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それぞれの話
一度目の彼ら
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アリエルという天使に出会えたことは、僕の人生の中で一番の幸せだった。
ただ一つ報われなかったのは、決して結ばれることのない相手だということだ。
アリーと愛称で呼ぶようになる頃、自分が彼女を好きなのだと自覚するようになった。
それでも、自分が会いに行かなくてはいけなかったのは、彼女の姉であるエリーだった。
侯爵家の次男である自分と、公爵家の長女で跡取りであるエリーは、同じ派閥内で考えれば他の選択肢はないという理由で早期に婚約が決められた。
お互いの事業にとってもメリットのある好条件での政略結婚に、本人たちの意思は必要なかった。
「アリー!エリー!」
二つ年下のアリーに合わせて始めた鬼ごっこは、いつしか会う度にするようになっていた。
エリーもいつも楽しそうにしている。
僕はこの子とこの子の家を守って生きていくんだ。
そう思っていたはずだった。
いつだったのかもう本当に覚えていないが、ある時から鬼ごっこはすることはなくなった。
何かあったわけではなかったが、自然と3人でお茶を飲むことに変わっていた。
「ねぇアリー、アリーはどんな本が好きなの?」
鬼ごっこをしなくなったのは、僕がアリーの話を聞きたいと思ったからかもしれない。
お茶を飲みながら話をする時間が長くなれば、自然と鬼ごっこをする時間は無くなっていった。
「ヘンリー、私はそろそろ勉強の時間みたい」
その頃から、エリーは長く3人で過ごすことを避けるようになった気がする。
たしかに今までも、勉強の時間になると侍女が呼びに来て、それが自分の帰る時間だったのだが、それよりもほんの少しだけ早く席を立つようになった。
彼女が去ってからも、帰宅時間までアリーと話をしていた。
アリーは後継者教育がないために、時間はエリーよりも自由がきいたのだ。
そんな日々が続いていた。
「アリー、そういえばもうすぐ学園への入学だろう?そうしたら毎日会えるね」
「そうね!ヘンリーと毎日会えるなんて夢のようだわ!」
エリーとは学園でもすれ違えば話す程度だったが、アリーが入学してからは毎日お昼を一緒にとっていた。
同級生からは揶揄われることもあったが、僕にとっては大事な時間だった。
「婿に入る先の婚約者をないがしろにして大丈夫なのか?しかもその相手の妹となんて、そろそろやめておけよ」
揶揄うでもなく、忠告のようなことを言ってくる同級生もいたが、僕には何も問題なかった。
公爵家の当主も、アリーと仲良くしていることを喜ばしく思っているようだったからだ。
それに、エリーにも誕生日やパーティの時はきちんと義務を果たしている。
問題になるようなことは何もなかった。
学園を卒業すると、すぐに結婚することになった。
わずか一年のみのアリーとの学園生活に寂しさを覚えていた。
でも、これからは家に帰ればアリーがいる。
エリーも優秀な後継者の1人として評価されているし、先は明るかった。
白いウェディングドレスは、公爵家らしく一等上等なもので、エリーの花嫁姿は輝いて見えた。
エリーと公爵家を守っていくんだ。
そう思っていたし、何の不安もそこにはなかった。
初夜は顔色の悪いエリーに配慮して行わなかった。
いつも青ざめた顔をするようになったのはいつからだったのか思い出せない。
ゆっくり寝かせようと断り、その足はアリーの元へ向かっていた。
今までも何度も足を踏み入れた彼女の部屋へ行くのに躊躇はなかった。
「まぁヘンリー!きてくれて嬉しいわ!入って!」
一緒に住むようになると、段々と色々な垣根がなくなっていった。
昼間もアリーとお茶を飲み、街へ買い物に出かけることも多かった。
もちろんエリーにもパーティがあるたびにドレスを贈ったし、最大限の配慮をしていた。
妻も、その妹も、大切にしていたつもりだった。
アリーの妊娠が発覚すると、公爵は初孫だと喜んだ。
もちろん父親は自分だったが、それを咎められるようなことはなかった。
アリーとの関係は、義両親ともに受け入れられていた。
エリーは何も口を出すことはなかった。
所詮は政略結婚であるし、社交界では彼女のエスコートを怠ったことはなかった。
公爵家は平和そのものだった。
それが崩れたのは本当に突然だった。
