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第六十七話 煤けた額縁_5
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「さて、これから調べるにあたって一つ、決めておきたいことがある」
「なんだよ?」
「昨日のような、行き当たりばったりで調べるのは良くない」
「えぇ? けど、実際に行かないんじゃなんもわかんねーじゃん」
「いや、行くなとは言ってない。いきなり突撃する前に、調べられることを調べておくって話だ。お前だって看護師さんたちに何度も怒られたくないだろ」
「それはそうだけどさ…」
「これが飲めなきゃ、俺も手伝わない」
幾ら退院するとは言え、お世話になる間自分から居心地を悪くするのは嫌だ。
怒られるなら怒られるで、一回こっきりですっぱり終わらせたい。
俺の条件に、今度は夕真が不承不承ながらうなずいた。
「分かったよ。でもさ、じゃあなにすんのさ」
「そうだな…」
ネットで調べたのはまだ病院関連だけであり、まだ、元の家の持ち主であろう八重樫某の情報は未着手だ。
俺としては何を思ってこんな建物を作らせたのか知りたいので、そちらも調べたい。
その辺もあり、夕真には病院内での聞き込みをしてもらうのが妥当だろう。警備員も、こいつには甘いみたいだし。
「どういう経緯でこの病院ができたのかとか、病院を作るように言った人のことを調べてくれないか? この病院で、長く働いてる人とかに聞いて欲しい。お前ならそういうの得意じゃないか?」
「うん! 任せてよ!」
大役を任されたことがよほどうれしいのか、夕真は力強く引き受ける。
そしてそのまま部屋を飛び出してしまった。もうちょっとどうするか考えるくらいしろよ…
呆れながらも俺はそのままネット検索を再開する。
今回は病院設立の契機となる火事についてだ。
「ふぅむ…」
病院設立の前年辺りから、それらしいニュースが無いか調べてみる。国会図書館に行けたならもっと詳しいことが書かれている新聞をあたることもできただろうが、さすがに現状ではそこまでの詳細はつかめまい。それでも、かなりの金持ちだったらしいから何かしら情報が拾えるのではないかと思ったのだが…
「思った以上にあるな」
当時大事件だったらしく、被害者の姓名をはじめ家庭環境なども触れられているのには正直驚いた。今も昔も有名税ってのはあるんだな、といらん感傷を抱いてしまった。
せっかくなので八重樫柳三郎についても調べてみる。こちらは意外と熱烈なシンパがいたようで、結構詳しい解説ページがあった。
「当時の当主は八重樫柳三郎…か。先祖には華族がいた由緒正しい家系だったそうで、元々はこの辺り一帯の大地主でもあったと」
ただ時代が下るにつれ、商才の無かった八重樫一族は段々没落していった。無能で怠惰な当主たちによりどんどん土地を切り崩しては、一時期は病院周りの土地くらいしか残らないほど落ちぶれたらしい。
ところが、柳三郎は違った。
幼少時の逸話は残っていない。彼の存在が表に出たのは、東京帝大を卒業した後からだ。それまではただの学生に過ぎなかった彼は、事業性があるとみた会社の株を買い占めるという形で瞬く間にのしあがる。その鑑識眼は確かで、とにかく外すことが無く当時の人々は彼を「神眼」と呼ぶまでになった。
しかし、ただ一度、彼の神眼は曇りをみせる。
彼が四十歳を越えたころ、大手の鉄道会社の株を購入したのだが、その会社はダミーだった。どうやら柳三郎にしてやられた連中が結束して、彼を釣るために用意していたらしい。これにより大損害を被った柳三郎だが、折あしく…いや、折よくというべきか? 丁度、家族が不幸に見舞われる。
金策に奔走していた最中、彼の家が火災に見舞われ、当時の妻と子供二人が焼死。結果として彼らの保険金が降り、柳三郎は事業家としての命脈を絶たれずに済んだ。
