最後の男

深冬 芽以

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【番外編1】千堂隼の恋

苦悩-5

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 谷には格好のいいことを言ってみたものの、今更堀藤さんを困らせるつもりはなかった。

 ただ、俺を振っておきながら、堀藤さんが幸せにならない結末は許せなかった。

「溝口さんとは連絡を取っていますか?」

 溝口さんが異動して五日。

 俺は、打ち合わせ帰りの車の中で、聞いた。

「え?」

「付き合い始めたんじゃないんですか?」

 前方を見たままだが、彼女が俯いたのがわかった。

 彩さんを責めるつもりはない。

 けれど、正直、うんざりだった。

 俺はコンビニの駐車場に入り、壁を前にして停車した。

「彩さん」

 俺はシートベルトを外し、助手席の背に腕を回した。

「俺と『大人の関係』になりませんか?」

「えっ!?」

 彩さんが反応するより先に、俺は彼女に覆い被さり、頬にキスをした。

「もう、プロポーズなんてしませんから」

「ちょ――、課長!」

 彩さんが俺のキスをかわそうと、ドアの方に身を捩る。

「身体の相性、悪くなかったでしょ?」

 彼女の肩に腕を回し、強引にこっちを向かせた。

「千堂課長!」

「異動になったくらいで別れるんだから、その程度の気持ちだったってことでしょ」

「ちが――」

「正直すげームカつきます。どうせ別れるなら、俺はどうして振られたんですか!」

 彼女の、俺を押し退けようとする腕が、止まった。

「結婚出来なくてもいいって言ったら、付き合ってもらえますか」

 俺は彼女に顔を寄せ、彼女は俺の息を頬に受けていた。ほんの少し腕に力を込めて抱き寄せたら、唇同士が触れる。

 そうしたら、いい。

 一度はほだされて、流されて、俺に抱かれたんだ。溝口さんのいない寂しさにつけ込んで強引に迫れば、また抱かせてもらえるかもしれない。

 そうしたら、今度こそ、彼女を離さない。

「千堂課長は遠距離恋愛ってしたこと、ありますか?」

 彩さんが窓の外に顔を向けたまま、言った。

「ない……ですけど」

「私はあります。正確には元夫が単身赴任をしていたことがあるんですけど」

 急に元夫の話になって、少しドキッとした。

 溝口さんが異動になる少し前、俺の知らないところで元夫と何かあったらしく、明らかに彩さんの表情が変わった。溝口さんも、もう彼女を心配する風でもなかった。そして、彩さんの元夫は別件の仕事のために、転勤して行った。

「最初は不安だったんです。けど、少しずつ平気になった。そのうちに、帰って来られるのが苦痛にまでなってしまった」

「何が言いたいんですか?」

「自信がないんです」

「遠距離をする自信ですか?」

 彩さんが頷いた。

「私には子供がいて、溝口さんには恋愛に時間を割く余裕なんてなくて、きっとダメになる」

「だから? ダメになるくらいなら、始めないってことですか?」
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