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第十五話
しおりを挟むティアーリアの懇願するような小さな叫びにクライヴは残念そうに表情を曇らせると、ティアーリアから顔を離した。
腰に添えられた手はそのまま離れて行かず、もぞもぞと落ち着かない気持ちでティアーリアはクライヴからそっと視線を逸らした。
こんな風に接触するのはルール違反ではないのか、と考えるがクライヴからの接触に確かに喜んでいる自分が居て、何とも言えない気持ちになる。
「ティアーリア嬢⋯⋯教えて下さい。あの日、何故貴女の口からこの顔合わせの終了を願う言葉が出たのか⋯⋯」
まるで、顔合わせを終了したくなかった、と言うようなクライヴの言葉にティアーリアはそっとクライヴの胸に手を宛てて距離を取る。
「それ、は──、」
言ってもいいものだろうか。
クライヴには他に好きな女性がいるのに何故自分と顔合わせを続けたいのか、と言ってもいいものなのか。
真面目なクライヴの事だから、まさか自分に他に好きな人がいるというのを知られたら自責の念に耐えられず、更にクライヴを追い詰めて責任を取ろうと結婚を決断してしまうかもしれない。
やはり、ここは自分が知っていると言う事を隠して他に気になっている人がいるからだ、と断るのがいい気がする。
先程のクライヴから送られるあの熱い視線はきっと何かの間違いだろう、とティアーリアは思い込むとクライヴとしっかり視線を絡めた。
「申し訳ございません。私と、クライヴ様とはきっと性格が合わないと思ったのと⋯⋯、他に、気になる方が出来てしまったのです」
ティアーリアから視線を逸らされ、そう伝えられたクライヴはティアーリアの言葉を信じられない、というように瞳を見開いた。
「それ、は⋯⋯本当なのですか⋯⋯私以外に、」
「はい。申し訳ございません」
謝罪の言葉と共に頭を下げるティアーリアにクライヴは慌てて頭を上げさせる。
「ティアーリア嬢⋯⋯!やめてください、私なんかに頭を下げる必要はないんです⋯⋯っ」
「ですが、私の勝手な判断でクライヴ様のお時間を無駄に──」
「──っ、無駄なんかじゃありません!貴女と会える一分一秒が私にとってはかけがえのない大切な時間なんです⋯⋯っ」
両肩に手を置かれて強く強く掴まれ、ティアーリアは半歩後ろへと下がる。
「⋯⋯申し訳ありません、ティアーリア嬢に断られても、私は貴女を諦める事が出来ない⋯⋯っ」
苦しそうに、喘ぐように言葉を吐き出すクライヴにティアーリアは混乱する。
何故ここまで自分に固執するのか。
自分が断ればクライヴは自分の好きな人と一緒になる事が出来るかもしれないのに、何故。
「クライヴ様⋯⋯、無理をなさらないで下さい。ご自分の気持ちに正直になって頂きたいのです⋯⋯」
「正直、に?本当にいいのですか、私の気持ちに正直になっても」
噛み合っているようで噛み合わない二人の会話に、妹であるラティリナがこの場にいたら「お互いさっさと告白しなさいよ!」と怒り狂っているだろう。
それ程二人の会話はチグハグで、会話として成り立っているようで成り立っていない。
クライヴは、そっとティアーリアの頬に自分の手を添えると慈しむように指先でティアーリアの頬を何度も撫でる。
「私は⋯⋯、初めて貴女と出会った時から貴女しか見えていないんです。あの日、初めてあの領地で出会った時に、貴女が言ってくれた言葉が忘れられなくて」
「──え、」
「私の瞳の中には虹が閉じ込められてるみたいだ、と言ってくれましたよね。私は、幼い頃から特殊な瞳を持つ自分のこの顔が嫌いでした。だけど、貴女が綺麗だと言ってくれたから、私は恐ろしかったこの瞳を好きになれたのです」
クライヴのその言葉は、幼い頃に自分がクライヴに伝えた言葉だ。
あの日々を、クライヴは覚えてくれていたのか。
ティアーリアは信じられない思いで自分の口元に手を持っていく。
「貴女は覚えていないかもしれません⋯⋯だけど、私にとってはあの一週間がとても尊い物になった、すぐに貴女を探し出す事が出来ずにこんなに時間が掛かってしまいましたが、私は貴女以外と人生を共にする気持ちはありません」
「──っ、」
クライヴから聞かされる言葉達が飲み込めず、ティアーリアはかくり、と自分の足から力が抜けるのを感じた。
「ティアーリア嬢っ」
咄嗟にクライヴがティアーリアを支え、ぐっと腰に自分の腕を回して自分の胸へと抱き込む。
「申し訳ありません⋯⋯、こんな、何年も執着している男など気色悪いですよね⋯⋯ですが、私はもう貴女を諦められない」
ぎゅう、と強く抱きしめられ、ティアーリアは混乱する。
では、何故あの日、あの時に妹のラティリナと自分を間違えた、と言ったのか。
クライヴの言葉に嘘は感じられずティアーリアはクライヴの言葉達に湧き上がる嬉しさを感じながらも不安も同時に感じる。
何故、あんな会話をしていたのか。
「クライヴ、様っ」
「すみません、ティアーリア嬢⋯⋯貴女が嫌だと言っても離したくない」
更に強く抱きしめられ、ティアーリアはぐっと息に詰まる。
聞かなければ。
あの会話は、何だったのか、とクライヴに確かめなければいけない。
ティアーリアはクライヴの腕の中からそっとクライヴの顔を見上げると、自分の唇を怖々と開いた。
「では、何故──、何故あの日、クライヴ様と侍従の方は私と妹を間違えた、とお話されていたのですか」
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