16 / 38
16 素敵の大盤振舞い
しおりを挟む
ティルマン様との婚約が破棄になったことで、わたしは婚約者のいない身軽な立場となった。
「クリス宛に毎日たくさんの釣書が送られてくるけれど、クリスはどうしたい? 早々に次の婚約者を決めたいかい?」
お父様に問われ、首を振る。
「しばらくは婚約者を作らず、この家でお父様やお義兄様とのんびり過ごしたいです。ダメでしょうか?」
上目遣いで不安そうにお父様を見つめてみる。
お父様は即座にぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
「ダメなわけないさ! ロクデナシとの婚約で、おまえは心身ともに疲弊している。好きなだけゆっくりしていいからね」
「ありがとうございます、お父様」
わたしを溺愛してやまない優しいお父様のおかげで、しばらくは婚約者なしでいられるようになった。嫁ぎ先での夫人教育もなくなったから、近頃のわたしは出かける用事も少なく、屋敷の中で静かに過ごすことが多い。
でも寂しくないし退屈でもない。引き籠るわたしを心配するお義兄様が、気分転換になればと外に連れ出してくれることが増えたからだ。
一週間前はピクニックに行ったし、一昨日は馬で遠乗りにでかけた。
楽しくて嬉しくてたまらない。
今日はとてもいい天気で風もほとんどない。テラスでお茶をしたらきっと気持ちがいい。そう思ったわたしは、お義兄様をテラスでのお茶に誘った。
わたしが入れたお茶を飲んだお義兄様の美しい口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「クリスの入れるお茶は美味いな。昔と比べて、随分上手に入れられるようになった」
「お義兄様に喜んでもらいたくて、すごく練習したんです」
「努力の成果がしっかり出ている。さすがクリスだな」
褒められた喜びで顔が弛みそうになるのを、わたしは必死に堪える。
それにしても、お義兄様の所作は美しい。
元は田舎の貧乏貴族の三男坊で、ギレンセン侯爵家の養子になるまで碌な教育を受けていなかったとは思えない。美しく高貴なその様からは、近頃では威厳さえも感じされるようになってきている。
ほう、とわたしの口から感嘆の息が零れた。
いつ見てもお義兄様の凛々しいお顔はわたし好みで素敵すぎて、つい見惚れてしまって会話がおざなりになってしまいそうになる。
だから時々、意識して視線をお義兄様から反らす。そうでもしなければお義兄様のお顔に視線が釘付けになってしまうからだ。
そんなわたしの密かな苦労を知らないお義兄様は、素敵すぎるその笑顔を容赦なく大盤振舞いしてきて、わたしの心臓をときめかせるのだ。
「義父上から聞いた。しばらくは誰とも婚約しないそうだな」
「はい。少し一人の時間を楽しみたいと思って」
「それほど心の傷が深いということか。やはりクリスはティルマン殿のことを本気で……」
お義兄様がなにか呟いたけれど、声が小さすぎてよく聞こえない。
聞き返そうと思ったところで、やけに真剣な顔をしたお義兄様が言った。
「クリスは好きなだけこの家にいればいい。政略結婚なんてもう絶対にさせない。もしも君が望むなら、他家に嫁ぐ必要もない」
「それは、ずっとお義兄様のそばにいてもいいということですか?」
「……」
困ったように小さく笑うだけで、お義兄様はなにも言わない。
その態度に、以前から持っていた疑念が確信に変わった。
お義兄様はわたしに嫡子の座を明け渡し、ギレンセン侯爵家を出て行くつもりなのだ。だからずっとそばにいることができないために、さっきは返事を濁したのだろう。
きっとそうだ、そうに違いない。
「クリス宛に毎日たくさんの釣書が送られてくるけれど、クリスはどうしたい? 早々に次の婚約者を決めたいかい?」
お父様に問われ、首を振る。
「しばらくは婚約者を作らず、この家でお父様やお義兄様とのんびり過ごしたいです。ダメでしょうか?」
上目遣いで不安そうにお父様を見つめてみる。
お父様は即座にぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
「ダメなわけないさ! ロクデナシとの婚約で、おまえは心身ともに疲弊している。好きなだけゆっくりしていいからね」
「ありがとうございます、お父様」
わたしを溺愛してやまない優しいお父様のおかげで、しばらくは婚約者なしでいられるようになった。嫁ぎ先での夫人教育もなくなったから、近頃のわたしは出かける用事も少なく、屋敷の中で静かに過ごすことが多い。
でも寂しくないし退屈でもない。引き籠るわたしを心配するお義兄様が、気分転換になればと外に連れ出してくれることが増えたからだ。
一週間前はピクニックに行ったし、一昨日は馬で遠乗りにでかけた。
楽しくて嬉しくてたまらない。
今日はとてもいい天気で風もほとんどない。テラスでお茶をしたらきっと気持ちがいい。そう思ったわたしは、お義兄様をテラスでのお茶に誘った。
