295 / 367
【七ノ章】日輪が示す道の先に
第一七四話 爪弾きの恩讐
しおりを挟む
小さき命があった。幼くも尊い、大切な宝物。
やんちゃ盛りで、毎日遊んで、泥だらけで。
父の名を口にしながら、遊び疲れて眠ってしまう……そんな些細で幸福を感じられる時間が、何よりも嬉しかった。
この子と共に居られるならば、いかなる困難辛苦も乗り越えられる。そう思わせてくれるほどに、愛していた。
──その日常が、容易く崩れ去るとも知らずに。
日輪の国の各地で前触れも無く発生した異常現象。
焔山を根源とする疫病、死刻病の霧に触れた者は皆、健常な肉体を蝕まれ、衰弱し死に追いやられる。老いも若いも関係なく、死んでいく。
人間、獣人、妖精族、エルフ、ドワーフ。そしてアヤカシ族も例外ではなかった。
前者に挙げた種族と違い、確かに罹りにくくはあるが、限度はある。その特性を利用され、霧が噴き出す死地へと送り込まれたなら尚更だ。
国中に根を張るかの如く、地中を血管のように走る“龍脈”。
その切れ目であり噴出孔とされる箇所は予測が出来ず、突如として発生する。しかし土や岩などを敷き詰めることで孔を塞ぎ、対処する事は可能だ。
現マガツヒの首領たるシラビもまた、作業員として業務に当たっていた。
死にゆく人々を一人でも多く救う為、過酷で危険な肉体労働に準じる。
日夜開発されている防疫装備、予防薬を使用し、仲間を引き連れて。
相応の対価として日当高額の金子を得て家に帰る。母はいずとも、愛しい我が子が待っている家に。
……家屋の地盤が割れ、毒の霧に包まれた、我が家に。
血の気が引いた。
喉の奥が締まった。
脇目もふらずに走った。
シラビ自身は作業員として配給された薬で予防が出来ている。しかし結局は一人分だ。加えて、家で待っている子どもは何の対策もしていない。
門戸を開けて、土間に倒れ伏す我が子を視界に納める。駆け寄って名を呼びながら、抱きかかえるも反応はない。
既に霧を吸ってから数時間が経過していたのだろう。地面に広がる黒く変色した血液と、衣服の合間から覗き見える皮膚は痛々しい。
体温は冷たく、呼吸も浅い。何もしなければ、死んでしまう。
最悪の想像に突き動かされるまま家を飛び出して駆け出す。
まだ、まだ間に合うはずだ。
かすかな希望を胸に、街中にある対死刻病専門の研究所兼診療所へ。我が子を救いたい一心で、備蓄されている薬を貰えない直談判を持ちかける。
少しでもいい、頼むと懇願するが、この異常事態へ対応している最中、そんな余裕はどこにも無い。薬の保管場所を襲撃するという、当時のマガツヒが暴挙に出ていた問題もあったからだ。
冷たくなっていく我が子の熱を感じながら、各所へ出向くが薬は貰えない。
汗が滲み、喉が渇いて。靴が壊れ、血だらけになって。
足が強張り、幾度となく転んで、我が子を庇った身体は傷だらけ。
それでもシラビは諦めず走り続けた……最後に頼るべき相手として、疲労困憊のままにコクウ家の門を叩く。
どれだけの対価を求められようと愛する家族の為ならば、金だろうが命だろうが差し出しても惜しくない。
強い決意を秘めた眼差しで睨む門から、コクウ家の当主シュカが姿を現す。だが、彼は実力主義で、傲慢で、臆病だった。
死に体の身体と子どもを抱えた親子。ある程度の耐性を持つアヤカシ族でさえ、罹れば遠からず死に至る。更に言えば誰がどう見ても、国難と化している死刻病の感染源となる要素を兼ね備えた二人だ。
他の四季家当主であれば、保管していた薬を放出してでも対処してくれたかもしれない。しかし、あろうことかシュカは拒絶した。
所詮は総数が少ないアヤカシ族が一人、二人と減った所で支障はない。自分まで死出に付き合うつもりはない、と。
