最後の男

深冬 芽以

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14 欲しいものと必要なもの

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 子供たちを父親の元に送り届け、その足で智也のマンションに向かった。いつかも、同じことをした。その時は、荷物を抱えたままスーパーで買い物をしていて、智也が来てくれた。

 今日は、荷物を置きに先にマンションに行くように言われていた。

 インターホンを押したけれど応答がなく、私は合鍵を作って入った。家の中は静まり返っていて、智也はまだ寝ているのだろうと思った。

 予想通り。

 寝室を覗くと、智也は私が来たことに全く気が付かずに眠っていた。

 智也の家に出入りするようになって、これほどの散らかりようは見たことがなかった。

 キッチンには、コンビニの袋に入ったお弁当の殻がいくつもあって、使ったコップが洗われないままシンクに並んでいた。

 洗濯物はゆうに一週間はため込まれている。

 それなのに、リビングにはごみ一つ落ちていない。

 きっと、帰って来てキッチンで食事をして、シャワーを浴びてベッドに入る生活をしていたのだろう。

 私はまず、洗濯物を洗濯機に放り込んだ。パンパンに詰め込まれた洗濯物が大きく波打つのを見てから、キッチンのごみを指定のごみ袋にまとめた。買い物に出る時に捨てに行こう。

 米を研ぎ、洗い物を終え、さすがに掃除機をかけては智也を起こしてしまうと思い、ごみを持って買い物に出た。マンションのダストボックスにごみを放り込む。

 智也のリクエストをまだ聞いていなかったから、とりあえずお昼ご飯はおにぎりと、豆腐とわかめの味噌汁を作ることにした。

 梅干し、鮭の切り身、鰹節、板海苔、味噌、豆腐、乾燥わかめ、油揚げと、キュウリと浅漬けの素を買った。

 帰っても智也が起きている様子はなくて、私はキュウリの浅漬けを作り、洗濯物を干し、味噌汁を作り、炊き立てのご飯でおにぎりを作った。梅と鮭とおかか。

 気づけば十時を過ぎていて、私は鮭おにぎりを頬張った。



 ちょっとしょっぱかったかな……。



 何気にスマホを開くと、千堂課長からひとだまが届いていた。

「彩……?」

 かすかに聞こえて、私は寝室に行った。ベッドの上で、智也が虚ろ目で天井を見ていた。視線がゆっくりと移動して、私を見る。

「何時だ?」

「十二時過ぎたところ」

「ワリ。部屋、汚かったろ」

「おにぎり、食べる?」

「ああ。腹減った――」

 おもむろに起き上がり、首を左右に振って、背筋を伸ばす。

 ぐっすり眠って、少しは疲れがとれたろうか。

 余程お腹が空いていたらしく、智也はおにぎりを四個と味噌汁を二杯、キュウリを二本分は食べた。おかかが好きらしい。

「悪かったな、片付けさせて」

「別にいいけど、大丈夫? あんまり寝てなかったんでしょ?」

「――聞いたのか?」

「ざっくりとは」

「そうか……」と息を吐きだして、智也は頬杖をついた。

「正直、参った……」

「京本さんが妊娠したって、本当なの?」

「ああ」

「相手が取引先の社長の息子で既婚者だってことも?」

「ああ」

 ドラマみたいなことが、現実に起こっていた。
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