偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

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4.大人の事情

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『如月さん自身も辛そうな声ですが、大丈夫ですか?』

 昨日、熱を出した力登がまだ本調子じゃないから仕事を休ませてほしいと電話した私に、東雲専務が言った。

『買い物とか、不自由はない?』

 上司の優しさに、目頭が熱くなる。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません」

『気にしないでください。明日は祝日だし、週末も合わせてゆっくり休んで』

「ありがとうございます」

『秘書室の方には私から伝えておきます』

「よろしくお願いします」

 電話をきり、鼻をすする。

 ずずずっと鼻水が音を立てて喉に落ちていく。

 息苦しい。

 気持ち悪い。

 私は冷蔵庫から冷却シートを取り出し、おでこに貼った。

 そして、もう一枚を手に持って寝室に戻る。

 同じく鼻呼吸が苦しそうな力登のおでこに手を当てると、昨夜よりは熱さを感じなくてホッとした。

「まま……?」

 うっすらと瞼を上げ、私を見る。

「りきも~」

 思った通り、私の冷却シートを見て、自分も貼りたいと手を伸ばした。

 私はシートを息子のおでこに貼る。

 冷たさにぎゅっと目を閉じたが、過剰反応はしなかった。

 私は力登の隣に横になり、目を閉じた。

「ままぁ……」

「ん? お腹空いた?」

「だっこ」

 息子の身体を抱きしめる。

 熱い。

 なのに、寒い。

 二人共汗でパジャマが湿っている。シーツも、タオルケットも。

 でも、今はそれらを替える体力も気力もない。

「もう少し寝たら、ご飯にしようね」

 力登の寝息は苦しそうで、呼吸のたびにぴーぴーいったり、鼻が詰まって咳き込んだりしている。

 私は力登のおでこ、冷却シートの貼っていない部分にキスをして、ゆっくりとベッドから出た。

 昨日の午後、託児所から電話があって、力登の発熱を知った。

 すぐに早退し、力登を迎えに行き、その足で小児科に行った。

 いくつかの検査をしたが陰性で、風邪だろうと言われて薬をもらってきた。

 その中の点鼻薬を使うと、力登はむず痒そうに眉をひそめたが、起きなかった。

 熱は下がってきたが、やはり本調子ではない上に、鼻詰まりのせいで熟睡できていないのだろう。

 一瞬だけ鼻をつまんで離す。

 これでも力登は起きない。

 薬が浸透したのか、鼻呼吸でもピーピーいわなくなった。

 夜中に自分の発熱に気づいた私は市販の風邪薬と解熱剤を飲んだが、効いていたのは朝まで。

 本当は朝ご飯を食べて薬を飲みたいのだが、電話をかけに動いただけで身体が休憩を求めている。



 少し眠ったら……。



 私は息子の隣で目を閉じた。

 三時間を少しというかはわからないが、お腹が空いて目を覚ました力登に起こされると既に昼近くだった。

 少し眠ったら良くなっているのではと思ったが、あまり変わりない。

 私は何とか起き上がって、昨日作ってあったうどんの汁に玉うどんを一袋入れて火にかけた。

 力登はお粥を好まない。

 だから、くたくたに煮込んだうどんを切ったり潰したりして食べさせる。

 力登が体調を崩した時は、いつもそうしている。

「りき、ちゅるちゅる食べよ?」

「うん!」

 いつもは自分の椅子に座って食べるが、甘えたい時は私の膝に乗る。

 昨夜は熱いと感じた息子の身体が、今日は少しひんやりする。

 折角良くなってきたのに、私のそばにいては、また熱をぶり返すのではと思うが、仕方がない。

 ゆっくりと麺を食べさせてから、残った汁に粉薬を混ぜる。これを気づかれないようにするのが大変。

 ジュースやゼリーに混ぜるのを試したがうまくいかず、うどんの汁にたどり着いた。

 医学的に良いか悪いか、効能が十分に発揮されるかなどはわからないが、飲まなかったり吐き出されるよりはましだろうという結論に至った。
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