情けも容赦も無く突き放され、呆けるまでもなくシラビは血が出るほど強く門を叩いても、シュカが応えることは二度となかった。
失意に暮れる中、他の領地へ出向けば……! と。一縷の希望を捨てられなかったシラビは、気づく。
腕の中に抱いていた我が子が息をしていないことに。心の臓は止まり、身体は硬直し、安らかな面持ちで死に絶えている。
生を主張するでもなく、ただ静かに。
半ばで開かれた眼でシラビを、自身の為にと必死に行動してくれた父の姿を映して。
丸一日、必死になって働いた彼の手に残ったのは。
家族を思って稼いだ金銭と、命を失った我が子の身体のみ。
突きつけられる無情な現実に、とめどなく涙を溢しながら。
幽鬼のような足取りで家に帰ったシラビは三日三晩、飲まず食わずで放心していた。
様子を見に来た同僚のアヤカシ族によってシラビは保護されたものの、憔悴し、生きたまま死んでいるような状態になっていた。
それでも死刻病で亡くなった者を埋葬する集合墓地へ通い、子どもの為に穴を掘り、埋める。
誰の手を借りるでもなく、たった独りで。
稼いだ金銭で献花、食べさせたかった甘味を供え、しばらく喪に服し──決意を抱いた。
我が子も救えず無様に生き残った自身の命を、どう使うべきか。
予見されることなく発生し、問答無用に命を奪っていく死刻病の存在。
保身に走り他者を顧みない、愚鈍で冷酷、人でなしのコクウ家。
どれもこれも、ふざけた道理で大切な物を奪っていく……誰にも止められない厄災、負の憎悪、繋がる怨嗟。
この恨みはらさでおくべきか? 否、否、否!
事態を招いた根源を憎み、嫌悪し、完膚なきまで叩き潰す。自身よりも下に蹴落とさなくては気が済まない!
その為ならば、いくら時を掛けようが構わない。必ずや最低最悪な手法で、この世に遍く全てを絶望の底に沈める……!
子どもの墓前にて、一人の男が狂気に落ちた瞬間だった。
やんちゃ盛りで、毎日遊んで、泥だらけで。
父の名を口にしながら、遊び疲れて眠ってしまう……そんな些細で幸福を感じられる時間が、何よりも嬉しかった。
この子と共に居られるならば、いかなる困難辛苦も乗り越えられる。そう思わせてくれるほどに、愛していた。
──その日常が、容易く崩れ去るとも知らずに。
日輪の国の各地で前触れも無く発生した異常現象。
焔山を根源とする疫病、死刻病の霧に触れた者は皆、健常な肉体を蝕まれ、衰弱し死に追いやられる。老いも若いも関係なく、死んでいく。
人間、獣人、妖精族、エルフ、ドワーフ。そしてアヤカシ族も例外ではなかった。
前者に挙げた種族と違い、確かに罹りにくくはあるが、限度はある。その特性を利用され、霧が噴き出す死地へと送り込まれたなら尚更だ。
国中に根を張るかの如く、地中を血管のように走る“龍脈”。
その切れ目であり噴出孔とされる箇所は予測が出来ず、突如として発生する。しかし土や岩などを敷き詰めることで孔を塞ぎ、対処する事は可能だ。
現マガツヒの首領たるシラビもまた、作業員として業務に当たっていた。
死にゆく人々を一人でも多く救う為、過酷で危険な肉体労働に準じる。
日夜開発されている防疫装備、予防薬を使用し、仲間を引き連れて。
相応の対価として日当高額の金子を得て家に帰る。母はいずとも、愛しい我が子が待っている家に。
……家屋の地盤が割れ、毒の霧に包まれた、我が家に。
血の気が引いた。
喉の奥が締まった。
脇目もふらずに走った。
シラビ自身は作業員として配給された薬で予防が出来ている。しかし結局は一人分だ。加えて、家で待っている子どもは何の対策もしていない。
門戸を開けて、土間に倒れ伏す我が子を視界に納める。駆け寄って名を呼びながら、抱きかかえるも反応はない。
