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8.重ならない気持ち
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触れるだけのキス。
それがもどかしいと感じるなんて。
仕掛けたのは、私。
応えたのは、彼。
理人の下唇を食み、軽く吸う。
彼の手が私の腰を抱き、私は彼の首に腕を絡ませた。
「は……っ」
長い長いキス。
彼の長い指が私の身体を弄る。
私の荒れた指が彼の髪をすく。
「りと……」
彼の私を呼ぶ声が好き。
自分の名前が、特別なものに思える。
あんな父親がつけた名前でも――。
ハッとした。
そして、同時に、理人の肩を強く押す。
「りと?」
整わない呼吸を繰り返す唇が、湿っている。
それがすごく煽情的で、目が離せない。
「これ以上は……」
嫌だったわけじゃない。ただ、時間も遅いし、いつ力登が起きてくるかわからない状況で歯止めが利かなくなるのはマズい。
そんな風に思っていると、思って欲しい。
「悪い。そうだな」
「わざわざ、知らせに来てくれてありがとう。噂のことは……気にしてないから大丈夫」
「りと……」
目を合わせられない。
それが不自然だとわかっていても。
「本当に大丈夫だから」
そう言いながら立ち上がる。
理人も。
「何かあったら、言えよ」
小さく頷くと、彼の手で頭を軽く撫でられた。
「おやすみ」
玄関に向かう彼の背中を追う。
もし、今、この背中に縋ったら。
すべてを話して、それでもそばにいてほしいと、縋れたら。
『私たちはあなたの過去も受け入れたのよ?』
まるで慈悲を施す聖母のように、穏やかに、柔らかい声で胸を突き刺す、毒の刃。
力登――!
「ちゃんと戸締りしろよ?」
「うん」
手を伸ばしたら届く背中。
動かない手。
冷えた空気に包まれる背中。
強力な糊で貼り付けられたように塞がる喉の粘膜。
ドアが私と彼を隔てる。
力登を起こさないようにゆっくりと静かに閉められたはずなのに、ラッチが枠にはまるカチッという軽い音が、やけに重く大きく聞こえた。
足を踏み出し、ロックバーを倒す。
隔たれた空間。
彼は、どこにでも行ける。
何時でも、何曜日でも。
でも、私は違う。
この空間から出られない。
力登を置いては、どこにも行けない。
玄関を出てすぐ、エレベーターを待つ彼を追いかけることもできない。しちゃいけない。
私は、母親だから――。
目の前のドアがゆらりと揺れた。
溢れる涙が、瞼を乗り越えて頬にこぼれる。
顎から滴った粒が、着古したパジャマに染みを作る。
「ふ……っ」
母親、じゃなくても手が届かないわね。
なぜなら、私は娘だから。
あの男の、娘だから。
理人には相応しくない――――。
唇に残る彼の感触、彼の手の重みも、温かさも、強さも、全部身体が覚えている。
「理人……」
その場に座り込んだ私は、ドアにおでこをくっつけて、止まらない涙を流し続けた。
好きよ、理人……。
決して言葉にできない想いを、心の中で何度も呟く。
愛しているわ……。
すす汚れたパジャマが、なんだか私の人生そのもののように思えて、益々涙が止まらなくなった。
それがもどかしいと感じるなんて。
仕掛けたのは、私。
応えたのは、彼。
理人の下唇を食み、軽く吸う。
彼の手が私の腰を抱き、私は彼の首に腕を絡ませた。
「は……っ」
長い長いキス。
彼の長い指が私の身体を弄る。
私の荒れた指が彼の髪をすく。
「りと……」
彼の私を呼ぶ声が好き。
自分の名前が、特別なものに思える。
あんな父親がつけた名前でも――。
ハッとした。
そして、同時に、理人の肩を強く押す。
「りと?」
整わない呼吸を繰り返す唇が、湿っている。
それがすごく煽情的で、目が離せない。
「これ以上は……」
嫌だったわけじゃない。ただ、時間も遅いし、いつ力登が起きてくるかわからない状況で歯止めが利かなくなるのはマズい。
そんな風に思っていると、思って欲しい。
「悪い。そうだな」
「わざわざ、知らせに来てくれてありがとう。噂のことは……気にしてないから大丈夫」
「りと……」
目を合わせられない。
それが不自然だとわかっていても。
「本当に大丈夫だから」
そう言いながら立ち上がる。
理人も。
「何かあったら、言えよ」
小さく頷くと、彼の手で頭を軽く撫でられた。
「おやすみ」
玄関に向かう彼の背中を追う。
もし、今、この背中に縋ったら。
すべてを話して、それでもそばにいてほしいと、縋れたら。
『私たちはあなたの過去も受け入れたのよ?』
まるで慈悲を施す聖母のように、穏やかに、柔らかい声で胸を突き刺す、毒の刃。
力登――!
「ちゃんと戸締りしろよ?」
「うん」
手を伸ばしたら届く背中。
動かない手。
冷えた空気に包まれる背中。
強力な糊で貼り付けられたように塞がる喉の粘膜。
ドアが私と彼を隔てる。
力登を起こさないようにゆっくりと静かに閉められたはずなのに、ラッチが枠にはまるカチッという軽い音が、やけに重く大きく聞こえた。
足を踏み出し、ロックバーを倒す。
隔たれた空間。
彼は、どこにでも行ける。
何時でも、何曜日でも。
でも、私は違う。
この空間から出られない。
力登を置いては、どこにも行けない。
玄関を出てすぐ、エレベーターを待つ彼を追いかけることもできない。しちゃいけない。
私は、母親だから――。
目の前のドアがゆらりと揺れた。
溢れる涙が、瞼を乗り越えて頬にこぼれる。
顎から滴った粒が、着古したパジャマに染みを作る。
「ふ……っ」
母親、じゃなくても手が届かないわね。
なぜなら、私は娘だから。
あの男の、娘だから。
理人には相応しくない――――。
唇に残る彼の感触、彼の手の重みも、温かさも、強さも、全部身体が覚えている。
「理人……」
その場に座り込んだ私は、ドアにおでこをくっつけて、止まらない涙を流し続けた。
好きよ、理人……。
決して言葉にできない想いを、心の中で何度も呟く。
愛しているわ……。
すす汚れたパジャマが、なんだか私の人生そのもののように思えて、益々涙が止まらなくなった。
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