1 / 2
本編
しおりを挟む
真実の愛は、ときに予言を打ち負かす。
「正気じゃないわ。」
ピシッと孔雀の羽でできた扇子が私に突きつけられる。
豪奢なドレス、華やかな髪飾り。白磁のような肌とふわふわとした金髪には幾筋かの赤が混ざる。その瞳がつり上がってさえいなければまさしく淑女の鏡だろう。
そんな彼女の愚痴を一礼したまま私は聞き流す。私はアリス。かつてただの農民だったアリス。平民出の女司祭。愚かなアリス。半端者のアリス。悪魔の元契約者。聖女様の一番弟子。
烏の羽のような黒い髪は呪術への高い適性の証。夜空のような青い瞳に浮かぶ金砂は崇める神から与えられた微々たる加護の証。
目の前の令嬢はその全てを持ってしても決して敵う相手では無い。ただ塵のように吹き飛ばされ消し飛ばされるだけ。本来ならこのように声をかけられることすらありえない。
では何故こんなことになっているかと言うと、それは私の夫がこの国を含めた大陸を救った英雄に成り上がった為である。
そして、目の前の彼女は夫と同じ部隊で戦い、大きな功績を立てた英雄のひとり。勇者パーティの魔法使いと予言された少女は成し遂げた。五属性の大魔導師。いずれ賢者になるだろうと噂される。
対する私の功績は防衛戦を中心としたもので微々たるもの。
故に、私はただただ耐える以外の選択肢がなかった。
愛してる、さようならということなんて私には出来ない。
音楽が流れ始め、ホールの真ん中に段々と空間ができる。一通り挨拶が終わり、社交ダンスの時間が始まる。
「我が妻を返してくれないか、ルビア。そろそろファーストダンスの時間なんだ。」
夫婦で挨拶すべき人に挨拶した後、ひとりで各所に挨拶に赴いていた夫が帰ってきた。
本日の主役は引っ張りだこだ。祝勝会なのだからそんな不満顔しないで、もっとして。
というか、魔王討伐の立役者がこんなところで油売ってていいのか?
いやダメだけど無視しているのかこの大魔導師。
「あんた本気でこいつを妻と表明するの?せいぜい中堅かそこらよコレ。」
とんでもない言い草だが、反論してはいけない。この祝いの場で争う訳にはいかないのだ。和を乱してはならない。もう既に手遅れとか言ってはいけない。私は最善を尽くしました。それが大事。しおらしく、しおらしく。
いがみ合うことを避けられなくても正義ぶるのはなんとか避ける。
「ああそうだ。わたしが共にあゆむと決めた唯一の人さ。」
そう言って私の手を取るとサラリと私を連れ去った。その背中が前よりもずっと大きく見える。
「良かったの?」
「あくまで戦友さ。例えどんなに優れた人でも俺にとって君に優る妻はいないさ。」
さらりと言いやがって。こっちがどんな気か知らないくせに。
私は知ってるんだぞ。パーティ内で私の自慢話をして、パーティ崩壊の危機を何度も招いていた事を。いやまあ、バッシュが悪いって訳じゃないんだけどさぁ。
親切な人が教えてくれたぞ、お前のせいでなんて嘯きながら。あいつがバッシュの運命だって。
私はすまないと言われることも覚悟してたんだよ?
もしかしたら使うことが無いかもしれないと思いつつ用意した白地に金の刺繍をしたドレスはどうにも着心地が悪い。私はもっと暗い色が好きなのに。誰かエメラルドの髪飾りを取って欲しい。非常に首が痛い。
濃紺のワンピースに黒いローブと金のボタンが私の一番好きな格好。司祭服?論外よ論外。
ダンスが始まれば自然と真ん中で踊る人々の話題になる。
「誰か聖騎士様と踊っている方知らない?」
「大魔導師と一緒じゃないの?」
「そういえば聖騎士は既婚者だったっけ。」
「マジ?」
「そうそう、相手は平民の魔法師。」
「魔導師ですらないの?」
「大魔導師は第5王子とか。」
「まあ順当か?」
会場の話題は予想外にくっついた私と聖騎士の話題でいっぱいだった。そして、恋仲と噂だったのに踊れなかった大魔導師は同情の目線を注がれている。なんだか大魔導師につめたい意見があるのは先程の出来事が一因だろうか。
三曲踊り終わり、あくまで付き添いの私は壁の花に徹する。
こうしてみると社交界というのは面白い。それとなく人間観察を楽しみつつ夫の帰りを待つ。
しばらくして大魔導師が私に絡んできた。どれだけ見つめても私のバッシュが自分をダンスに誘わないのが余程不満らしい。悪目立ちするようなことは勘弁願えないだろうか?
