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第六十七話 煤けた額縁_6
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……………………
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久しぶりに、夢をみた。
気づけば俺は、部屋に一人、立ちすくんでいる。
大きな机や椅子、分厚い豪華な装丁の本が並ぶ本棚などが並ぶ豪奢な執務室のような部屋だが、辺りは焦げ臭い匂いと共に、熾火がちろちろと揺らいでいる。家具や床、天井もあちこちが黒く煤けて火事の直後を想起させる有様だ。
ここは一体…?
視線を巡らせると、ふと一角に飾られていた巨大な油絵が目に入った。
この絵だけは、鮮やかな赤が薄明りに照らされている。
火だ。
今いるこの部屋、中で轟々と燃えている。
その中心にいるのは…もっとも赤い。炎の渦に飲み込まれ、四肢を火炎に囚われた青年。
その顔には見覚えがある。
苦悩と絶望、そして深い後悔に満ちているせいで分かりにくいが、これは俺の顔だ。
何故、俺の絵が?
ゲヨ……
ケヨ……
呆然としている俺の耳が、小さな声を拾った。
最初は、火事の影響で崩れ行く家の軋みかと思った。しかし、音量が次第に大きくなっていくことで男の声だと考えを改めた。周りを見渡すが、声の主はどこにも見えない――
いや。
「開ケヨ……」
声を発していたのは、絵の中の俺だった。
だが俺の声ではない。まるでしわがれた年寄りのような声は、俺に向かって命令しつづけている。
開けよ。
捧げよ。
その声を聴いているうち、頭がぼおっとしてくる。
そして、ふらふらと…部屋の中で、一番大きな熾火へと足を動かしていく。
その光景を、俺は頭のどこかでは冷静に恐怖している。行くな、行くな。この先はなんかヤバい、嫌な予感がする。
しかし、その抵抗もむなしくほどなくして俺は…熾火の前に足をそろえると、身体を無造作に投げ出す。
瞬く間に寝間着に火が燃え移る。まるで乾いた朽ち木にでもついたかのように、あり得ない速度で炎は俺の四肢にまとわりつく。
痛い、熱い!
夢の中のはずなのに、そうと分かっているはずなのに、激痛が全身を貫く。
この地獄のような状況にのたうち回っている俺の耳に、何者かの哄笑が響く。
誰だかわからないが助けてくれ、そう懇願しようとする…が、笑い声をあげていて俺の喉は動かない。嗤っていたのは俺だった。
恐怖と痛みでおかしくなる。
肺の酸素をすべて奪われ、息苦しさと痛みと熱さに心臓の鼓動が一際強く撥ねる。
その衝撃で、俺の視界は暗転した。
「はっ!?」
荒い呼吸音と、激しい鼓動の音が激しく耳朶を打つ。
うっすら開いた俺の目に映ったのは、熾火に塗れたどこぞの執務室ではなかった。
非常灯の灯りがガラス越しに照らす、ここ数日見慣れた病院の天井だった。どうやら俺は夢から解放されたらしい。
いや、本当にあれは夢だったのか?
未だに手足を舐めた炎の熱さは記憶に焼き付いている。あの痛み、熱さ、そして匂いはとても夢とは思えないリアリティがあった。
震えながらも、手を持ち上げて火傷の跡を確かめる。しかし、俺の手は睡眠前と同じ、ごわごわの腕毛が生えているのが見えた。
俺はようやく、大きな息を吐くことができた。続けて新鮮な空気を肺一杯に取り込む。病室特有の、糊が利いたシーツと薄れた消毒剤の匂い。二度三度、空気の美味さを味わった俺は、ようやく前身が汗だくになっていることに気づいた。
このまま寝続けては風邪をひきかねない。
夕真はこちらの異変に気付くことなく、すうすうと安らかな寝息を立てている。
俺は彼を起こさないよう気を付けて下着を着替えると、寝汗で首元がぐっしょりしているパジャマを椅子に干してから布団に潜り込む。
ちなみに、下も幸い無事だった。本当に良かった。
正直気が昂っていて寝付けるか不安だったが、幸い悪夢のせいで体力を消耗していたからか。程なくして今度は夢をみることも無く、深い眠りについた。
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ツギハ31ニチ19ジ
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久しぶりに、夢をみた。
気づけば俺は、部屋に一人、立ちすくんでいる。
大きな机や椅子、分厚い豪華な装丁の本が並ぶ本棚などが並ぶ豪奢な執務室のような部屋だが、辺りは焦げ臭い匂いと共に、熾火がちろちろと揺らいでいる。家具や床、天井もあちこちが黒く煤けて火事の直後を想起させる有様だ。
ここは一体…?