しかし、世間は彼を只のラッキーマンとは見なさなかった。それから十数年、綿密な調査により事件が完全な失火が原因と判明するまで、彼は自分の家族を生け贄にした人でなしと世間から口さがないレッテルを張り続けられた。
このことが、後の彼の行動を定めたのは間違いない。
柳三郎は、決して反論しなかった。
ただ黙々と返済を済ませると更に投資をつづけ、自分を貶めた者たちの企業を徹底的に叩き潰すと、そのまま経済界から退き引退してしまった。この時点で彼は六十を越えていたが、余生は時折訪れる相談者にアドバイスをしながら油絵を描いて孤独に過ごしていたという――後に自身も火災で死亡するまで。
「なんというか…激動の人生だなぁ」
絶頂期を迎えた後名誉も家族も失い、一人ぽっちのまま死んでいく…あの油絵には、彼の家族を喪った情念がこもっているのだろうか。だからこそ、門外漢の俺でも心に残る何かがあったのかもしれない…
ただ、念を入れて他にも調べてみると、やがてきな臭いページを見つけた。
「悪魔崇拝主義者…?」
それまで見かけたサイトは、主に凄腕の実業家、或いは誤解と陰謀に巻き込まれた悲劇の男という扱いが主だった。
しかし、いくつものリンクを経て辿り着いたこのページは、柳三郎を徹底的に悪人としてこき下ろしていた。中でも、妻子の死は決して偶然などではなく、彼の意図して起こされたものであるという弾劾の姿勢が極めて強かった。製作者はもしかしたら柳三郎に被害を与えられた人物の子孫かもしれない。
普段ならそういう、悪意を前提に押し出したサイトを観るのは不快感が強く避けるところなのだが、このときの俺は興味が勝った。
「おぉ…すごい詳しいな」
書いた人は頭がいい人なのだろう。昔のことでありながらも要訣が非常にわかりやすく、またこれまで目にしてきた柳三郎の痕跡について大半の時流があやふやなのに対しこちらはきちんと年月を刻んで新聞の切れ端と共に順繰りに筋道立った説明がされている。
ただ、解説の端々から強い感情——憎悪――がひしひしと伝わってくるのが気になった。ただ財を奪われただけでここまで強い憎しみを抱けるものだろうか?
さて、弾劾者は、妻との出会いすら仕組まれたと断じている。
彼女は狐持ちの血縁者であり、柳三郎は彼女の血を求めて結婚し、二児を設けたとされている。しかし、戸籍には残されていないが他に二人の子供がいた。その子らは、俗に言う”悪魔”への捧げものにされたのだという。
そうした代償に莫大な富と権力を得た柳三郎だが、ここで牙を剥いたのがそれまでおとなしく従っていた妻だった。
彼女は残された子供たちの命を守るため、自身の狐を用いて騙したそうだが、これが柳三郎の逆鱗に触れる。ただの道具としてしか認識していなかった飼い犬に手を噛まれたのだ。
両者の激しい戦いの中、妻子は抵抗むなしく命を落とし、戦場となった家は焼失。
だが、柳三郎の妻による反撃は少なからぬ痛手を柳三郎に与えた。何より、新たな生け贄の供給元が無くなってしまったのだ。
隠遁するだけの金を稼ぐと自身を支えていた悪魔との契約をだましだまし永らえ、最後の儀式を完成させた――後に自身が火災で死亡するという形で。
そして、弾劾者はこう締めくくる。
柳三郎の儀式は今もなお、生きている…と。
ここまでの内容を、俺は時も忘れて読みふけってしまった。
これを悪意に満ちたデマゴーグだと切って捨てるのはたやすい。しかし、ここまで丁寧な時系列と生々しい実感に満ちたものを読んだ今、俺にはその選択肢はなかった。むしろ、他のサイトの、悲劇的な時代の麒麟児の扱いの方が持ち上げられすぎのように感じる。
ベッドに寝転がり、ぼんやり、読んでいた内容を頭の中で反芻させていると隣でぎしり、とベッドの軋む音がして俺は現実に引き戻された。
「お、夕真じゃねえか。戻ってきたなら声かけろよ、ビビるだろ」
「あ…うん…」
おや?