まあそれが出来る恋心でもないか。
淑女の仮面を剥がせないのが面白くないのだろう、段々と過激に走っていく。
お酒も入っているのだろう。
怒り狂う彼女。
とうとう手にもつワインを私にかけた。
しまった、さっさと理由をつけて離れればよかった。いや無理か。
「失礼、手が滑りましたわ。」
傍から見れば純白の天使に邪悪な魔女が嫌がらせをしているように見える。噂話の格好の的だ。
さすがにまずいと思ったのか高位貴族には珍しく謝罪めいたことを口にする。相手は今日の主役。私は付き添い。こうなれば私に取れる行動は一つ。
「酔いたくなる夜もあるでしょう。添え物はそろそろ失礼します。」
三十六計逃げるに如かず。
名残惜しいがさっさと退散することにした。
「アリス!アリス!ああどうして先に帰ろうとしているんだ。そのドレスはどうした。」
「大魔導師「あんのクソアマ!!!」」
お言葉が悪くてよ我が愛しの旦那様。懇切丁寧に対応しなくてはこちらの否になってしまいかねないから落ち着いて欲しい。廊下にも人の目が山ほどある。
怒りのあまり天井につくくらい飛び上がりそうになっている旦那様。自分も帰ると言ってやまない彼をどうにかこうにか会場に戻そうにも私のココロのニヤニヤが止まらない。
どうしてもー、私のバッシュはー、私と一緒じゃないと嫌みたいでーす!!!
なかなかに私も鬱憤が溜まっている。もちろん口にも顔にも出さない。とうとうひとりが怖いならずっと一緒にいていいとまで言い出した。
仕方が無いから、仕方が無いからそばにいてやる。小さく彼の胸の中で囁いて、そうやって、やむなく会場に戻る。
逃げない、どこにも行かない、死ぬ気なんてサラサラない。私たちの絆は運命になんて負けやしない。
あまり男性の社交に女が絡むものでは無いが、やむなくその後は夫に離れることなく過ごした。
明日にはただ挨拶しただけの女を脅したとか、ずっと夫に話しかけていて社交の邪魔とかたっぷり尾ひれが着いているに違いない。
「可愛らしい奥方ですね羨ましい。」
「いやあ、聖騎士様もモテますねえ。」
「あれが相手ではなあ」
「かなり図々しいのでは?」
さすがに、その夜それ以上のトラブルが起こることは無かった。
さようならとすまないは決して言わない。ただ愛してるとだけささやきあう2人の話。
「正気じゃないわ。」
ピシッと孔雀の羽でできた扇子が私に突きつけられる。
豪奢なドレス、華やかな髪飾り。白磁のような肌とふわふわとした金髪には幾筋かの赤が混ざる。その瞳がつり上がってさえいなければまさしく淑女の鏡だろう。
そんな彼女の愚痴を一礼したまま私は聞き流す。私はアリス。かつてただの農民だったアリス。平民出の女司祭。愚かなアリス。半端者のアリス。悪魔の元契約者。聖女様の一番弟子。
烏の羽のような黒い髪は呪術への高い適性の証。夜空のような青い瞳に浮かぶ金砂は崇める神から与えられた微々たる加護の証。
目の前の令嬢はその全てを持ってしても決して敵う相手では無い。ただ塵のように吹き飛ばされ消し飛ばされるだけ。本来ならこのように声をかけられることすらありえない。
では何故こんなことになっているかと言うと、それは私の夫がこの国を含めた大陸を救った英雄に成り上がった為である。
そして、目の前の彼女は夫と同じ部隊で戦い、大きな功績を立てた英雄のひとり。勇者パーティの魔法使いと予言された少女は成し遂げた。五属性の大魔導師。いずれ賢者になるだろうと噂される。
対する私の功績は防衛戦を中心としたもので微々たるもの。
故に、私はただただ耐える以外の選択肢がなかった。
愛してる、さようならということなんて私には出来ない。
音楽が流れ始め、ホールの真ん中に段々と空間ができる。一通り挨拶が終わり、社交ダンスの時間が始まる。
「我が妻を返してくれないか、ルビア。そろそろファーストダンスの時間なんだ。」
夫婦で挨拶すべき人に挨拶した後、ひとりで各所に挨拶に赴いていた夫が帰ってきた。
本日の主役は引っ張りだこだ。祝勝会なのだからそんな不満顔しないで、もっとして。
というか、魔王討伐の立役者がこんなところで油売ってていいのか?