視線を巡らせると、ふと一角に飾られていた巨大な油絵が目に入った。
この絵だけは、鮮やかな赤が薄明りに照らされている。
火だ。
今いるこの部屋、中で轟々と燃えている。
その中心にいるのは…もっとも赤い。炎の渦に飲み込まれ、四肢を火炎に囚われた青年。
その顔には見覚えがある。
苦悩と絶望、そして深い後悔に満ちているせいで分かりにくいが、これは俺の顔だ。
何故、俺の絵が?
ゲヨ……
ケヨ……
呆然としている俺の耳が、小さな声を拾った。
最初は、火事の影響で崩れ行く家の軋みかと思った。しかし、音量が次第に大きくなっていくことで男の声だと考えを改めた。周りを見渡すが、声の主はどこにも見えない――
いや。
「開ケヨ……」
声を発していたのは、絵の中の俺だった。
だが俺の声ではない。まるでしわがれた年寄りのような声は、俺に向かって命令しつづけている。
開けよ。
捧げよ。
その声を聴いているうち、頭がぼおっとしてくる。
そして、ふらふらと…部屋の中で、一番大きな熾火へと足を動かしていく。
その光景を、俺は頭のどこかでは冷静に恐怖している。行くな、行くな。この先はなんかヤバい、嫌な予感がする。
しかし、その抵抗もむなしくほどなくして俺は…熾火の前に足をそろえると、身体を無造作に投げ出す。
瞬く間に寝間着に火が燃え移る。まるで乾いた朽ち木にでもついたかのように、あり得ない速度で炎は俺の四肢にまとわりつく。
痛い、熱い!
夢の中のはずなのに、そうと分かっているはずなのに、激痛が全身を貫く。
この地獄のような状況にのたうち回っている俺の耳に、何者かの哄笑が響く。
誰だかわからないが助けてくれ、そう懇願しようとする…が、笑い声をあげていて俺の喉は動かない。嗤っていたのは俺だった。
恐怖と痛みでおかしくなる。
肺の酸素をすべて奪われ、息苦しさと痛みと熱さに心臓の鼓動が一際強く撥ねる。
その衝撃で、俺の視界は暗転した。
「はっ!?」
荒い呼吸音と、激しい鼓動の音が激しく耳朶を打つ。
うっすら開いた俺の目に映ったのは、熾火に塗れたどこぞの執務室ではなかった。
非常灯の灯りがガラス越しに照らす、ここ数日見慣れた病院の天井だった。どうやら俺は夢から解放されたらしい。
いや、本当にあれは夢だったのか?
未だに手足を舐めた炎の熱さは記憶に焼き付いている。あの痛み、熱さ、そして匂いはとても夢とは思えないリアリティがあった。
震えながらも、手を持ち上げて火傷の跡を確かめる。しかし、俺の手は睡眠前と同じ、ごわごわの腕毛が生えているのが見えた。
俺はようやく、大きな息を吐くことができた。続けて新鮮な空気を肺一杯に取り込む。病室特有の、糊が利いたシーツと薄れた消毒剤の匂い。二度三度、空気の美味さを味わった俺は、ようやく前身が汗だくになっていることに気づいた。
このまま寝続けては風邪をひきかねない。
夕真はこちらの異変に気付くことなく、すうすうと安らかな寝息を立てている。
俺は彼を起こさないよう気を付けて下着を着替えると、寝汗で首元がぐっしょりしているパジャマを椅子に干してから布団に潜り込む。
ちなみに、下も幸い無事だった。本当に良かった。
正直気が昂っていて寝付けるか不安だったが、幸い悪夢のせいで体力を消耗していたからか。程なくして今度は夢をみることも無く、深い眠りについた。
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ツギハ31ニチ19ジ
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