なんかやけに元気がない。
「ははぁ…またお前、怒られたのか」
「ちげーよ。…いや、もういい」
ふてくされた夕真は吐き捨てると、そのままベッドに上がり布団に潜り込んでしまった。
「…なんだ一体」
その日一日、夕真の奴は何が気に食わないのか、ずっとむっつり黙り込んだままだった。
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ツギハ29ニチ19ジ
「なんだよ?」
「昨日のような、行き当たりばったりで調べるのは良くない」
「えぇ? けど、実際に行かないんじゃなんもわかんねーじゃん」
「いや、行くなとは言ってない。いきなり突撃する前に、調べられることを調べておくって話だ。お前だって看護師さんたちに何度も怒られたくないだろ」
「それはそうだけどさ…」
「これが飲めなきゃ、俺も手伝わない」
幾ら退院するとは言え、お世話になる間自分から居心地を悪くするのは嫌だ。
怒られるなら怒られるで、一回こっきりですっぱり終わらせたい。
俺の条件に、今度は夕真が不承不承ながらうなずいた。
「分かったよ。でもさ、じゃあなにすんのさ」
「そうだな…」
ネットで調べたのはまだ病院関連だけであり、まだ、元の家の持ち主であろう八重樫某の情報は未着手だ。
俺としては何を思ってこんな建物を作らせたのか知りたいので、そちらも調べたい。
その辺もあり、夕真には病院内での聞き込みをしてもらうのが妥当だろう。警備員も、こいつには甘いみたいだし。
「どういう経緯でこの病院ができたのかとか、病院を作るように言った人のことを調べてくれないか? この病院で、長く働いてる人とかに聞いて欲しい。お前ならそういうの得意じゃないか?」
「うん! 任せてよ!」
大役を任されたことがよほどうれしいのか、夕真は力強く引き受ける。
そしてそのまま部屋を飛び出してしまった。もうちょっとどうするか考えるくらいしろよ…
呆れながらも俺はそのままネット検索を再開する。
今回は病院設立の契機となる火事についてだ。
「ふぅむ…」
病院設立の前年辺りから、それらしいニュースが無いか調べてみる。国会図書館に行けたならもっと詳しいことが書かれている新聞をあたることもできただろうが、さすがに現状ではそこまでの詳細はつかめまい。それでも、かなりの金持ちだったらしいから何かしら情報が拾えるのではないかと思ったのだが…
「思った以上にあるな」
当時大事件だったらしく、被害者の姓名をはじめ家庭環境なども触れられているのには正直驚いた。今も昔も有名税ってのはあるんだな、といらん感傷を抱いてしまった。
せっかくなので八重樫柳三郎についても調べてみる。こちらは意外と熱烈なシンパがいたようで、結構詳しい解説ページがあった。
「当時の当主は八重樫柳三郎…か。先祖には華族がいた由緒正しい家系だったそうで、元々はこの辺り一帯の大地主でもあったと」
ただ時代が下るにつれ、商才の無かった八重樫一族は段々没落していった。無能で怠惰な当主たちによりどんどん土地を切り崩しては、一時期は病院周りの土地くらいしか残らないほど落ちぶれたらしい。
ところが、柳三郎は違った。
幼少時の逸話は残っていない。彼の存在が表に出たのは、東京帝大を卒業した後からだ。それまではただの学生に過ぎなかった彼は、事業性があるとみた会社の株を買い占めるという形で瞬く間にのしあがる。その鑑識眼は確かで、とにかく外すことが無く当時の人々は彼を「神眼」と呼ぶまでになった。
しかし、ただ一度、彼の神眼は曇りをみせる。
彼が四十歳を越えたころ、大手の鉄道会社の株を購入したのだが、その会社はダミーだった。どうやら柳三郎にしてやられた連中が結束して、彼を釣るために用意していたらしい。これにより大損害を被った柳三郎だが、折あしく…いや、折よくというべきか? 丁度、家族が不幸に見舞われる。
金策に奔走していた最中、彼の家が火災に見舞われ、当時の妻と子供二人が焼死。結果として彼らの保険金が降り、柳三郎は事業家としての命脈を絶たれずに済んだ。