いやダメだけど無視しているのかこの大魔導師。
「あんた本気でこいつを妻と表明するの?せいぜい中堅かそこらよコレ。」
とんでもない言い草だが、反論してはいけない。この祝いの場で争う訳にはいかないのだ。和を乱してはならない。もう既に手遅れとか言ってはいけない。私は最善を尽くしました。それが大事。しおらしく、しおらしく。
いがみ合うことを避けられなくても正義ぶるのはなんとか避ける。
「ああそうだ。わたしが共にあゆむと決めた唯一の人さ。」
そう言って私の手を取るとサラリと私を連れ去った。その背中が前よりもずっと大きく見える。
「良かったの?」
「あくまで戦友さ。例えどんなに優れた人でも俺にとって君に優る妻はいないさ。」
さらりと言いやがって。こっちがどんな気か知らないくせに。
私は知ってるんだぞ。パーティ内で私の自慢話をして、パーティ崩壊の危機を何度も招いていた事を。いやまあ、バッシュが悪いって訳じゃないんだけどさぁ。
親切な人が教えてくれたぞ、お前のせいでなんて嘯きながら。あいつがバッシュの運命だって。
私はすまないと言われることも覚悟してたんだよ?
もしかしたら使うことが無いかもしれないと思いつつ用意した白地に金の刺繍をしたドレスはどうにも着心地が悪い。私はもっと暗い色が好きなのに。誰かエメラルドの髪飾りを取って欲しい。非常に首が痛い。
濃紺のワンピースに黒いローブと金のボタンが私の一番好きな格好。司祭服?論外よ論外。
ダンスが始まれば自然と真ん中で踊る人々の話題になる。
「誰か聖騎士様と踊っている方知らない?」
「大魔導師と一緒じゃないの?」
「そういえば聖騎士は既婚者だったっけ。」
「マジ?」
「そうそう、相手は平民の魔法師。」
「魔導師ですらないの?」
「大魔導師は第5王子とか。」
「まあ順当か?」
会場の話題は予想外にくっついた私と聖騎士の話題でいっぱいだった。そして、恋仲と噂だったのに踊れなかった大魔導師は同情の目線を注がれている。なんだか大魔導師につめたい意見があるのは先程の出来事が一因だろうか。
三曲踊り終わり、あくまで付き添いの私は壁の花に徹する。
こうしてみると社交界というのは面白い。それとなく人間観察を楽しみつつ夫の帰りを待つ。
しばらくして大魔導師が私に絡んできた。どれだけ見つめても私のバッシュが自分をダンスに誘わないのが余程不満らしい。悪目立ちするようなことは勘弁願えないだろうか?