わたしが入れたお茶を飲んだお義兄様の美しい口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「クリスの入れるお茶は美味いな。昔と比べて、随分上手に入れられるようになった」
「お義兄様に喜んでもらいたくて、すごく練習したんです」
「努力の成果がしっかり出ている。さすがクリスだな」
褒められた喜びで顔が弛みそうになるのを、わたしは必死に堪える。
それにしても、お義兄様の所作は美しい。
元は田舎の貧乏貴族の三男坊で、ギレンセン侯爵家の養子になるまで碌な教育を受けていなかったとは思えない。美しく高貴なその様からは、近頃では威厳さえも感じされるようになってきている。
ほう、とわたしの口から感嘆の息が零れた。
いつ見てもお義兄様の凛々しいお顔はわたし好みで素敵すぎて、つい見惚れてしまって会話がおざなりになってしまいそうになる。
だから時々、意識して視線をお義兄様から反らす。そうでもしなければお義兄様のお顔に視線が釘付けになってしまうからだ。
そんなわたしの密かな苦労を知らないお義兄様は、素敵すぎるその笑顔を容赦なく大盤振舞いしてきて、わたしの心臓をときめかせるのだ。
「義父上から聞いた。しばらくは誰とも婚約しないそうだな」
「はい。少し一人の時間を楽しみたいと思って」
「それほど心の傷が深いということか。やはりクリスはティルマン殿のことを本気で……」
お義兄様がなにか呟いたけれど、声が小さすぎてよく聞こえない。
聞き返そうと思ったところで、やけに真剣な顔をしたお義兄様が言った。
「クリスは好きなだけこの家にいればいい。政略結婚なんてもう絶対にさせない。もしも君が望むなら、他家に嫁ぐ必要もない」
「それは、ずっとお義兄様のそばにいてもいいということですか?」
「……」
困ったように小さく笑うだけで、お義兄様はなにも言わない。
その態度に、以前から持っていた疑念が確信に変わった。
お義兄様はわたしに嫡子の座を明け渡し、ギレンセン侯爵家を出て行くつもりなのだ。だからずっとそばにいることができないために、さっきは返事を濁したのだろう。
きっとそうだ、そうに違いない。
35
あなたにおすすめの小説
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました
ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。
けれどその幸せは唐突に終わる。
両親が死んでから何もかもが変わってしまった。
叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。
今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。
どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥??
もう嫌ーー
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。
冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者
月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで……
誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話
ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。
しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。
そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。
王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。
断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。
閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で……
ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。
第二王子の婚約者候補になりましたが、専属護衛騎士が好みのタイプで困ります!
春浦ディスコ
恋愛
王城でのガーデンパーティーに参加した伯爵令嬢のシャルロットは第二王子の婚約者候補に選ばれる。
それが気に食わないもう一人の婚約者候補にビンタされると、騎士が助けてくれて……。
第二王子の婚約者候補になったシャルロットが堅物な専属護衛騎士のアランと両片思いを経たのちに溺愛されるお話。
前作「婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました」と同じ世界観ですが、単品でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる