最後の男

深冬 芽以

文字の大きさ
185 / 212
【番外編1】千堂隼の恋

苦悩-4

しおりを挟む
 俺は最後の生姜焼きを口に入れ、よく噛んだ。机の引き出しに歯磨きガムが残っていたか、気になった。

「これが最後と決めて、ギリギリまで悪あがきして、振られたんだ。これ以上は、引き際を知らないダメ男確定だろ」

「けど、溝口課長はもういませんよ」

「そういうこと言っちゃう?」

「一発逆転の可能性はないんですか?」

「……溝口課長から奪えって? 溝口課長のお気に入りのお前が言っちゃう?」

「奪えるかどうかは別として、です」

 谷の、諦められない女への気持ちが相当なものだとわかった。

「俺さ……」

 俺は食べ終えた食器をお盆ごと横にずらした。

「結構自信あったんだよ。なんだかんだ言っても、やっぱ若いって有利かな、とも思ったし。あとは……俺自身、結構モテる方だし?」

 谷が、フッと笑った。

 笑ってくれなきゃ、恥ずかしくなる。

「それに、堀藤さんとの関係をハッキリさせない溝口課長より、正攻法で真っ向からぶつかって行ったら、勝算は俺にあるって本気で思ってた。子供たちとも仲良くなったし」

「それは、大きいですよね、きっと」

「な? 本気で結婚まで考えたし、プロポーズもしたんだよ」

 さすがに、驚いたよう。

 谷が顎を突き出し『マジで?』と聞きたそうに目を見開いた。

「俺なりに本気だったんだけどさ。溝口課長曰く、俺は堀藤さんの『母親』の顔に惹かれたらしい」

「安心感……ってことですか?」

「そうだな。確かに、堀藤さんや子供たちと一緒にいると、楽しかったし、穏やかな気持ち? でいられたんだよ。こういう家族っていいな、とも思ったし」

「別に悪いことじゃないですよね?」

「ああ。ただ、溝口課長は違ったんだよ。溝口課長は堀藤さんを『女』として見てた」

 こうして言葉にしてみると、ほんの少しだけ胸の奥で消化不良になっていた想いが、溶けだした気がした。

 どうして自分は彼女に選ばれなかったのか、何となくわかっていたけれど、何となくわかっていなかった。



 そうか。

 俺がダメだったんじゃない。

 溝口さんじゃなきゃダメだったんだ。

 彩さんにとって溝口さんはきっと、唯一『女』でいられる場所だから。



「谷」

 俺はジャケットから財布を出した。

「はい?」

「格好悪いの覚悟で、泣きの一回ってありだと思うか?」

「……俺なんか、一回どころか十回は泣き入れてますよ」

「それでも諦められないなら、それは立派に粘り強いんだと思う。それに、どうせ誰かに言われて吹っ切るつもりもないんだろ?」

「そう……ですね」

 谷もまた、人には言えない気持ちを少しとはいえ言葉にして、思うところがあったよう。

 どことなくすっきりした表情を見せた。

「俺も、お前の粘りとはちょっと違うけど、俺なりにもうちょっとあがいてみるわ」

 俺は五人分の昼食代、五千六百十六円を支払って、店を出た。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

恋愛短編まとめ(現)

よしゆき
恋愛
恋愛小説短編まとめ。 色んな傾向の話がごちゃ混ぜです。 冒頭にあらすじがあります。

体育館倉庫での秘密の恋

狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。 赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって… こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

処理中です...