幸運石のアリス

頭フェアリータイプ

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 真実の愛は、ときに予言を打ち負かす。






「正気じゃないわ。」

 ピシッと孔雀の羽でできた扇子が私に突きつけられる。

 豪奢なドレス、華やかな髪飾り。白磁のような肌とふわふわとした金髪には幾筋かの赤が混ざる。その瞳がつり上がってさえいなければまさしく淑女の鏡だろう。

 そんな彼女の愚痴を一礼したまま私は聞き流す。私はアリス。かつてただの農民だったアリス。平民出の女司祭。愚かなアリス。半端者のアリス。悪魔の元契約者。聖女様の一番弟子。

 烏の羽のような黒い髪は呪術への高い適性の証。夜空のような青い瞳に浮かぶ金砂は崇める神から与えられた微々たる加護の証。

 目の前の令嬢はその全てを持ってしても決して敵う相手では無い。ただ塵のように吹き飛ばされ消し飛ばされるだけ。本来ならこのように声をかけられることすらありえない。







 では何故こんなことになっているかと言うと、それは私の夫がこの国を含めた大陸を救った英雄に成り上がった為である。

 そして、目の前の彼女は夫と同じ部隊で戦い、大きな功績を立てた英雄のひとり。勇者パーティの魔法使いと予言された少女は成し遂げた。五属性の大魔導師。いずれ賢者になるだろうと噂される。

 対する私の功績は防衛戦を中心としたもので微々たるもの。

 故に、私はただただ耐える以外の選択肢がなかった。

 愛してる、さようならということなんて私には出来ない。








 音楽が流れ始め、ホールの真ん中に段々と空間ができる。一通り挨拶が終わり、社交ダンスの時間が始まる。

「我が妻を返してくれないか、ルビア。そろそろファーストダンスの時間なんだ。」

 夫婦で挨拶すべき人に挨拶した後、ひとりで各所に挨拶に赴いていた夫が帰ってきた。

 本日の主役は引っ張りだこだ。祝勝会なのだからそんな不満顔しないで、もっとして。






というか、魔王討伐の立役者がこんなところで油売ってていいのか?

いやダメだけど無視しているのかこの大魔導師。

「あんた本気でこいつを妻と表明するの?せいぜい中堅かそこらよコレ。」

 とんでもない言い草だが、反論してはいけない。この祝いの場で争う訳にはいかないのだ。和を乱してはならない。もう既に手遅れとか言ってはいけない。私は最善を尽くしました。それが大事。しおらしく、しおらしく。

いがみ合うことを避けられなくても正義ぶるのはなんとか避ける。

「ああそうだ。わたしが共にあゆむと決めた唯一の人さ。」

 そう言って私の手を取るとサラリと私を連れ去った。その背中が前よりもずっと大きく見える。

「良かったの?」

「あくまで戦友さ。例えどんなに優れた人でも俺にとって君に優る妻はいないさ。」

 さらりと言いやがって。こっちがどんな気か知らないくせに。

 私は知ってるんだぞ。パーティ内で私の自慢話をして、パーティ崩壊の危機を何度も招いていた事を。いやまあ、バッシュが悪いって訳じゃないんだけどさぁ。

 親切な人が教えてくれたぞ、お前のせいでなんて嘯きながら。あいつがバッシュの運命だって。

 私はすまないと言われることも覚悟してたんだよ?

  もしかしたら使うことが無いかもしれないと思いつつ用意した白地に金の刺繍をしたドレスはどうにも着心地が悪い。私はもっと暗い色が好きなのに。誰かエメラルドの髪飾りを取って欲しい。非常に首が痛い。

 濃紺のワンピースに黒いローブと金のボタンが私の一番好きな格好。司祭服?論外よ論外。

 ダンスが始まれば自然と真ん中で踊る人々の話題になる。

「誰か聖騎士様と踊っている方知らない?」
「大魔導師と一緒じゃないの?」
「そういえば聖騎士は既婚者だったっけ。」
「マジ?」
「そうそう、相手は平民の魔法師。」
「魔導師ですらないの?」

「大魔導師は第5王子とか。」
「まあ順当か?」

 会場の話題は予想外にくっついた私と聖騎士の話題でいっぱいだった。そして、恋仲と噂だったのに踊れなかった大魔導師は同情の目線を注がれている。なんだか大魔導師につめたい意見があるのは先程の出来事が一因だろうか。






 三曲踊り終わり、あくまで付き添いの私は壁の花に徹する。

 こうしてみると社交界というのは面白い。それとなく人間観察を楽しみつつ夫の帰りを待つ。

 しばらくして大魔導師が私に絡んできた。どれだけ見つめても私のバッシュが自分をダンスに誘わないのが余程不満らしい。悪目立ちするようなことは勘弁願えないだろうか?




まあそれが出来る恋心でもないか。

 淑女の仮面を剥がせないのが面白くないのだろう、段々と過激に走っていく。

お酒も入っているのだろう。
怒り狂う彼女。








とうとう手にもつワインを私にかけた。

しまった、さっさと理由をつけて離れればよかった。いや無理か。

「失礼、手が滑りましたわ。」

 傍から見れば純白の天使に邪悪な魔女が嫌がらせをしているように見える。噂話の格好の的だ。
 さすがにまずいと思ったのか高位貴族には珍しく謝罪めいたことを口にする。相手は今日の主役。私は付き添い。こうなれば私に取れる行動は一つ。

「酔いたくなる夜もあるでしょう。添え物はそろそろ失礼します。」

 三十六計逃げるに如かず。
 名残惜しいがさっさと退散することにした。






「アリス!アリス!ああどうして先に帰ろうとしているんだ。そのドレスはどうした。」

「大魔導師「あんのクソアマ!!!」」


 お言葉が悪くてよ我が愛しの旦那様。懇切丁寧に対応しなくてはこちらの否になってしまいかねないから落ち着いて欲しい。廊下にも人の目が山ほどある。

 怒りのあまり天井につくくらい飛び上がりそうになっている旦那様。自分も帰ると言ってやまない彼をどうにかこうにか会場に戻そうにも私のココロのニヤニヤが止まらない。

 どうしてもー、バッシュはー、私と一緒じゃないと嫌みたいでーす!!!

 なかなかに私も鬱憤が溜まっている。もちろん口にも顔にも出さない。とうとうひとりが怖いならずっと一緒にいていいとまで言い出した。

 仕方が無いから、仕方が無いからそばにいてやる。小さく彼の胸の中で囁いて、そうやって、やむなく会場に戻る。

 逃げない、どこにも行かない、死ぬ気なんてサラサラない。私たちの絆は運命になんて負けやしない。

 あまり男性の社交に女が絡むものでは無いが、やむなくその後は夫に離れることなく過ごした。
 明日にはただ挨拶しただけの女を脅したとか、ずっと夫に話しかけていて社交の邪魔とかたっぷり尾ひれが着いているに違いない。

「可愛らしい奥方ですね羨ましい。」
「いやあ、聖騎士様もモテますねえ。」
が相手ではなあ」
「かなり図々しいのでは?」

 さすがに、その夜それ以上のトラブルが起こることは無かった。




 さようならとすまないは決して言わない。ただ愛してるとだけささやきあう2人の話。
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