アリーが子供を産んで、屋敷中が喜んだその日、彼女は自分の部屋で静かに死んだ。
翌日、侍女が起きてこないエリーを起こしに行って、ようやくその事に気が付いた。
公爵は慌てたが、子供を産んで亡くなったことにしよう。
自ら死んだなどとバレては醜聞になる。
そうやって、彼女は出産を理由に亡くなったことにされた。
エリーが抱えていた仕事は、多岐にわたっていた。
新しく開発している船や農地の開拓、金の輸出は国内に留まらず数カ国を相手にしている。
小さいものを含めると紙に箇条書きしていかなくてはならないほどだ。
それら全て公爵家の事業として成り立たせていた彼女の仕事は、その夫である自分が担当することになる。
領地運営自体は公爵が継続して行うが、子供が産まれてもそれを愛でる時間もないほど、忙しい日々が続いた。
そんな時だった。
「公爵令嬢が亡くなった?私には何の知らせも来ていないのだが」
そう詰め寄ってきたのが、金の輸出先であるバリシネス国の公爵であるマーティン殿下だった。
彼が金鉱山の出資者として名を連ねていたことも葬儀が終わって1週間経った後に分かったことだった。
しかし、こうして直接挨拶しに来たというのに、不満げな顔をされるのは心外だ。
「彼女とは3ヶ月前、王都の街で会って二、三話をしたが妊娠なんてしていなかった。それはどういう事だ?」
今は社交シーズンではない為、パーティ等もなく迂闊だった。
エリーが仕事で王都に出掛けたことは何度もあった。
直接目にしなければいけないことは必ずあるのだから、仕方のないことだ。
友人とも近頃は会っていなかったので、葬儀でも誰も疑問を口にする者はいなかったのに、これは言い訳もできない。
「黙っていないで説明をしろ!」
ガンッと机を叩かれて、ビクリと体が跳ねる。
「公爵家の名誉のため伏せられていますが、彼女は…自ら命を絶ったのです」
「名誉?笑わせるな。彼女が産んでもいない子供がどうして公爵家に名を連ねる。金鉱山の出資は、彼女の提案した販路が魅力的だったからだ。都合が悪くなって殺したのではないか?私生児を家に入れるために彼女が出産したことにしたかったのだろう?嘘で塗り固めたような家に用はない。私たちはこの話から降りる」
公爵は不機嫌そうに立ち上がると、騎士を呼んだ。
「こいつを追い出せ、この国に二度と足を踏み入れさせるな」
2週間かけてやってきた国から追い出され、投資家も失った。
公にされたらこれからどうなるだろうか。
そんな不安に押しつぶされそうになりながら帰国することになった。
バリシネス国は、公爵令嬢の不審な死と煽り立てて、リス国の誌面を買い取っていた。
一度出た疑惑はどんどん膨らみ、アリーと僕の関係はすぐに明るみになった。
エリーの友人も彼女の出産には疑問があると寄稿していた。
街を歩けば石を投げられ、屋敷には火が放たれることもあった。
全ての取引先が手を引いていき、その損失を埋めるために領民達の税を上げざるを得なかった。
子供の顔を見れるような時間が取れるようになったはいいが、生活はすぐに困窮した。
資金が足りなくなれば投資家たちが取り立てにくる。
しかしお金がなければ事業を続けることは難しい。
負のループに陥った公爵家は、すぐにお取り潰しとされた。
生家である侯爵家に頼ろうとしたが、あまりの醜聞に門を通ることも許されなかった。
手紙一つですら受け取ってはもらえない。
八方塞がりになった僕たちは、乳飲み子を抱えて家を出るしかなかった。
「人殺し」
そう罵られながら、家族4人で小さな家を借りることが出来た。
家事をできる者がいない家はすぐに荒れ果て、手紙の代筆などで稼いだ金も生活するには足りなかった。
エリー、僕は君を大切にしていたじゃないか。
なんでこれからも幸せに暮らしていけたのに死んでいったんだ。
アリーの産んだ子供が、僕の子供が君のせいで飢えているんだぞ。
奥歯を噛み締めながら恨み言を言っても、それをぶつける相手はもういなかった。
「ねぇ、これからどうするのよ」
アリーは何度も訪ねてくるが、それに答えることはできなかった。
少なからずいたアリーの友人も、自分の友人達も、手を貸してくれることはなかった。
その時、薄い木で出来たドアがガラリと開く。
「グワマン元公爵一家だな、偽造出生の疑いで身柄を拘束する」
夜逃げ同然で出てきて、ようやく行き着いた長屋だったが、そこにいられたのは2週間だった。
まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。
