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一章
23話
しおりを挟む何を、言われたのか──。
ウェンディは、侯爵が去って行った後も、部屋の扉を見つめる事しか出来ない。
ウェンディが唖然としたまま固まっていると、怒りに満ちたナミアの声が聞こえてきた。
「お嬢様を……っ、お嬢様をふた周りも離れた男などに、嫁がせる……!? そんな事を旦那様は了承したと言うのですか!?」
酷い、酷すぎる。と、涙を滲ませるナミアに、ウェンディは先程言われた言葉の意味をじわじわと実感し、目元を赤く滲ませた。
「──いやっ、嫌よ……っ」
見た目が幼い、この姿でも喜んで迎える? そんなの、絶対にまともな男じゃない。
そんな男の元に嫁げば、どんな目に遭うかなんて想像にかたくない。
昔は、結婚は自由にしていいといわれていた。
ウェンディには、兄がいる。
侯爵家を継ぐ優れた兄が既に成人して、国外に勉強のために出ているのだ。
だから、侯爵家は跡継ぎに困っていないし、当時のウェンディは「妖精姫」と名高い令嬢だった。
だから、好きな男がいればその男と結婚しても良いし、他に良い男がいればその男と結婚しても良い、と許しを得ていた。
当時、ウェンディはフォスターと相思相愛だった。
だから、ウェンディはフォスターと将来の約束もしたし、フォスターもそれに同意してくれていた。
将来を共にしよう、と誓ってくれていた。
だが、フォスターとの仲が壊滅的に悪くなり、専属護衛契約も破棄した今、家のために結婚をしろ、と言われる事は、ウェンディ自身も覚悟をしていた。
貴族の娘として生まれた以上、家のために政略結婚をするのは娘として当然の義務だ。
だけど──。
「覚悟はしていたわ……っ、だけどっ、だけど……っ」
ふた周りも違う人。
もしかしたら、相手は自分の両親よりも年上かもしれない。
そんな人と、結婚しなければいけないのか──。
「いやっ、いやだ……っ、でも私は……貴族としての責務も果たさなくちゃいけない……っ」
「──ウェンディ……っ」
ウェンディの悲痛な声に、ヴァンもどこか辛そうに顔を歪め、ウェンディに声をかける。
「私はっ、どれだけ我慢すればいいの!? 周りの人に馬鹿にされてもっ、お父様お母様に見捨てられてもっ、専属契約を交わした騎士に見限られてもっ、それでも足りないの……っ」
これでは、生き地獄だ──。
ウェンディがはらはらと涙を零し、悔しさにシーツをぎゅうっと握っていると、シーツを握るウェンディの手に、傷だらけの大きな手がそっと重なった。
大きくて、ウェンディの手なんてすっぽりと覆い隠せてしまう手のひら。
だけど、その手のひらは温かく、優しくウェンディの手を包んでくれている。
確認しなくても、誰の手かなんて分かる。
ウェンディは涙を零しながら自分の手を包む優しい手の持ち主、ヴァンを見上げた。
「──ヴァン、……?」
「ウェンディ、我慢しなくていい。……嫌な事は、嫌だって拒否してもいいと思う」
「で、でもっ、これはお父様からの命令、だわっ」
「例え、侯爵様の命令だとしても……。ウェンディが嫌だって言うなら……そんな奴と結婚したくないって言うなら……ここから、逃げ出したいって言うなら……俺は、ウェンディを助けるよ」
真っ直ぐ、ウェンディの目を見つめて一つ一つ言葉を真剣に伝える。
ヴァンの言葉に嘘は無い。
ウェンディが逃げたいと言うなら。
侯爵家から逃げ出したいって言うなら、いくらでも助けるし、手を取って連れ出したいと、ヴァンはそう考えている。
むしろ、ヴァンはずっと思っていた。
もし、ウェンディが少しでも逃げたいと言えば。助けて、と助けを求めてくれたら。
いつでもウェンディの助けになれるよう、ずっと準備はしてきていた。
国随一の護衛騎士には決して敵わないが、ヴァンの騎士隊の中での地位は高いし、実力だってある。
それに、ヴァンは自分の家族──伯爵家にだって根回し済だ。
(……ウェンディが助けて、と言ってくれさえすれば。そうしたら、いつでもこの家から攫ってやる)
ヴァンの真剣な表情。
それは、覚悟も決めたような表情だ。
ウェンディはヴァンを見つめたまま、迷うように視線が揺れた。
「でも……っ、でも。本当に、そんな事して、大丈夫なの……連れ戻されたり、しない……? 侯爵家に連れ戻されて……、その人と結婚する事になったら……」
「ウェンディの心配は、分かる。ハーツラビュル伯爵家は、ホプリエル侯爵家より爵位は劣るし、正直、フォスター隊長が出て来たら、俺じゃあ太刀打ちできない……」
「じゃあ、やっぱり……っ」
ウェンディの瞳が、じわりと絶望に染まる。
だが、ヴァンは慌てて続けた。
「ウェンディ。ウェンディさえ良ければ、俺と専属護衛騎士契約をしてくれないか? 俺は、絶対にウェンディを裏切らない。君の力に、なりたい──!」
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