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6 二人の距離
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しおりを挟む二時間後。
私と智也は車に段ボールをぎゅうぎゅうに詰め込んで、会社から車で四十分ほどの場所にある、工場に向かっていた。
三課は平野さんが発注ミスしたポーチを五百個、倉庫に保管していた。
納品日は未定。
智也は倉田課長に電話し、在庫を貸してほしいと頼んだ。
倉田課長は了承した。
倉田課長は昨日の午後は外回りに出ていて、平野さんの発注ミスを知らなかった。
工場が稼働していることを確認して、ポーチを運ぶことにした。ロゴを入れてもらうために。
「彩のお陰で助かったよ。ありがとう」
「お役に立てて良かったです」
「飯、何食べたい?」
「気にしないでください」
「気にするだろ。昼だし」
カーナビの左上の時計は十二時十五分を表示している。
「荷物を降ろしたら、飯にしよう。あの辺りに美味い店、あったかな」
「課長、私――」
言いかけた時、バッグの中でスマホが震えた。
母からの着信。
「ちょっと、すみません」と言って、私はスマホを耳に当てた。
座り直して、ドア寄りに身体を向ける。
智也が、音楽のボリュームを下げてくれた。
「もしもし?」
『お母さん?』
一日振りに聞く、真の声。その向こうに、亮の声も聞こえる。従兄妹たちと楽しそうな声。
「真? どうしたの?」
『お母さん、こっちに来る?』
「え?」
『おばあちゃんが温泉に泊まりに行こうって言うんだけど、近くに駅がないからお母さんはどうする? って……』
「温泉? どこの?」
『おばーちゃーん。どこの温泉ー?』
『真、ちょっと代わって』
『俺もお母さんと喋るー!』
『亮、後で代わってあげるから』
亮が口を尖らせる姿が想像できる。
『もしもし? お姉ちゃん?』
「ごめんね、子供たち任せっ放しで」
『ううん。それより、来れそう? 瑛太の友達家族が行くはずだった温泉に行けなくなっちゃって、予約を譲ってくれたから行こうって話になったんだけど、駅から遠いんだよね。だから、お姉ちゃんが来れそうなら迎えに行くから』
「タクシーで行くからいいよ」
『一時間近くかかるから、結構な金額になるよ?』
そんなに遠いなら、迎えに来てもらうのも申し訳ない。
迎えに来るとしたら、土地勘のある妹か妹の夫の瑛太くん。子供たちがいるから、きっと瑛太くん。
『お姉ちゃん、お母さんから聞いたけど――』
一瞬、喧騒が聞こえなくなった。
『付き合ってる人がいるんだって?』と、妹の囁き声。
『今もその人と一緒?』
「ちがっ――!」
『子供たちのことは心配しなくていいから、羽伸ばしなよ』
「璃子!」
思わず声が大きくなってしまい、ハッとする。
「そういうんじゃないから」
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