安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第六十七話 煤けた額縁_7

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 次の日。
 朝飯をすました俺は、さっそく仁藤さんのところに向かった。夕真も誘おうと思っていたが、あいつはさっさと飯を済ますとこちらも見ずに部屋を飛び出してしまったので今日も単独行動だ。
 仁藤のところへ赴く理由は、かのページの最後の言葉が気になったからだ。
 柳三郎の儀式は今もなお、生きている――
 仁藤さんがこぼした、捕まるという言葉と繋がるのでは?
 そんな漠然とした連想からの選択だった。

「また来やがった」

 俺の顔を認めた仁藤さんは、わざわざ俺の顔を見て愚痴をこぼしている。が、すぐに眉をしかめた。

「…お前、分かってんのか。これ以上は本当に、もう後戻りできなくなるぞ」

 その言葉に、やはり彼は何か知っているという確信を深めた俺は無言でビールを差し出す。

「…ふん。忠告はもうしたんだ、これ以上は俺が口出すことじゃねえな」

 ぶつくさ言いながらも仁藤さんは堂々とビールを開け、臆面なく一口喉奥へ流し込む。つくづくこれでよく警備員が勤まるものだと変に感心してしまった。

「んんで、何が聞きたい」

 飲み干した後の空き缶を握りつぶしながら、空いた袖で口を拭った仁藤は血走った眼で俺をねめつける。
 聞こうと思っていたことを書いたメモをいそいそと取り出し、ひとまず確認した俺は口を開いた。

「そうですね…八重樫、柳三郎のことについて」

 ぴくり、仁藤さんの眉が跳ね上がる。

「お前、杖ついてるの見るに足怪我してんだろ? 外にも出られないだろうに、そこまでよく調べられたもんだ。」
「今はネットがありますからね」
「……そうか。今のご時世、昔のやり方じゃあもうどうにもならねえのかもしれねえな」

 寂し気に仁藤さんはつぶやく。
 確かに、ここ十数年での情報関連は長足の進歩を遂げている。病院内という狭い環境内で閉じ込められていた異変も、もはや寝床で簡単に暴かれてしまう時代になったと考えると掛ける言葉も見つからない。

「しょうがねえ。下手にかき回されても困るから答えてやる。が、その前にまずこちらの質問に答えてもらおうか」
「え? それは構いませんが…」

 仁藤さんはちょっと唇を舐めると、ずばり切り込んできた。

「お前、あの廊下の突き当りには行ったのか?」
「え? い、いいえ、行ってませんよ」
「…本当か?」
「本当ですって。そんなこと、嘘ついてもしょうがないでしょう」
「…………」

 仁藤さんはじっと俺をねめつける。
 その眼光の鋭さにキョドりそうになるが、事実行ってないのだからどうしようもない。
 しばらく気まずい時間が経ったところで、仁藤さんはふぅと安堵したように大きく息を吐いた。

「それなら、まだ何とかなる…か。いや、むしろ知らないままでいるよりは安全か…?」
「あの…さっきから一体何なんですか?」
「だからお前の質問に答えるために必要な確認だよ。知識は身を護ることもあれば、破滅へ突き落すこともある。お前が自分の好奇心で地獄へ落ちる分には構わんが、下手にこちらも巻き込まれちゃ構わんからな」

 その物言いに、俺は内心むっとする。
 とはいえ、無茶を言っているのはこちらなのだから黙っていることにした。

「さて。その様子だと、八重樫柳三郎の真の姿には辿り着いたようだな」
「真の姿ということは、やはり…」
「ああ。悪魔崇拝者にして妻子殺しの大悪党。これが本当の姿さ」

 やはり、という気持ち。
 一方、新たな疑問が沸き起こる。
 彼は何故、そう断言できるのか。

「なんで俺が知ってるのか。そんな顔してるな?」
「それは…」
「それはな、俺も昔お前みたいな好奇心を肥大させたバカだったからさ」
「えっ」

 仁藤さんは、胸元からくたびれた煙草を一本取り出して火を点ける。
 ゆっくり煙を肺の中まで吸い込み、次いでぷかりと口から煙を吐き出した。

「俺がお前くらい…いや、ちょっと上か? 俺も、つまらん事故を起こして入院したのさ。足を怪我したのも同じ。ああ…なんもない時代だ、今よりは娯楽に飢えていたのは違うな。だからこそ、俺もあのガキ同様探検をした訳さ」
「夕真と…」
「当時はまだ小さい、個人病院に毛が生えた程度の病棟しかなかったがな。それでも、暇つぶしに飢えていたのさ。当時あのガキがいたら、あっという間に探索終えてたろうぜ」

 それはそうかも。

「廊下も、今ほど長くはなかった。むしろ繋がってるのが小部屋程度だった。壁に飾られていた油絵の数も、片手で足りるほどだった」
「ん…?」

 俺が見たときは、廊下の向こう側まで大量に飾られていたのだが…

「あのとき見た絵は…美しかった。芸術なんてもんに、とんと縁のない生き方をしてきた俺ですら見惚れるほどだった」

 ふと、仁藤さんが当時を懐かしむように目を細める。その表情にどことなく子供のような純粋さが伺えたが、それも一瞬のこと。

「それが、柳三郎の罠だと気づいたのは…すべてが手遅れだった。実はそんとき、アニキと入院してたのさ。バイクを二ケツしててコケてな。アニキは腕を怪我していたから、俺と違い足が速かった。それが…運の尽きだった」
「何が…あったんです?」
「行き止まりさ」

 仁藤が、憎々し気に吐き捨てる。

「おめぇは見てねえんだよな。突き当りにはよ、部屋があるんだ。今でも夢にみる…重厚な木製で金の取っ手。立派な扉が、人一人分滑り込める程度の隙間を開けて、開いていた」
「扉…」
「アニキは俺に輪をかけて芸術に縁のない男だったからな。絵に見惚れていて歩みが遅くなった俺を置いて、アニキは先に進んでいった。俺が気づいたときには、アニキは部屋に潜り込み…そのまま、扉は大きな音を立てて閉まった」
「それじゃあ…」
「ああ。罠だった。アニキは…」

 息をのみ、仁藤さんの言葉を待つ。

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 ツギハ1ニチ19ジ
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