既に霧を吸ってから数時間が経過していたのだろう。地面に広がる黒く変色した血液と、衣服の合間から覗き見える皮膚は痛々しい。
体温は冷たく、呼吸も浅い。何もしなければ、死んでしまう。
最悪の想像に突き動かされるまま家を飛び出して駆け出す。
まだ、まだ間に合うはずだ。
かすかな希望を胸に、街中にある対死刻病専門の研究所兼診療所へ。我が子を救いたい一心で、備蓄されている薬を貰えない直談判を持ちかける。
少しでもいい、頼むと懇願するが、この異常事態へ対応している最中、そんな余裕はどこにも無い。薬の保管場所を襲撃するという、当時のマガツヒが暴挙に出ていた問題もあったからだ。
冷たくなっていく我が子の熱を感じながら、各所へ出向くが薬は貰えない。
汗が滲み、喉が渇いて。靴が壊れ、血だらけになって。
足が強張り、幾度となく転んで、我が子を庇った身体は傷だらけ。
それでもシラビは諦めず走り続けた……最後に頼るべき相手として、疲労困憊のままにコクウ家の門を叩く。
どれだけの対価を求められようと愛する家族の為ならば、金だろうが命だろうが差し出しても惜しくない。
強い決意を秘めた眼差しで睨む門から、コクウ家の当主シュカが姿を現す。だが、彼は実力主義で、傲慢で、臆病だった。
死に体の身体と子どもを抱えた親子。ある程度の耐性を持つアヤカシ族でさえ、罹れば遠からず死に至る。更に言えば誰がどう見ても、国難と化している死刻病の感染源となる要素を兼ね備えた二人だ。
他の四季家当主であれば、保管していた薬を放出してでも対処してくれたかもしれない。しかし、あろうことかシュカは拒絶した。
所詮は総数が少ないアヤカシ族が一人、二人と減った所で支障はない。自分まで死出に付き合うつもりはない、と。
情けも容赦も無く突き放され、呆けるまでもなくシラビは血が出るほど強く門を叩いても、シュカが応えることは二度となかった。
失意に暮れる中、他の領地へ出向けば……! と。一縷の希望を捨てられなかったシラビは、気づく。
腕の中に抱いていた我が子が息をしていないことに。心の臓は止まり、身体は硬直し、安らかな面持ちで死に絶えている。
生を主張するでもなく、ただ静かに。
半ばで開かれた眼でシラビを、自身の為にと必死に行動してくれた父の姿を映して。
丸一日、必死になって働いた彼の手に残ったのは。
家族を思って稼いだ金銭と、命を失った我が子の身体のみ。
突きつけられる無情な現実に、とめどなく涙を溢しながら。
幽鬼のような足取りで家に帰ったシラビは三日三晩、飲まず食わずで放心していた。
様子を見に来た同僚のアヤカシ族によってシラビは保護されたものの、憔悴し、生きたまま死んでいるような状態になっていた。
それでも死刻病で亡くなった者を埋葬する集合墓地へ通い、子どもの為に穴を掘り、埋める。
誰の手を借りるでもなく、たった独りで。
稼いだ金銭で献花、食べさせたかった甘味を供え、しばらく喪に服し──決意を抱いた。
我が子も救えず無様に生き残った自身の命を、どう使うべきか。
予見されることなく発生し、問答無用に命を奪っていく死刻病の存在。
保身に走り他者を顧みない、愚鈍で冷酷、人でなしのコクウ家。
どれもこれも、ふざけた道理で大切な物を奪っていく……誰にも止められない厄災、負の憎悪、繋がる怨嗟。
この恨みはらさでおくべきか? 否、否、否!
事態を招いた根源を憎み、嫌悪し、完膚なきまで叩き潰す。自身よりも下に蹴落とさなくては気が済まない!
その為ならば、いくら時を掛けようが構わない。必ずや最低最悪な手法で、この世に遍く全てを絶望の底に沈める……!
子どもの墓前にて、一人の男が狂気に落ちた瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる