その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-81 地獄の門の門番

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「俺、地獄の門の門番じゃないよ」

 従者エトノアそっくりのアレは言った。
 その声は平坦。
 苦し紛れの嘘にも聞こえないし、エセルに対しての憤りも感じ取れない。

 人外の感情の機微を判断しようとするのが無理なことか。

「ま、門番だろうがそうでなかろうが、俺はどうでもいいんだけど」

「ふーん、そっか」

 彼は興味なさそうに返事する。
 そして、床を見る。
 その視線は離れない足と床をどうしようかと考えている。

 どうやら靴に見えても、その靴は脱ぎ履きはできないようだ。

「どうしようかなー」

 天井を見上げたはずなのに、どこも見ていない気がするのはなぜか。
 その先にある空を、という次元の話ではない。

 目の感情が死んでいる気がする。
 目の奥がどこまでも深淵の闇な気がする。

「じゃあ、交渉はできるのか?」

「、、、んー、他の皆にしていた交渉を俺にもするのか?成仏か服従か、ってヤツ?」

「一応ね。可能な範囲ならば」

 えー、ずるーい、我々のときに交渉をしなかったーっ、と騒ぐのはちっこいエセルたちだが、液状エセルも俺を非難するかのようにパシャパシャ床を叩いている。
 そもそも、俺に潰されたのはエセル本人のせいなので知らんがな。

 俺の攻撃魔法の威力って、人外にどう影響をもたらすか、どのくらいの破壊力かわからないんだよねえ。
 攻撃のために魔法を使うことってほとんどなかった。

 平時に攻撃魔法を使うのは、せいぜい警備とか護衛とか、魔物退治くらいだ。
 宮廷魔導士団一班は国のために粛々と攻撃魔法を研究していたし、他の班の上級魔導士にも攻撃魔法の研究を同時並行してやることを推奨していたほどである。
 国にとっての攻撃魔法の重要性は言うまでもない。
 俺は研究する上級魔導士のために基本的なことは本で知識は吸収していたが、実践の場が提供されることはなかった。戦場に駆り出されたのは、後にも先にもあの一度だけ。

 宮廷魔導士団にいる間、黒髪の平民には関わり合いたくないスタンスの者が多かったので、無視されるとかいないものとして扱われる以外では陰湿なイジメというものには遭ったことがない。隠されたり壊されたりするような物もなかったので実害もない。俺の物ではない寮の部屋に備え付けの備品を壊したら、問題にされるのは目に見えているから多少考える頭がある者ならやらない。
 そんな環境では攻撃魔法をブチかますこともない。となれば、必要もないので特に自ら積極的に練習することもない。


 黒ワンコたちもすでにこの部屋に密集している。
 俺が黒ワンコにしていた交渉は、要約すると成仏か服従かである。
 賢い黒ワンコは服従するための細かな条件を、俺と交渉できた者たちだろう。
 実現可能な要求であり、欲張らなければ手に入らないわけではない。
 その匙加減を間違わなければ。

 交渉なんて一切せず、とことん戦い抜く戦闘狂もいたが。
 最後に思う存分暴れられて悔いなし、という者も一定数存在した。
 それはそれ、これはこれ。人外だからといって知能が低いわけではない。

 人外で適切な交渉ができる者ほど怖い存在もないのだが。

「んー、人間の命なんて多少イジられていてもそこまでは長くないからさー、従ったフリしてその間つきあうのもやぶさかではないけれど、それってどう思う?」

「まー、俺が生きている間、悪さしなければ別にどうでもいいっていう考えではあるけど」

 俺が死んだ後は知らん。
 平民に対して報酬なくして解決を求める世界があったら見てみたい。
 世界征服したり、滅ぼしたり、仲良くしたりして、好きにしてもらえば良い。
 後世の者たちがどう対処するか決めるだろう。

「悪さというのはどこ基準?」

「俺基準」

 ズバリ明確に答える。
 法というのは国や時代によって変わる。
 生きている間のことなら、自分の基準でかまわないだろ。

 彼は感情をなくした表情のまま、エセルたちを指さした。

「そこのチビたちもお前に従ったフリしているようだけど、そんな感じで良いのか?」

 へー、ふーん、そーなのかー。
 チラリとエセルたちを見ると。

「き、聞いてはなりませぬー、クロウ様ー」

「こ、こやつは我々を疑心暗鬼に陥らせるためにそんな暴論をー」

「み、耳を塞いでくださいましー」

「おいしいものを与えてくれる間は従いますー」

「わ、我々はクロウ様に絶対服従ですー」

 おお、真実を言っているのが一匹いるぞ。
 エセルたちのおいしいものって魔力のことなのか?
 感情とか曖昧なものを餌にしている気配はない。
 黒ワンコ前の化け物とは別なものを栄養源としている気がする。

 とすると、この彼の餌もまた人が食べざるものなのかもしれない。
 魔力あたりならまだしも、人肉とか魂とかならアウトかもしれない。代替が利くのならいいけど。

「俺は人外を完全に制御できるなんて思ってないからなあ。力で押さえ込むと反発があるだろうし」

 俺が正直に話すと。

 はて?
 エセルたちからも黒ワンコたちも表立って意見を言わないが、つぶらな瞳が何か言いたそうだ。
 俺が見ると、すべてが一斉に視線を逸らした。

 うむうむ、お前たちが言いたいことは伝わった。
 力で押さえ込んでいないので、無視するが。

「人間同士でも、人外相手でも、力関係が明確な方がイザコザは少ないとは思うけど。まあ、交渉は俺じゃなくて地獄の門としてよ。俺に権限がないからさー」

「、、、地獄の門と普通の人間が話せるのか?」

「そのチビたちと話せるなら話せると思うよ?大きな区分けなら、アレも人外だ。確実に話せるとは断定はしないけど」

「門番ではないとすると、お前は地獄の門とどういった関係なんだ?」

「地獄の門の食事、餌、というより生贄と言った方が正確かな、その調達をしている」

「餌係か、じゃあ、お前と分かれたエトノアは何だ?」

「おそらく、それが地獄の門の門番でいいんじゃないか」

「エトノアが門番なのは、ほぼ正しい情報なんだな」

 ちっこいエセルたちがうんうん勢いよく頷いている。
 これ以上疑われたくないということか?

「で、地獄の門は何を餌にしているんだ?」

 生贄と言われた時点で予想はつくのだが。
 彼がここでしていたことを考えれば。

「うーん、その辺は地獄の門に聞いてくれる?俺、けっこう縛られちゃっているからさー」

「なるほど」

 権限がない時点で、彼には様々な制約があるのは推測できた。
 従者エトノアは地上で自由に動けているのは、その制約すべてを彼に押しつけてしまったからか。

「名前とか呼び名はあるのか?」

 ふと聞いた。
 エトノアと区別するために。エトノアじゃない方と呼び続けるのは面倒だから。

「いつも、おいとか、お前とか呼ばれている」

 何の感情も動かない表情。
 うん、動かないよな。

 他人事ではないのは、俺も職場では同じだったからだ。
 仕事は山ほど押しつけるのに、個を認識されないというのは地味に来る。
 だから、感情を動かさないようになった。

 黒髪の平民だから仕方ない、と思うのは自分を守る盾だ。

「そうか、地獄の門に聞かないとな」

 彼の名を。
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