最後の男

深冬 芽以

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17 理想のかたち

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「こら!」

 突然、智也が真に言った。割と大きめの声で、威圧的な低い声で。

 真だけでなく、私まで身体が硬直してしまう。

 嫌な記憶がよみがえる。

 一緒に暮らしていた時、元夫はうるさい子供たちを『こらっ!』と大声で叱った。正確には、怒鳴った。

 何がダメなのか、どうしたらいいのか、も言わずに、ただ『こらっ! うるさい!!』と怒鳴るだけ。

 私と子供たちはビクッと身体が跳ねるほど、怯えた。

 あの光景が、思い出される。

 真も私と同じだったのか、一瞬で顔が青ざめた。

「やめて、とも――」

「親に『うるさい』なんて言っちゃだめだ」

 そう言った智也は冷静だった。

「お母さん『なんか』って言うのもだめだ」

「溝……口さんには、関係……ない」と、真が絞り出すように言った。

「関係があるとかないとかじゃない。間違っていることを教えているだけだ」

 真の目に涙が浮かぶ。

「お母さんに謝りなさい」

 ピシャリ、と言った。

 真の目を見て。

「――――っ」

「謝りなさい」

「……ごめんなさい」

 真の目から、涙が一筋、こぼれた。一筋だけ。

 胸の奥が熱い。

 水族館で、智也と亮が手を繋ぐ姿を見た時と、同じ。

 ずっと欲しかった。

 ずっと憧れていた。



 私の、理想……。



「お母さん、トイレ!」

 涙腺が決壊するかと思えた直前、亮が言った。

「ん。行こう」

 立ち上がろうとして、智也の顔を見た。この状況で智也と真を二人きりにするのは、心配だ。

 けれど、智也は気にしないで早く行けと言わんばかりに、クイッと顎を上げた。

 私は後ろ髪を引かれる思いで、亮とトイレに向かった。

「亮、終わったら一人でテーブルに戻れる?」

 トイレの前まで行き、私は聞いた。どうしても、真が心配だった。

 智也が真に何か言ったりやったりするなんて思っていない。

 けれど、真が智也にいい印象を持っていないのは確かだから、二人きりにするのは真の気持ちを不安定にしてしまうような気がした。

「うん! 大丈夫」

 私は急いでテーブルに戻った。

 けれど、二人の話し声が聞こえ、思わず入って行くのを躊躇した。

「真君は俺が嫌い?」

「……」

「今日会ったばかりだし、好きも嫌いもないか」

「溝口さんとお母さんは……恋人なんですか?」

 ドクン、と心臓が鈍い音を立てた。

 真の不安を考えれば、すぐに入って行くべきだ。けれど、そうしなかった。

 智也の答えが、気になった。

「恋人……ではないかな」

「じゃあ……、どうしてお母さんを『彩』って呼ぶんですか?」

「お母さんのことが好きだし、とても親しい友達だから、かな」

「……」

「そんなに深く考えなくて大丈夫だよ」

 ジューッと肉を網にのせる音がする。

「お母さんにとって一番は、真君と亮君だから」

「一番?」

「そう、一番。俺はどんなに頑張っても、お母さんにとって一番にはなれないからな」

 智也の声が、心なしか寂しそうに聞こえた。

「けど……、お母さんも溝口さんのことが好きなら、……結婚したいとか思わないんですか?」

「お母さんも俺を好きだと思う?」

「思います」

 真が断言したことに、驚いた。

「どうして? 千堂とも会ってるだろう?」
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