最後の男

深冬 芽以

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2 二歳年下の上司

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 計算か? と思った。



 こんな駆け引きが出来るなんて、実は相当遊び慣れた女なんじゃないのか?



 たとえそうだとしても、俺が興味を持ったことに変わりはない。

「行こう」と言って、俺は車を降りた。

 彼女は少し迷っていたようだが、後部座席のバッグを俺が持ったから、諦めて車を降りた。

 彼女の名前でチェックインし、案内を断って部屋に入った。

 セミダブルのベッドが二つのツインルーム。

「ところで、どうして宿泊券を持ってたんだ?」

「当たったんです。スーパーの抽選で」

「へぇ……。あれ、本当に当たるんだ」

「私も思いました」

 彼女は十五分前の車中でのことを忘れたのか、ホテルの部屋に俺と二人きりでいることを、全く気にしていない様子。

 パタパタと部屋の中を見て回る。

「本当は子供たちと来たかったんですけど、大人二名って書いてあったから、友達と来るはずだったんです」

「それが、当日になって友達の子供が熱を出したと」

「はい」

 ひと通り部屋を見ると、彼女はアメニティのバリスタのスイッチを入れた。

「食事までもう少し時間があるので、飲みませんか?」

「ああ、貰うよ。ブラックで」

『ブラックで』と念を押したことに、彼女が少し気まずそうに目を逸らした。

「あんたさぁ……」と、彼女の背中を眺めながら言った。

「どうして断らなかった?」

「え?」

「俺と飯食うの」

 柔らかそうだな、と思った。

 実際、柔らかかった。

「断ってほしかったんですか?」

「え?」

 また、だ。

 俺の問いに質問で返された。

 これが仕事ならばムカつくだろうが、今は面白いと思った。

「課長は社交辞令とか言わないような気がして、真に受けてしまったんですけど……」

「何気に失礼だな」

「悪い意味ではなくて……。……すみません」

 彼女からカップを受け取り、一口飲んでテーブルに置いた。彼女は俺の正面に座った。

「俺は社交辞令も言えないように見えるか?」

「『言えない』んじゃなくて『言わない』ような気がしたんです」

「なんだ、それ」

「私に社交辞令を言う必要がないじゃないですか」

 彼女の言葉に、妙に納得してしまう。

「で? どうして断らなかった?」と、俺はもう一度聞いた。

「嫌いな上司でも、一人よりはマシだと思ったか?」

 彼女はじっと俺を見て、ふっと笑った。

「嫌いだなんて言いました?」

「嫌いじゃないとも言われてないからな」

「上司にそんなことを言う人、いませんよ」と、ふふふっと笑う。

「確かにな」

「嫌うほど課長のことを知りませんし、一人よりはマシだと思いました」

「なるほど」

 女との会話が楽しいだなんて思ったのは、初めてかもしれない。

 もっと、会話を楽しみたいと思ったのは、間違いなく初めてだった。
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