自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第六十二話 お金を稼ぐのは楽じゃない

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 半世紀前に起きた魔導革命によって、機械的にさかえる魔科の国グリモワール
 年中、春に近いという独特の環境で和風な生活様式がほとんどの日輪の国アマテラス
 街や王城が浮遊大陸にあり、それを守護する騎士団や龍にまつわる話の多いグランディア。
 三大国家とも呼ばれる国を結ぶ中心に冒険者育成を目的とする教育機関、冒険者学園を擁するニルヴァーナ。

 月日は流れ、日本で言えば六月半ばも過ぎた辺り。
 学園の敷地内にある立派な二階建ての建物“アカツキ荘”。そこに住むようになった生徒達は中間テストを無事に乗り切り、各々の生活を送っていた。
 ある人は学園の日常を謳歌しようと率先して物事に取り組んだり、その補佐をしていたりとせわしなく。
 ある人は借金返済とかお金稼ぎとか素材開発とかで、寝る間を惜しんで苛烈な労働を強いられている。……まあ、俺の事ですけど。

「んぁあ……」

 若干の寝苦しさと肌に感じる熱で目が覚めた。
 ノロノロと上体を起こす。屋根裏部屋の丸窓から、ぬるい日差しが差し込んでいる。
 仄暗い空に浮かびかけた朝日を睨み、目元を擦りながら。
 ベッドから下りて動きやすい服装、学園指定のジャージに着替える。

『すまない、異能の特訓に熱が入り過ぎてしまったな。間に合うか?』

 長袖のファスナーを閉めて、脳内に響いた実在系イマジナリーフレンド──レオに応える。
 国外遠征の依頼にて接触したアーティファクト、『狂騒の魔剣』と呼ばれる赤い大剣に宿っていた意思だ。人の心を知りたいという目的を持っていて、普段は粒子化し魔剣の適合者となった俺の脳内に住んでいる。
 あらゆるモノを破壊する異能をたずさえており、その力は強大だ。なのに容易にデメリットも無しに使えてしまう。
 故に寝ている間、レオの手引きによって気味の悪い精神空間で異能の特訓をしている。
 それ以外でも授業中に頭の中で話をしたり、感覚を共有してるので料理の味見で文句を言われたり、勝手に過去の記憶を見られて喧嘩したり、と。
 不法侵入の出会いから約一ヶ月ほどの付き合いになるが、それなりに良い関係を築けていると思う。

「まだ時間はあるし、大丈夫じゃないか? と言っても、どこに行かせられるかによるけど」
『先日は北の区画だったな。ここより遠い南だとしても良い鍛錬になるだろう』

 嬉々とした声に辟易へきえきする。事あるごとに“適合者ならば力をつけるべきだ”とガミガミやかましいのだ。
 特に戦闘科の授業。授業目的としては正しいが、あそこで全力を出してたら余力なんて残らない。

「あのさ、なんでもかんでも鍛錬と結びつけるなよ。したってちょっときついランニング程度でしょ」
『……アレでか?』
「そうだよ」

 正気を問う声音だった。まあ、少しアクロバティックかもしれないけど。
 勉強机に置いていた財布とデバイスをポケットに仕舞い、部屋を出る。誰も起こさないように足音を鳴らさず、そっと家の外に。
 軽く背筋を伸ばして、準備運動してから走り出す。さあ、今日も元気に働きますか!

 ◆◇◆◇◆

 ──お金を稼ぐのは楽じゃない。心の底からそう思う。
 この世界には冒険者がいて、迷宮ダンジョンの資源を持ち帰って生活の糧としている。
 薬草、鉱石、魔物素材などを直接ギルドに売りつけてもいいし、懇意にしてる商店に卸したりもするが、確実なのは依頼を達成すること。
 依頼を受けて目的の素材を納品、もしくは特定の魔物モンスターを討伐してギルドに報告すれば、いくらかの仲介料を引いた上で報酬が支払われる。
 それは時々別の素材だったり食材だったりと、お金だけという訳ではない。そこはまあ、自分的にはどうでもいい。

 懸念すべきは仲介料の部分。そんな制度がある事を最近知ったのだが、なんとこれ冒険者ランクで段階が変わるのだ。
 個人で受ければその人のランクが、パーティで受ければリーダー格のランクに合わせた適正金額になる。
 稀に依頼主の意向で仲介料が免除される事もあるそうだが、俺はほとんど学園側や直接依頼された物をこなしていたから分からなかった。
 ちなみにDランクの俺は本来の報酬から五割減される。……現代だったら出るとこ出てるぞ。
 反感もありそうなものだが、あくまで依頼の報酬が差し引かれるだけなので、別途で何か売却すれば稼ぎに問題はない。

 しかし、しかしだ。俺は現在、諸事情により一五〇〇万メルもの借金を抱え込んでいる。自分から背負ったものなので後悔はないが巨額である。
 一人で返済している訳でなく、もう一人。ツンツン尖った赤髪が特徴的な妖精族の少年──エリック・フロウと寝る間も惜しんで金策にいそしんでいるのだが、たった二人では効率が悪い。
 高ランクであるエリックをリーダーに迷宮の依頼を完遂しても限度があり、素材の運搬も楽じゃない。ならば毎日やればいいと思うだろうが、冒険者による依頼の奪い合いが起きるので、儲けの良い依頼が残っている事は無い。時間も頭数も足りないのだ。
 そして俺は特待生……簡潔に言えば学園のパシリ屋として依頼が入るので、返済にだけ集中はできない。