勾留され3日経った日、僕たちは法廷にいた。
貴族達が薄汚れた自分達を見る目は鋭かった。
「エリザベス・テイラー公爵令嬢殺害と、アリエル・テイラーの子をエリザベス・テイラー公爵令嬢の子供だと偽った偽造出生の疑いについて弁明したいことはあるか」
裁判長を務めるのは、貴族裁判でも公平な判断をすると評価の高い中立派の家の次男だ。
裁判官となっているのも社交界で見たことがある顔ばかり。
公爵家ともなれば、交流している家も家格はしっかりとした家が多い。
「偽造出生については認めますが、決してエリザベスを殺してなどいません!」
義父が叫ぶように無罪を主張しても、状況的には不利だった。
自死だと公表しなかったことがこんな大きなことになろうとは誰が想像できただろうか。
「アリエル・テイラーの子、ヘイルの名前からしても、父親がヘンリー・テイラーであることは想像に容易い。学生時代から2人が親密な仲だったとの情報も多く集まっている。ヘイルが生まれたその日、エリザベス・テイラーが死んだ。それまで精力的に事業に取り組んでいたと聞き及ぶ彼女に何があったのか、彼女が殺されていなかったと考えると、ヘイルが彼女の子供として届けられたことがおかしい」
たった3日前、偽造出生の疑惑で拘束されて、今、エリー殺害疑惑も含めた判決が出ようとしている。
あまりにも早かった。
「お取りつぶしになったグワマン公爵家による損失と、この事件の醜悪さには、他国からも非難の声が多く寄せられている。厳罰に処せよ。その声は国内にとどまらない」
そうして、僕たちは大きな広場で、絞首台に登ることになった。
ヘイルだけは、罪を犯していないということで、孤児院に預けられることになったが、未来は明るくないだろう。
ヘイルの誕生を喜んだあの日が遠い昔のように感じる。
ヘイルは幸せな家庭で公爵家を継ぐ予定だった。
未来の公爵の誕生だったはずなのに、どうして今、絞首台を一歩ずつ登っているのだろう。
どこで間違えたのか、どこからが禁忌だったのか、それすらもう分からなかった。
「エリー、今から君の元へ行くよ。もちろんアリーも一緒だ。また仲良く過ごそう。君がいないから家族が壊れてしまったんだ」
元は王族から連なっていたテイラー一家の遺体は、そのまま朽ち果てるまでその広場に吊るされ、貴族達は自分の子供達に誠実さについて説いた。
ただ一つ報われなかったのは、決して結ばれることのない相手だということだ。
アリーと愛称で呼ぶようになる頃、自分が彼女を好きなのだと自覚するようになった。
それでも、自分が会いに行かなくてはいけなかったのは、彼女の姉であるエリーだった。
侯爵家の次男である自分と、公爵家の長女で跡取りであるエリーは、同じ派閥内で考えれば他の選択肢はないという理由で早期に婚約が決められた。
お互いの事業にとってもメリットのある好条件での政略結婚に、本人たちの意思は必要なかった。
「アリー!エリー!」
二つ年下のアリーに合わせて始めた鬼ごっこは、いつしか会う度にするようになっていた。
エリーもいつも楽しそうにしている。
僕はこの子とこの子の家を守って生きていくんだ。
そう思っていたはずだった。
いつだったのかもう本当に覚えていないが、ある時から鬼ごっこはすることはなくなった。
何かあったわけではなかったが、自然と3人でお茶を飲むことに変わっていた。
「ねぇアリー、アリーはどんな本が好きなの?」
鬼ごっこをしなくなったのは、僕がアリーの話を聞きたいと思ったからかもしれない。
お茶を飲みながら話をする時間が長くなれば、自然と鬼ごっこをする時間は無くなっていった。
「ヘンリー、私はそろそろ勉強の時間みたい」
その頃から、エリーは長く3人で過ごすことを避けるようになった気がする。
たしかに今までも、勉強の時間になると侍女が呼びに来て、それが自分の帰る時間だったのだが、それよりもほんの少しだけ早く席を立つようになった。
彼女が去ってからも、帰宅時間までアリーと話をしていた。
アリーは後継者教育がないために、時間はエリーよりも自由がきいたのだ。
そんな日々が続いていた。
「アリー、そういえばもうすぐ学園への入学だろう?そうしたら毎日会えるね」
「そうね!ヘンリーと毎日会えるなんて夢のようだわ!」
エリーとは学園でもすれ違えば話す程度だったが、アリーが入学してからは毎日お昼を一緒にとっていた。
同級生からは揶揄われることもあったが、僕にとっては大事な時間だった。
