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第十一話
しおりを挟む「お嬢様、お客様がいらっしゃいましたよ。入りますね」
クライヴを案内してくれたメイドがある一室の前で足を止めると、扉を控え目に数度ノックすると、そっと扉を開けた。
部屋の主から入室の許可を得ていないのに大丈夫なのか?と驚くクライヴに、メイドは悲しそうに微笑むと教えてくれた。
「お嬢様は、お声を出すのもお辛い日もございますので······私達使用人共はお声を掛けた後に入室する許可を頂いているのです」
「······そうか」
クライヴはどう答えれば正解なのか分からず、短く一言答える事しか出来なかった。
メイドが開いた扉の奥、少女の室内は昼間というのに窓のカーテンが閉められ、明かりは室内に置かれた小さいランプのみだった。
その光が薄ぼんやりと室内の狭い範囲を照らしており、ベッドの上で体を横たわらせる少女が辛うじて薄い光に照らされている。
そっと室内に音を立てないように入室するメイドに倣い、クライヴもなるべく足音を立てないように入室すると、静かにメイドがお茶の準備をし終わるとそっと扉の傍に控える。
その姿を横目で見ながら、クライヴは足音を控え目に立てながらベッドに横たわる少女に近付いて行った。
「──っ」
クライヴは、自分の目に飛び込んで来た少女の姿に驚きに微かに目を見開いた。
8歳と言うには線が細過ぎて、体の成長も病に侵されているせいか、体も小さくとても8歳の子供だとは思えない程弱々しかった。
顔色も青白く、唇も血の気が失せ薄らと開いている目も窪み生気を感じない。
その開かれた目から瞳がゆっくりと動き、自分を見た。
少女の瞳に自分の姿が映った事に肩を跳ねさせるとクライヴは慌てたように唇を開いた。
「僕はクライヴ・ディー・アウサンドラ、って言うんだ。君は?」
咄嗟に自分の名前を名乗ると、目の前の彼女に話し掛ける。
クライヴは話し掛けてから、自分の失態にしまった、と胸中で舌打ちをしたい気持ちに駆られる。
先程メイドが「声を出すのも辛い日がある」と言っていたのに、わざわざ名前を聞いてしまっては彼女は自分の名前を名乗らなくてはいけなくなってしまう。
クライヴは、わたわたと慌てながら両手を自分の胸の前に持ってきて続けて声をかける。
「いや、えーっと、君を何て呼べばいいかと思って······!」
「──ふふ、」
正式な名乗りは上げなくていい、と言うように慌てて言葉を紡ぐクライヴにベッドの少女は控えめに微笑むとゆっくりと唇を開いた。
「······ティー、って呼んで下さい」
かさかさに掠れた声で少女がそう答える。
クライヴは明るく笑うと、「可愛い名前だね」と少女に向けて言葉をかける。
"ティー"というのは少女の正しいファーストネームではない事は分かった。
恐らく、家族や親しい人間から呼ばれている愛称なのだろう。通常、初対面の人物に愛称を伝える事は殆どない。
だが、正しい自分の名前を伝える程の気力や体力が無いのだろう事を察したクライヴはにこやかに少女に話し掛ける。
「ティーは、どんな動物が好き?」
「動物······」
少女がうろ、と視線を空中にさ迷わせているのが分かる。
クライヴは焦らずティーの回答を待つ。
程なくして、好きな動物──正しくは、自分が知っている動物、ではあるがティーは唇を開いた。
「鳥さん······私は鳥さんが好きです」
かさかさの声でそう答えるティーに、クライヴは笑う。
「僕も好きだな、小さい鳥も可愛いけど、おっきくてかっこいい鷲や鷹も好きなんだ」
「······大きい鳥さんは、見た事がないです」
ケホケホと咳き込みながら「見てみたいなあ」と微笑むティーに、クライヴはそっと近寄るとお水飲む?と聞いてやる。
ティーが小さくこくり、と頷くのを確認すると扉の傍に控えていたメイドが硝子のグラスに水を注いだ物を持ってくる。
クライヴはそのグラスを受け取ると、一緒に渡されたストローを差してティーに「飲める?」と聞いた。
顔のすぐ側まで持っていったグラスのストローにティーは唇を寄せると、そっと水を何口か飲み込みほう、と息を吐いた。
枕に深く頭を預けるティーの髪の毛を指先で梳いてやりながら、クライヴは今日はここまでかな、と眉を下げる。
「ティー、また明日会いに来てもいい?辛かったら頷くだけでいいよ。······僕はまたティーとお話したい」
クライヴの言葉にうっすらと目を開けたティーは、嬉しそうに微笑んでこくり、と頷いた。
クライヴはそのティーの微笑みに嬉しそうに笑うと、そっとティーの額に口付ける。
「お母様がよく眠れるおまじない、って言って額に口付けてくれるんだ。ティーもよく眠れますように」
クライヴはティーの前髪をそっと直してやると、また明日ね、と言い手を振る。
驚きに僅かばかり目を見開いたティーは、照れくさそうに笑うとそっと小さくクライヴに手を振ってくれた。
きっと、初めて会ったこの時に自分は既にティアーリアに惹かれていたのだろう。
儚げに微笑む少女に。全てを諦めたような瞳をしているのに、けれど瞳の奥底には生への執着があった。
その強い生への執着が、本当は生きたいと願う強い気持ちが隠れた瞳に惹かれた。
何か自分が少女の生きたい、と願う気持ちの後押しに、手助けを出来たらいいと思ったのだ。
だから、クライヴは自然と明日も来るよ、と伝えてしまった。
父親の了承も得ていないのに勝手にこの地に留まり、明日も会いに来ると約束をしてしまった。
クライヴはティーの自室から出たあと、父親に何と説明しようか、と頭をかいた。
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