まあそれが出来る恋心でもないか。
淑女の仮面を剥がせないのが面白くないのだろう、段々と過激に走っていく。
お酒も入っているのだろう。
怒り狂う彼女。
とうとう手にもつワインを私にかけた。
しまった、さっさと理由をつけて離れればよかった。いや無理か。
「失礼、手が滑りましたわ。」
傍から見れば純白の天使に邪悪な魔女が嫌がらせをしているように見える。噂話の格好の的だ。
さすがにまずいと思ったのか高位貴族には珍しく謝罪めいたことを口にする。相手は今日の主役。私は付き添い。こうなれば私に取れる行動は一つ。
「酔いたくなる夜もあるでしょう。添え物はそろそろ失礼します。」
三十六計逃げるに如かず。
名残惜しいがさっさと退散することにした。
「アリス!アリス!ああどうして先に帰ろうとしているんだ。そのドレスはどうした。」
「大魔導師「あんのクソアマ!!!」」
お言葉が悪くてよ我が愛しの旦那様。懇切丁寧に対応しなくてはこちらの否になってしまいかねないから落ち着いて欲しい。廊下にも人の目が山ほどある。
怒りのあまり天井につくくらい飛び上がりそうになっている旦那様。自分も帰ると言ってやまない彼をどうにかこうにか会場に戻そうにも私のココロのニヤニヤが止まらない。
どうしてもー、私のバッシュはー、私と一緒じゃないと嫌みたいでーす!!!
なかなかに私も鬱憤が溜まっている。もちろん口にも顔にも出さない。とうとうひとりが怖いならずっと一緒にいていいとまで言い出した。
仕方が無いから、仕方が無いからそばにいてやる。小さく彼の胸の中で囁いて、そうやって、やむなく会場に戻る。
逃げない、どこにも行かない、死ぬ気なんてサラサラない。私たちの絆は運命になんて負けやしない。
あまり男性の社交に女が絡むものでは無いが、やむなくその後は夫に離れることなく過ごした。
明日にはただ挨拶しただけの女を脅したとか、ずっと夫に話しかけていて社交の邪魔とかたっぷり尾ひれが着いているに違いない。
「可愛らしい奥方ですね羨ましい。」
「いやあ、聖騎士様もモテますねえ。」
「あれが相手ではなあ」
「かなり図々しいのでは?」
さすがに、その夜それ以上のトラブルが起こることは無かった。
さようならとすまないは決して言わない。ただ愛してるとだけささやきあう2人の話。
1
あなたにおすすめの小説
恋していたのに
頭フェアリータイプ
恋愛
髪に見出されて平民の孤児から聖女となったアイリーシャの婚約者は王太子。将来は初恋の相手の側室になることが決まっていた彼女は婚約者からこき使われた末に捨てられてしまう。
ずっと一緒にいようね
仏白目
恋愛
あるいつもと同じ朝 おれは朝食のパンをかじりながらスマホでニュースの記事に目をとおしてた
「ねえ 生まれ変わっても私と結婚する?」
「ああ もちろんだよ」
「ふふっ 正直に言っていいんだよ?」
「えっ、まぁなぁ 同じ事繰り返すのもなんだし・・
次は別のひとがいいかも お前もそうだろ? なぁ?」
言いながらスマホの画面から視線を妻に向けると
「・・・・・」
失意の顔をした 妻と目が合った
「え・・・?」
「・・・・ 」
*作者ご都合主義の世界観のフィクションです。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
山あり谷あり…やっぱ平坦なのがいいよね
鳥類
恋愛
ある日突然前世の記憶が蘇った。まるでそれを覆っていたシャボン玉が割れて溢れ出たように。
思い出したことで気づいたのは、今自分がいる世界がとある乙女ゲームの世界という事。
自分は攻略対象の王太子。目の前にいるのは婚約者の悪役令嬢。
…そもそも、悪役令嬢って…俺が心変わりしなきゃ『悪役』にならないよな?
気付けば攻略対象になっていたとある王太子さまが、自分の婚約者を悪役令嬢にしないためにヒロインさんにご退場いただく話です。
ヒロインは残念女子。ざまぁはありますが弱めです。
ドラマティックな展開はありません。
山も谷も盛り上がりも無くてもいい、大切な人と一日一日を過ごしたい王子さまの奮闘記(?)
サラッとお読みいただけたらありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる