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17 理想のかたち
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しおりを挟む裁判官が離婚の期日や親権、養育権、養育費の金額や支払期日、支払期間、子供との面会についての説明をしていく。私は、かろうじて前を向き、裁判官の言葉に頷いていた。
『最後に、何か言っておきたいことはありますか』と聞かれ、私は即座に『ありません』と、答えた。けれど、彼は違った。
『妻が再婚した場合、養育費の支払い義務はなくなるんですよね』
これには、裁判官と二人の調停員が顔をしかめた。
養育費の支払いを一度たりともしていないどころか、離婚すら成立していない今、聞くことではない。聞きたければ、この瞬間以前にいくらでも機会はあった。
実際、私は聞き取りの段階でそのことについて確認してあった。
「あの男に……償わせたいの」
いつの間にか、涙は止まっていた。元夫のことを考えると、涙すら勿体ないと思える。
「せめて、父親である責任だけは全うさせたい」
「彩」
『俺の息子でもあり、他人の息子でもあるなんて、あり得ないでしょう』
「私が再婚したら、あの男は父親であることも放棄して、自分の人生に私や子供たちがいたことすらなかったことにするに決まってる! そして、自分が再婚する時に言うの。『前の結婚は間違いだった』って。そんなこと、絶対に許さない!!」
抱き締められるまで、智也が立ち上がったことにも気づかなかった。
「もういい」
『もう頑張らなくていい』
そう言われた気がした。
智也の腕の中は温かくて。とても、温かくて。全部忘れて縋りたくなる。
この腕の中で、嫌なことを全部忘れてしまいたくなる。
けれど、そんなことは出来ない。
したくない。
するべきじゃない。
あの男を解放なんてしてやらない――!
頭を撫でる智也の掌は優しくて、力強くて、安心する。
私は声もなく、涙で彼のシャツを濡らした。
私は今夜、この腕を手放す。
だから、もう少しだけ。
もう少しだけ――。
「智也はきっと……いい父親になるね」
「ん?」
「絶対、いい父親になる。いい夫にも」
「どうかな」
私は智也の腕を押し退け、立ち上がった。
長くいれば、それだけ放しがたくなる。
バッグの中からこの部屋の鍵と、預かっていた食費の残りが入った封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「いい女性を見つけて……?」
「……」
「上手にケーキを焼けて、上手にビールを注げて、毎日『お疲れ様』って言ってくれる女性」
「見つけたと……思ったんだけどな……」
これ以上は、苦しくて、悲しくて、耐えられなかった。
「さようなら、溝口課長」
どんなにツラくても、泣けない自分が嫌になる。
ドラマのように、電車の中だからとか関係なく、感情のままに泣けたら、きっと何か違っていた。
水族館に行った日、夢を見た。
夢の中で、私は子供たちと智也と暮らしていた。
私はケーキのスポンジが上手く膨らんだと喜んで、子供たちは熱々のスポンジにホイップクリームを塗ろうとして止められて、四人で笑っていた。
子供たちが寝静まった後で、私は智也のグラスにビールを注いで、『お疲れ様』と言う。
智也は穏やかに微笑んで、美味しそうにビールを飲んで、口の端に泡をつけたまま、キスをくれる。
そんな、幸せな夢。
私の、家族の理想のかたち。
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