 幸いにも期限は設けられていないが、早いに越した事は無い。だからこそ俺達は別行動を取る事にした。
 エリックは迷宮の依頼を中心に受けて、他のパーティと手を組み数をこなす。
 俺は迷宮以外の依頼を片っ端から受注し、尚且つ並行して日雇いアルバイトをするようにした。
 これが意外にも効果があり、着実に返済が出来ている。エリックは仕方ないが、俺の受けた依頼のほとんどが仲介料を取らないのも関係しているだろう。
 金銭のみの依頼は中々ないが、人から人へ評判が広がり色々と頼まれる事が多くなった。
 総合的には忙しくもあるけど無理なく安全で、依頼報酬もバイト代もそれなりで、心がホッとする充実感があり毎日が楽しい。
 だから今日も──俺は街を駆ける。

 ◆◇◆◇◆

 ……タンッ、タンッ。
 軽快な音が住宅街に響く。朝早く、大通りの市場で露店の準備を始める人達が、音の鳴る方を見上げた。
 そこにいたのは肩からカバンを下げた、屋根から屋根へと飛び移る人影。数週間前から見掛けるようになった新聞配達の男。
 どこからともなくロープのような物を繰り出し、身体を引っ張り上げ、空を飛ぶ。カバンから取り出した新聞を的確に、次から次へと家に放り込む。
 知らない人が見れば不審者とも言われそうだが、男は学園のジャージを着ている。学園生徒は、この街の住人であれば身近な存在だ。

「おはようございまーす、今日の朝刊でーす!」

 加えて本人が笑顔を浮かべ、元気に挨拶しながら配達しているのだから不信感はない。
 それに街の人達も好印象を持ち、今や風物詩のような扱いを受けている。
 しかし私は知っている。あいつは、アカツキ・クロトは私から彼女を奪ってのうのうと生活しているのだ。
 中間テストから、いやもっと前から。二人で街をデートしたり、昼食の弁当を強請ねだっては心底美味しそうに食らい、挙句の果てには一緒の家に住んでいる。
 許せない……許せない許せない許せない! そこにいるべきは私だったのに!
 今に見てろ、地を這い泥を啜ってでも本性を暴いてやるっ! 隠された薄汚い性根を見れば、そうすればきっと彼女も戻ってく──

「おい、てめぇ……」
「へっ?」

 路地裏から出て尾行しようとしたら突然、後ろから腕を掴まれる。
 振り向いた先には異様に目をギラつかせた、興奮した様子の男がいた。その後ろには同じ様子の男たちがたたずんでいる。
 風貌から察するに朝まで飲んだくれていた冒険者なのだろうが、それにしたって雰囲気が妙だ。酔っているだけではない、何か危険な感じがする。
 ……そういえば噂で聞いた事があった。最近、街中で突然おかしな言動を取るようになる人が増えた、と。その状態になった人々による暴動騒ぎで、少なくない被害が起きている。
 自警団が主導でパトロールに回り調査に当たっているそうだが、あまり進展はしてなかったはず。

「まさか、この人達も……っ、放して!」

 手を放そうと振り回すが、ギリギリと力んだ痛みが増した。思わず顔をしかめる。
 助けを呼ぼうにも大通りから外れたここでは声が届かない。
 咄嗟に空いた手で魔法を放とうとして、そっちも手首を取られ壁に叩きつけられる。背中から響く衝撃が全身を伝う。
 身動きの取れないまま男達はにじり寄ってくる。不気味なまでに一言も発さず、正気を失った瞳が一斉に見つめてきた。
 何を考えてるかわからない、狂気を孕んだ瞳が。

「ひっ!」

 引き攣った悲鳴が喉奥で止まる。脚は震え、呼吸は荒くなり、恐怖が全身をさいなむ。
 伸ばされた手から逃れるように、滲む視界を閉じて顔を背けた──瞬間、風が吹いた。
 身体に掛かっていた重みが解けて、次いで鈍い破裂音が数回、間髪入れずに鳴り響く。
 力の入らない腰が地面に落ちて、恐る恐る目を開けた時には。私を襲おうとしていた男達が壁や木箱に叩きつけられ気絶していた。
 何が起こったのかを理解するのは容易だった。
 眼前に立ち尽くすカバンを下げた男、アカツキ・クロト。倒れ伏す男達を油断せず睨みつけるこいつが、私を助けてくれたのだ。

「自警団で議題に上がってたのはこいつらか。災難だったな、アンタ」
「……助けてくれて、ありがとう」

 内心、怨みを向けている相手に助けられ、業腹ではあるが礼をしないほど恩知らずではない。
 デバイスを操作するクロトをジッと見ながら、壁に手を掛けて立ち上がる。

「同級生が襲われてるのを見て見ぬフリは出来ないからね。……っと、しばらくしたら自警団が補導しにやってくるから、説明よろしく」
「は? ちょっと待って、来るまでこいつらと同じ場所にいろって?」
「悪いけど、まだ配達が終わってないから行かないと。ちゃんと意識は刈り取ってるし、安全だよ」
「そういう問題じゃないでしょ! さっきまで怖い目に遭ってたか弱い女子を一人にしておくつもり!?」

 デバイスをポケットに仕舞い、きびすを返す背中を非難する。
 立ち止まってゆっくりとこちらを振り向き、流し目で。

「何が目的かは知らないけど、か弱かったらわざわざこんな路地裏には来ないし、俺を尾行しなくてもいいだろ」
「っ!? 気づいてたの?」
「あんな分かりやすく視線を送っておいて気づかない訳がないでしょ。それじゃ」

 それだけ言い切るとクロトは、赤黒いロープを屋根に引っ掛け飛び立つ。
 急いで後を追って大通りに出るが、彼の姿は何処にも無かった。握り締めた手が白む。
 しばらくして自警団が来て気絶した男達を連行。私は軽く聴取を受けて──事前にクロトが手を回してくれたおかげで──何事もなく女子寮に戻った。
 因縁の相手に救われたという、苦い事実を胸に残して。
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