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第十四話
しおりを挟むティアーリアは自室の椅子に座り、部屋に付いている窓からぼうっと外を見下ろしていた。
クライヴから再度面会の申し出があった、と今日の朝食時に父親から聞かされティアーリアは信じられない気持ちでいっぱいになっていた。
何か誤解があるんだろうから二人でしっかり話しなさい、と言われたが話す必要等あるのだろうか?
クライヴは、妹のラティリナが好きで、恐らくラティリナもクライヴが気になっているのだろう。
「何も話す事等無いのに⋯⋯」
ティアーリアは、自分宛に届いているクライヴ以外の男性からの顔合わせの申し込みに視線を向ける。
父親の手前、もう一度クライヴと話すと言ってしまったが結果は明白なのだ。
ティアーリアは複数の顔合わせ申し込みの中から数枚手に取ると中身を確認し始めた。
あれから数日後。
クライヴとの約束の日が訪れ、ティアーリアは気持ちが晴れないままその日を迎えた。
もうすぐ、あの門の向こうから自分が恋焦がれた男性が自分に会いに姿を表す。
そわそわと落ち着かない気持ちになりながら、ティアーリアは浮き立ってしまう自分の心に嫌になる。
もう、クライヴは諦めなければいけない事は頭ではわかっているのに気持ちが追いつかない。
ふらふらとどっちつかずなままこの日を迎えてしまい、ティアーリアは溜息をついた。
「もう⋯⋯物理的にクライヴ様から離れないと駄目ね」
「──お嬢様?」
ぽつり、と呟いた言葉が自分の近くに控えていた侍従に聞こえてしまっていたようだ。
ティアーリアは誤魔化すように微笑むと「何でもないわ」と侍従に向け言葉を返す。
不思議そうな表情をしながらも、侍従は口を噤むと真っ直ぐとクライヴが来るであろう方向へと向き直した。
それから程なくして、クライヴが到着するのを視線の先でティアーリアは見つめた。
邸の門の前で馬車から降り立つと、ふ、とこちらに視線を向ける。
ティアーリアの姿に気付いたのだろうか、クライヴは嬉しそうに瞳を細めて微笑むと足早にこちらに向かってくる。
「ティアーリア嬢、本日はお時間を頂きありがとうございます」
「いいえ⋯⋯こちらこそ先日は申し訳ございませんでした」
クライヴがティアーリアの目の前でぴたり、と立ち止まると自分の胸に手を添えて軽く腰を折る。
顔合わせ相手への最上の礼に対してティアーリアは驚きに微かに目を見開くと自分も謝罪の言葉を伝える。
自分の手のひらを流れる動作で掬い取ったクライヴは、恭しくティアーリアの手の甲に口付けを落とすと驚きに目を見開いたティアーリアに蕩けるような視線を向けて微笑んだ。
クライヴの行う動作は、顔合わせが続いている令嬢相手への動作だ。
その事から、しっかりとクライヴの意識が伝わってきてティアーリアは混乱する。
クライヴはまだ、ティアーリアとの関係を続けたい、という確かな強い意思表示。
──何故、ラティリナはいいの
ティアーリアが混乱している内にクライヴはティアーリアの手を取ると、そっと腰に手を添えエスコートの体制を取る。
「ティアーリア嬢、私達は言葉が足りなかったようです⋯⋯クランディア家の素晴らしい庭園を歩きながら少しお話致しませんか?」
「え、ええ⋯⋯分かりました⋯⋯」
どろっと蜂蜜を煮詰めたような甘い視線にひたり、と見つめられクライヴに甘く囁かれてティアーリアは目を白黒させる。
視線と声音が今まで感じた事のない程に甘い。
胸焼けしてしまいそうな程のクライヴの態度に、言われるがままティアーリアは頷き、クライヴにエスコートされるがままゆっくりと庭園へと向けて歩き出した。
こちらの会話が聞こえない程度の距離を取り、侍従達がそれとなく二人の後を着いてくる。
ティアーリアは自分の家の侍従達に真っ赤に染まった自分の頬を見られたくなくて必死に熱を冷まそうとするが、後から後からクライヴに話しかけられて上手く行かない。
今日の自分達の様子を報告する義務のある侍従達に見られているのがとてもいたたまれなくて、ティアーリアはそっとクライヴから視線を逸らした。
「ティアーリア嬢、何故私から目を逸らしてしまうのですか?私の顔をもう見たくない、とそこまで思う程に私はあなたを傷付けてしまいましたか?」
悲しそうに眉根を寄せてそっと頬を滑るクライヴの指先にティアーリアは羞恥心で自分の顔が真っ赤に染まるのを感じる。
何故、突然態度が豹変してしまったのか。
今までだってクライヴはとても優しく微笑んで会話をしてくれていた。
思いやり溢れる態度や行動で時には自分の事を話し、こちらに自分を知ってもらおうと様々な話しをしてくれていた。
だが、そこでティアーリアははたり、と気付いた。
通常の顔合わせはお互いの事を知ってもらう為に物理的にも、精神的にも距離を保ち顔合わせに臨む。
柔らかい好意の色を相手に向ける事はあるが、ここまで愛情を顕にして行動をする事がとても珍しいのだ。
重い愛情は時として相手に避けられる危険性がある。忌避される可能性があるのだ。
それなのに、何故クライヴは今自分にこんなにも甘ったるい視線を向けるのか。
「ク、クライヴ様⋯⋯っ、お顔が近くて⋯⋯、少し離れて下さい」
「──今あなたを離したら、私は一生後悔するでしょうね。あの日のような絶望を味わう位なら、あなたに恋焦がれて哀れな姿を見せるのも厭わない」
そっと耳元で囁かれてティアーリアは全身を駆け巡る何とも言えない甘い痺れにぶるり、と体を震わせる。
これ、は誰なのか。
全身で逃がしたくないと言うようにティアーリアの腰に添えられたクライヴの手のひらに力が籠る。
「クライヴ様から、離れませんので一回お顔を離して頂きたいのですっ」
ティアーリアは泣き出しそうな気持ちになりながら、か細く悲鳴を上げるようにクライヴに懇願した。
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