「婿に入る先の婚約者をないがしろにして大丈夫なのか?しかもその相手の妹となんて、そろそろやめておけよ」
揶揄うでもなく、忠告のようなことを言ってくる同級生もいたが、僕には何も問題なかった。
公爵家の当主も、アリーと仲良くしていることを喜ばしく思っているようだったからだ。
それに、エリーにも誕生日やパーティの時はきちんと義務を果たしている。
問題になるようなことは何もなかった。
学園を卒業すると、すぐに結婚することになった。
わずか一年のみのアリーとの学園生活に寂しさを覚えていた。
でも、これからは家に帰ればアリーがいる。
エリーも優秀な後継者の1人として評価されているし、先は明るかった。
白いウェディングドレスは、公爵家らしく一等上等なもので、エリーの花嫁姿は輝いて見えた。
エリーと公爵家を守っていくんだ。
そう思っていたし、何の不安もそこにはなかった。
初夜は顔色の悪いエリーに配慮して行わなかった。
いつも青ざめた顔をするようになったのはいつからだったのか思い出せない。
ゆっくり寝かせようと断り、その足はアリーの元へ向かっていた。
今までも何度も足を踏み入れた彼女の部屋へ行くのに躊躇はなかった。
「まぁヘンリー!きてくれて嬉しいわ!入って!」
一緒に住むようになると、段々と色々な垣根がなくなっていった。
昼間もアリーとお茶を飲み、街へ買い物に出かけることも多かった。
もちろんエリーにもパーティがあるたびにドレスを贈ったし、最大限の配慮をしていた。
妻も、その妹も、大切にしていたつもりだった。
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もちろん父親は自分だったが、それを咎められるようなことはなかった。
アリーとの関係は、義両親ともに受け入れられていた。
エリーは何も口を出すことはなかった。
所詮は政略結婚であるし、社交界では彼女のエスコートを怠ったことはなかった。
公爵家は平和そのものだった。
それが崩れたのは本当に突然だった。
アリーが子供を産んで、屋敷中が喜んだその日、彼女は自分の部屋で静かに死んだ。
翌日、侍女が起きてこないエリーを起こしに行って、ようやくその事に気が付いた。
公爵は慌てたが、子供を産んで亡くなったことにしよう。
自ら死んだなどとバレては醜聞になる。
そうやって、彼女は出産を理由に亡くなったことにされた。
エリーが抱えていた仕事は、多岐にわたっていた。
新しく開発している船や農地の開拓、金の輸出は国内に留まらず数カ国を相手にしている。
小さいものを含めると紙に箇条書きしていかなくてはならないほどだ。
それら全て公爵家の事業として成り立たせていた彼女の仕事は、その夫である自分が担当することになる。
領地運営自体は公爵が継続して行うが、子供が産まれてもそれを愛でる時間もないほど、忙しい日々が続いた。
そんな時だった。
「公爵令嬢が亡くなった?私には何の知らせも来ていないのだが」
そう詰め寄ってきたのが、金の輸出先であるバリシネス国の公爵であるマーティン殿下だった。
彼が金鉱山の出資者として名を連ねていたことも葬儀が終わって1週間経った後に分かったことだった。
しかし、こうして直接挨拶しに来たというのに、不満げな顔をされるのは心外だ。
「彼女とは3ヶ月前、王都の街で会って二、三話をしたが妊娠なんてしていなかった。それはどういう事だ?」
今は社交シーズンではない為、パーティ等もなく迂闊だった。
エリーが仕事で王都に出掛けたことは何度もあった。
直接目にしなければいけないことは必ずあるのだから、仕方のないことだ。
友人とも近頃は会っていなかったので、葬儀でも誰も疑問を口にする者はいなかったのに、これは言い訳もできない。
「黙っていないで説明をしろ!」
ガンッと机を叩かれて、ビクリと体が跳ねる。
「公爵家の名誉のため伏せられていますが、彼女は…自ら命を絶ったのです」
「名誉?笑わせるな。彼女が産んでもいない子供がどうして公爵家に名を連ねる。金鉱山の出資は、彼女の提案した販路が魅力的だったからだ。都合が悪くなって殺したのではないか?私生児を家に入れるために彼女が出産したことにしたかったのだろう?嘘で塗り固めたような家に用はない。私たちはこの話から降りる」
公爵は不機嫌そうに立ち上がると、騎士を呼んだ。
「こいつを追い出せ、この国に二度と足を踏み入れさせるな」
