだけ、マシなのかもしれない。
この五年は、普通の地獄だった。
これからの人生が、本当の地獄なんだ。
悟った僕は、静かに涙を流した。
その涙を、ケスラが舐めとった。
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