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第三章:新しい生活
3-20現実
しおりを挟む私はうつろな顔でその棺を見ていた。
そこには花に包まれたトランさんが寝ている。
まるで今にも起き出しそうな、口元にうっすらと笑みを浮かべた表情で。
「リル、これはトランの髪の毛だ。お前が持っていてやってくれ。村に戻ったらそれをトランの家族に渡してやって欲しい……」
ホボスさんはそう言ってひと房に束ねられた金色の髪の毛を私に渡してくれる。
あれから二日が経った。
私はずっとトランさんの遺体に抱き着いて泣き続けていたけど流石に昨日はそのまま眠ってしまったらしい。
そんな私が気が付いたのは先ほど。
既にトランさんの遺体は奇麗にして棺の中に横たわっていた。
それを見た私はそこで初めて現実を実感した。
もう涙が出てこない。
いや、泣いてはいるのだけど涙が出てこない。
トランさんの棺の向こうにはロナンさんの棺がある。
そちらにはルラが花を添えていた。
「トランたちはレッドゲイルの共同墓地に埋葬する。最後だリルにルラよ、トランとロナンに花をやってくれ」
ホボスさんにそう言われテルさんが私に花を差し出す。
わたしはそれを受け取るもその場から動けない。
今目の前で静かに寝ているトランさんとこれが最後の分かれになるなんて……
「お姉ちゃん?」
リルはトランさんとロナンさんに献花して私を見る。
私は泣いている。
でも涙がもう出ない……
「お姉ちゃん……」
ルラはそう言って私を抱きしめる。
同じエルフで双子の姉妹。
元は小学生の男の子なのに今は私の可愛い妹。
そんなルラに抱きしめられるとジワリとまた涙が出てきた。
「ルラ、トランさんが、トランさんが……」
「お姉ちゃん、でもちゃんとトランさんとお別れしないとだめだよ? もうトランさんの『命の木』の気配も無くなってきた…… お母さんたちが言っていたよね? 大樹は枯れはててもその血肉は土に還り次なる幹と共に、ずっと私たちと共にいるって…… だからちゃんとトランさんともお別れしなきゃ……」
ルラに昔エルフのお母さんに言われた事を言われ私はルラの顔を見る。
ルラも目に涙をためている。
それは映し鏡の私を見ている様だった。
やっと涙が出た。
やっと泣けることが出来た。
私はぐっと花を握りしめトランさんを見る。
トランさんは何処と無く安らかな表情になっていた。
私の未来の旦那様。
こんな所にまで飛ばされた私たちを助けてくれた命の恩人。
かっこいいお兄さんでとてもやさしかった人。
トランさんとの思い出が一瞬で頭の中を駆け巡る。
そんなトランさんの顔を見ながら私はトランさんの顔の横に花を置く。
そして冷たくなった唇に私の唇を重ねる。
「トランさん、さようなら……」
そう言って私は長くも短いキスを終えトランさんから離れるのだった。
* * * * *
共同墓地にはトランさんやロナンさんの知人が集まっていた。
しとしとと雨が降っている。
そんな中、墓地の穴にトランさんとロナンさんの棺が降ろされてゆく。
そして司祭様の祈りに知人たちが次々と土をかけて行く。
「トラン…… まさかお前が先に行っちまうとはな……」
そう言いながら亭主さんは土をかける。
「まったく、殺しても死なないようなやつだったのにね……」
おかみさんもそんな事を言いながら寂しそうな表情で土をかける。
まだ怪我が酷いエシアさんもテルさんに肩を借りながらトランさんたちの埋葬に来ている。
「トラン、ロナン…… 畜生、仇はきっと取ってやるからな!!」
「エシア、無理はするな。塞いだ傷がまた開いちまう……」
そう言いながらエシアさんはしゃがんで泥だらけになるのもかまわず手に取った泥土をトランさんたちの棺にかぶせる。
そしてみんな黙々と土をかけ終わると最後に数人の男の人がスコップを持って仕上げとばかりに土を盛る。
「すみません、それ私にやらせてください…… 大地の精霊よ、我が夫の遺体を安らかな眠りにつかせてあげて!」
私が返事を待たずに精霊魔法をかけると土が勝手に棺の上に集まって来て、やがて奇麗に盛り土となる。
既に出来上がっていた石碑にはトランさんの名前と没した年齢が書かれている。
私たちが大人になるまで最低あと二百年くらいかかる。
そんな私たちの数倍は長生きしていたトランさん。
もし私が二百歳になったらすぐにお嫁さんにしてくれたのだろうか?
いや、もうそんな未来はない……
私は最後にトランさんのお墓に花を置いてその場を立ち去るのだった……
◇ ◇ ◇
あれからひと月が経った。
私は赤竜亭のアルバイトも休んでほぼずっと部屋に閉じこもっていた。
「お姉ちゃん、いい加減に部屋から出なよ…… またあたしと一緒に赤竜亭でウェイトレスしようよ……」
何度目だろう。
ルラは良くそう言って私を部屋から出そうとする。
あれ以来私は何もする気が無い。
テーブルの上に置いたハンカチの上の髪留めとトランさんの遺髪を眺める毎日。
エルフの村からの迎えだっていつ来るかもわからない。
トランさんの悲報を伝えたくても、今の私たちには風の精霊でファイナス長老にこの事を伝える事は出来ない。
冒険者ギルドにも風のメッセンジャーが有ってもそれは人間同士の間だけ。
閉鎖的なエルフに伝言を伝えてくれるかどうか怪しい。
「お姉ちゃん…… ふう、もしその場にあたしがいれば『最強』のスキルでその化け物を退治出来たかもしれないのにね……」
ルラはロナンさんから渡されたこの街の案内書でコモン語を読む宿題だったパンフレットを見る。
私たちのチートスキルは 他の人には内緒だった。
そう、内緒……
「ルラ、私と一緒に迷宮に行って」
「え? お姉ちゃん??」
私はベッドから起き上がり着替える。
冒険者ギルドで迷宮の場所は聞いている。
今は危険な迷宮として閉鎖をされているはずだ。
だから誰も近づいてはいないはず。
私は腰に魔法のポーチを付けながらその中にトランさんの遺髪をしまい込む。
そして左側のおでこに髪留めを付ける。
「行くよルラ、トランさんの仇を取るわよ!!」
私たちは亭主さんたちに気付かれないようにそっと「赤竜亭」を出るのだった。
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