2週間かけてやってきた国から追い出され、投資家も失った。
公にされたらこれからどうなるだろうか。
そんな不安に押しつぶされそうになりながら帰国することになった。
バリシネス国は、公爵令嬢の不審な死と煽り立てて、リス国の誌面を買い取っていた。
一度出た疑惑はどんどん膨らみ、アリーと僕の関係はすぐに明るみになった。
エリーの友人も彼女の出産には疑問があると寄稿していた。
街を歩けば石を投げられ、屋敷には火が放たれることもあった。
全ての取引先が手を引いていき、その損失を埋めるために領民達の税を上げざるを得なかった。
子供の顔を見れるような時間が取れるようになったはいいが、生活はすぐに困窮した。
資金が足りなくなれば投資家たちが取り立てにくる。
しかしお金がなければ事業を続けることは難しい。
負のループに陥った公爵家は、すぐにお取り潰しとされた。
生家である侯爵家に頼ろうとしたが、あまりの醜聞に門を通ることも許されなかった。
手紙一つですら受け取ってはもらえない。
八方塞がりになった僕たちは、乳飲み子を抱えて家を出るしかなかった。
「人殺し」
そう罵られながら、家族4人で小さな家を借りることが出来た。
家事をできる者がいない家はすぐに荒れ果て、手紙の代筆などで稼いだ金も生活するには足りなかった。
エリー、僕は君を大切にしていたじゃないか。
なんでこれからも幸せに暮らしていけたのに死んでいったんだ。
アリーの産んだ子供が、僕の子供が君のせいで飢えているんだぞ。
奥歯を噛み締めながら恨み言を言っても、それをぶつける相手はもういなかった。
「ねぇ、これからどうするのよ」
アリーは何度も訪ねてくるが、それに答えることはできなかった。
少なからずいたアリーの友人も、自分の友人達も、手を貸してくれることはなかった。
その時、薄い木で出来たドアがガラリと開く。
「グワマン元公爵一家だな、偽造出生の疑いで身柄を拘束する」
夜逃げ同然で出てきて、ようやく行き着いた長屋だったが、そこにいられたのは2週間だった。
まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。
勾留され3日経った日、僕たちは法廷にいた。
貴族達が薄汚れた自分達を見る目は鋭かった。
「エリザベス・テイラー公爵令嬢殺害と、アリエル・テイラーの子をエリザベス・テイラー公爵令嬢の子供だと偽った偽造出生の疑いについて弁明したいことはあるか」
裁判長を務めるのは、貴族裁判でも公平な判断をすると評価の高い中立派の家の次男だ。
裁判官となっているのも社交界で見たことがある顔ばかり。
公爵家ともなれば、交流している家も家格はしっかりとした家が多い。
「偽造出生については認めますが、決してエリザベスを殺してなどいません!」
義父が叫ぶように無罪を主張しても、状況的には不利だった。
自死だと公表しなかったことがこんな大きなことになろうとは誰が想像できただろうか。
「アリエル・テイラーの子、ヘイルの名前からしても、父親がヘンリー・テイラーであることは想像に容易い。学生時代から2人が親密な仲だったとの情報も多く集まっている。ヘイルが生まれたその日、エリザベス・テイラーが死んだ。それまで精力的に事業に取り組んでいたと聞き及ぶ彼女に何があったのか、彼女が殺されていなかったと考えると、ヘイルが彼女の子供として届けられたことがおかしい」
たった3日前、偽造出生の疑惑で拘束されて、今、エリー殺害疑惑も含めた判決が出ようとしている。
あまりにも早かった。
「お取りつぶしになったグワマン公爵家による損失と、この事件の醜悪さには、他国からも非難の声が多く寄せられている。厳罰に処せよ。その声は国内にとどまらない」
そうして、僕たちは大きな広場で、絞首台に登ることになった。
ヘイルだけは、罪を犯していないということで、孤児院に預けられることになったが、未来は明るくないだろう。
ヘイルの誕生を喜んだあの日が遠い昔のように感じる。
ヘイルは幸せな家庭で公爵家を継ぐ予定だった。
未来の公爵の誕生だったはずなのに、どうして今、絞首台を一歩ずつ登っているのだろう。
どこで間違えたのか、どこからが禁忌だったのか、それすらもう分からなかった。
「エリー、今から君の元へ行くよ。もちろんアリーも一緒だ。また仲良く過ごそう。君がいないから家族が壊れてしまったんだ」
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