安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第六十七話 煤けた額縁_3

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「……昨日の今日でまさか俺んとこに来るとはな」

 警備員室のガラス窓を叩くと、突き出した顔がまじまじとこちらを見た後特大のため息を吐いた。

「いやぁ、他に顔見知りもいないものでして。なんかこの病院だけのルールがあるみたいですし、教えてもらいたいなって」
「…俺ぁ仕事中でお前みたいな暇してねぇんだが」
「邪魔しないんで。ここで駄弁ってもらうだけでいいんで」

 言いながら俺は懐から買っておいた缶コーヒーを差し出した。
 警備員のオッサンは、俺と缶コーヒーとを二度三度視線を往復させた後、意外と素早い動きでひったくった。

「持ってくるんならビールでも買ってこい」
「…仕事中なんでは?」
「俺は良いんだよ」

 そういうと、警備員は缶コーヒーのプルトップを外すと一息に煽った。
 明るい光の元で見た警備員は、無精ひげを生やし白髪が多分に混じったくたびれたただの爺さんに見えた。しかし、でかいげっぷを一つ放ったときもねめつける充血した目は、やはりとてもただの老人には見えない。

「そういえば他の警備員は?」

 あまり駄弁ってるところを見られたら見咎められるかもしれない。そう気を利かして尋ねたのだが。

「いない。俺だけだ」
「えっ?! 交代要員、いないんですか?」
「ああ。終身雇用契約結んでるからな」

 そう言いながら、警備員は口元を歪めた。

「んで? こんな真似してまで何聞きてぇんだ」

 空き缶を放ってよこした警備員は、相好を崩すことなく俺をねめつける。
 どうやら怒ってるわけではなく、これが常態らしい。ある意味で警備員としてこれほど相応しい人材はいないのではないか。

「えぇと…」
「あぁ、そういえば言ってなかったか。俺の名前は仁藤だ」
「仁藤さん、あの階なんですが…一体何なんですか?」
「言わなかったか? 忘れろって」

 鋭い視線でにらみつけられ、思わずひるんでしまう。

「…つってももう知っちまったからな。それも難しいかも知んねえな」
「…………」
「あそこはよ、改修が進んでねぇんだ」
「改修、ですか」
「おう」

 仁藤…さんは、胸元から煙草を取り出すと一服始める。
 紫煙をゆっくり吐き出すと、どこか遠くを見ながら語り始めた。

「ネットが当たり前のこの時代、調べたら簡単に判ることだから教えてやる。ここ――安瀬乃八重樫記念病院はよ、名前からも判るように超金持ちの八重樫家の邸宅を遺言により改造したもんなんだ」
「邸宅を? それだと結構無理ないですか?」

 個人邸宅を病院にとか、魔改造が過ぎるだろ。

「それがな、元々火災で半分近く消失したせいで半分以上が建て替えになったのさ。まあ、前後左右をギプスで覆ったみたいな感じと思えば良い」
「なるほど…だから内部構造が滅茶苦茶なんですね」
「まあな。元々存在した部屋に無理やり連結したもんだから、おかしいところが出るのはしょうがねえ」
「…じゃあ、五階の廊下に部屋や窓が無いのも」

 仁藤さんは鷹揚にうなずいた。

「あの階自体、当主の部屋だかで元々屋敷の最上階にあったんだがな。あの部屋だけは必ず残すこと。そして、当主の描いた油絵を廊下に飾る事、その絵を保存するため灯りの入らない環境を作れと遺言に遺したんだ」
「そうなんですか」
「絵具は乾燥や日光によって変質するからな。いずれも自筆のものらしいから、自分の描いた作品を後世まで遺したい…そんな金持ちの道楽なんだろうよ」
「へえ…でも、誰にも見てもらえなくても良いんですかね」

 その言葉に、仁藤さんは顔をしかめた。

「……逆じゃねえかな」
「え?」
「…いや。金持ちの考えることは庶民の俺たちにゃ理解できねぇよ。とにかくだ、そういう理由で普段は人を入れないように病院側で取り決めてるんだ。なんせ小さい絵でも数十、数百万するのもあるらしいからな」
「えっ!?」

 そんなするのかあれ?!
 …いや、確かにあの絵の完成度ならそれくらいは妥当…なのか?

「お前、なんかあったら弁償なんかできねぇだろ?」
「そりゃあ、まあ」
「だろ? ま、これでおめぇも納得いったろ。ほれ、サービスはここまでだ。さっさと帰んな」
「はぁ」

 これ以上は話は無い、とばかりに仁藤は俺に背を向け監視モニターに向きなおる。
 考えてみれば結構話し込んでしまった。
 タイミング的にもそろそろ看護師が病室にやってくる時間だ。俺は病室へ戻ることにした。


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 ツギハ25ニチ19ジ
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