しかし、世間は彼を只のラッキーマンとは見なさなかった。それから十数年、綿密な調査により事件が完全な失火が原因と判明するまで、彼は自分の家族を生け贄にした人でなしと世間から口さがないレッテルを張り続けられた。
このことが、後の彼の行動を定めたのは間違いない。
柳三郎は、決して反論しなかった。
ただ黙々と返済を済ませると更に投資をつづけ、自分を貶めた者たちの企業を徹底的に叩き潰すと、そのまま経済界から退き引退してしまった。この時点で彼は六十を越えていたが、余生は時折訪れる相談者にアドバイスをしながら油絵を描いて孤独に過ごしていたという――後に自身も火災で死亡するまで。
「なんというか…激動の人生だなぁ」
絶頂期を迎えた後名誉も家族も失い、一人ぽっちのまま死んでいく…あの油絵には、彼の家族を喪った情念がこもっているのだろうか。だからこそ、門外漢の俺でも心に残る何かがあったのかもしれない…
ただ、念を入れて他にも調べてみると、やがてきな臭いページを見つけた。
「悪魔崇拝主義者…?」
それまで見かけたサイトは、主に凄腕の実業家、或いは誤解と陰謀に巻き込まれた悲劇の男という扱いが主だった。
しかし、いくつものリンクを経て辿り着いたこのページは、柳三郎を徹底的に悪人としてこき下ろしていた。中でも、妻子の死は決して偶然などではなく、彼の意図して起こされたものであるという弾劾の姿勢が極めて強かった。製作者はもしかしたら柳三郎に被害を与えられた人物の子孫かもしれない。
普段ならそういう、悪意を前提に押し出したサイトを観るのは不快感が強く避けるところなのだが、このときの俺は興味が勝った。
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ただ、解説の端々から強い感情——憎悪――がひしひしと伝わってくるのが気になった。ただ財を奪われただけでここまで強い憎しみを抱けるものだろうか?
さて、弾劾者は、妻との出会いすら仕組まれたと断じている。
彼女は狐持ちの血縁者であり、柳三郎は彼女の血を求めて結婚し、二児を設けたとされている。しかし、戸籍には残されていないが他に二人の子供がいた。その子らは、俗に言う”悪魔”への捧げものにされたのだという。
そうした代償に莫大な富と権力を得た柳三郎だが、ここで牙を剥いたのがそれまでおとなしく従っていた妻だった。
彼女は残された子供たちの命を守るため、自身の狐を用いて騙したそうだが、これが柳三郎の逆鱗に触れる。ただの道具としてしか認識していなかった飼い犬に手を噛まれたのだ。
両者の激しい戦いの中、妻子は抵抗むなしく命を落とし、戦場となった家は焼失。
だが、柳三郎の妻による反撃は少なからぬ痛手を柳三郎に与えた。何より、新たな生け贄の供給元が無くなってしまったのだ。
隠遁するだけの金を稼ぐと自身を支えていた悪魔との契約をだましだまし永らえ、最後の儀式を完成させた――後に自身が火災で死亡するという形で。
そして、弾劾者はこう締めくくる。
柳三郎の儀式は今もなお、生きている…と。
ここまでの内容を、俺は時も忘れて読みふけってしまった。
これを悪意に満ちたデマゴーグだと切って捨てるのはたやすい。しかし、ここまで丁寧な時系列と生々しい実感に満ちたものを読んだ今、俺にはその選択肢はなかった。むしろ、他のサイトの、悲劇的な時代の麒麟児の扱いの方が持ち上げられすぎのように感じる。
ベッドに寝転がり、ぼんやり、読んでいた内容を頭の中で反芻させていると隣でぎしり、とベッドの軋む音がして俺は現実に引き戻された。
「お、夕真じゃねえか。戻ってきたなら声かけろよ、ビビるだろ」
「あ…うん…」
おや?
なんかやけに元気がない。
「ははぁ…またお前、怒られたのか」
「ちげーよ。…いや、もういい」
ふてくされた夕真は吐き捨てると、そのままベッドに上がり布団に潜り込んでしまった。
「…なんだ一体」
その日一日、夕真の奴は何が気に食わないのか、ずっとむっつり黙り込んだままだった。
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ツギハ29ニチ19ジ
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