2 / 17
2
しおりを挟む
最初の貴族から釉薬付きの皿の依頼を受けてから一年、途切れることなく依頼が続いたためジーナ達の生活は上向き、年に一度本を買ってもらえるようになった。
王立図書館に通える年齢になるまであと三年、納品のために出向いた先で身元保証人になってくれそうな貴族も何人か目星を付けている。
その日を心待ちにして今日も仕事の手伝いに励んでいたジーナは、得意先の執事に呼び止められた。
主人から話があると言われて、何か粗相でもしただろうかと不安に思うジーナだったが、お茶とお菓子でもてなされたことから悪い話ではないかもしれないと警戒を緩めた。
「やあ、君がジーナか。聡明なお嬢さんだと聞いているよ。こういう物に興味はあるかな?」
まさか当主が現れるとは思わず驚くジーナだったが、スカルバ男爵が差し出した一冊の本に目が釘付けになる。
『陶磁器の歴史と変遷』
正直なところ陶磁器や歴史に特別興味があると言うわけではなく、そこに書かれてあるだろう知識と読み応えのありそうな厚みに読書欲が一気に高まるのが分かる。
無意識に手を出しかけて、高価な専門書であることを思い出せたのは不幸中の幸いだった。
「もしかしてこの文字が読めるだけでなく、意味も分かるのか?それなら一週間貸してあげよう。代わりに返しに来た時にこの本の内容について少し話をしたいのだけど、いいかな?」
「――承知いたしました。ありがとうございます!」
こんな高級品を預かって良いのか、何か裏があるのでないか。そんな考えがよぎらないでもなかったが、下手な質問をして借りられなくなったらきっと一生後悔する。そんな気持ちで即答したジーナだったが、一生とは言えないまでも後悔したのも確かだった。
「君、うちの養女にならないか?」
本を返却し約束通り本の内容について熱く語っていると、不意にスカルバ男爵からそんな提案をされた。提案というより、貴族から平民のそれは命令に近い。
「……理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
表情を曇らせるジーナとは反対に、男爵は機嫌が良さそうに理由を教えてくれた。
「ジーナは難しい専門書を読みこなすし、理論的な思考を持っていて、さらには言葉遣いもしっかりしているからね。そういう聡明な子供に教育を施すことで、君にとっては不自由のない暮らしと身分を、私にとっては優秀な人材を確保できるというお互いに利のある話だと思っているよ」
男爵の話は嘘ではないが、養女にする一番の理由について触れてはいない。
(まだ幼いうちに淑女教育を施せば、平民であっても高位貴族との政略結婚も可能ということね)
ただの人材確保であれば、使用人として雇用すればよく、わざわざ養女に迎える必要はない。
生粋の貴族の血にこだわる者もいるそうだが、貴族同士の婚姻はさまざまな柵もあり容易でない場合も多く、金銭や能力を優先して考える者も多いそうだ。
正直なところ本を読める環境は嬉しいが、図書館があればそちらで事足りる。それよりも貴族の不自由さや因習、面倒な人間関係による不利益のほうが大きいだろう。
「……お父さんとお母さんと離れたくないんです」
前世で見た犬と少女の感動物語を思いだせば、じわりと涙がにじんでくる。落ち着いた所作や聡明さを見込んでいるのであれば、子供らしい一面を見せれば失望してくれるかもしれない。それだけでは不十分だろうが、今は考える時間を稼ぐことが先決だ。
「養女になれば貴族学園に通えるから、図書室を利用できるよ?学園内には研究室もあるし、学びの幅も広がるだろう」
図書室の言葉に思わず意識がそちらに向かい、涙がすっと引いた。
しまったと思うも、男爵は何事もなかったかのようにジーナの返事を待っていることから、嘘泣きだとバレていたのだろう。貴族学園は盲点だったが、それならばとジーナは反論することにした。
「貴族にならなくても特待生制度がありますよね?あれなら平民のままでも通えるはずです」
「うん、だけどそれには貴族の後見人が必要だ。一定の礼儀作法を身に付けていなければトラブルの元になるからね」
男爵の口調は穏やかなものだが、ジーナが興味を持ったと感じたのか面白がるような表情を浮かべている。直接的ではないものの貴族の権力を仄めかして、どう出るか見定めようとしている気がした。
「スカルバ領産の茶葉は、天候不良によりあまり品質が良くなかったそうですね」
すっと男爵の眼差しが冷ややかになったのが分かったが、ジーナとしてはここで引くわけにはいかない。
「もし、その分の損失を埋めることが出来れば、養女ではなく後見人としてご検討いただけますか?」
「話を聞かせてもらおうか」
上手く事が運ぶ確率は半々だが、ジーナは前世の知識を総動員して男爵を納得させるべく説明を始めた。
王立図書館に通える年齢になるまであと三年、納品のために出向いた先で身元保証人になってくれそうな貴族も何人か目星を付けている。
その日を心待ちにして今日も仕事の手伝いに励んでいたジーナは、得意先の執事に呼び止められた。
主人から話があると言われて、何か粗相でもしただろうかと不安に思うジーナだったが、お茶とお菓子でもてなされたことから悪い話ではないかもしれないと警戒を緩めた。
「やあ、君がジーナか。聡明なお嬢さんだと聞いているよ。こういう物に興味はあるかな?」
まさか当主が現れるとは思わず驚くジーナだったが、スカルバ男爵が差し出した一冊の本に目が釘付けになる。
『陶磁器の歴史と変遷』
正直なところ陶磁器や歴史に特別興味があると言うわけではなく、そこに書かれてあるだろう知識と読み応えのありそうな厚みに読書欲が一気に高まるのが分かる。
無意識に手を出しかけて、高価な専門書であることを思い出せたのは不幸中の幸いだった。
「もしかしてこの文字が読めるだけでなく、意味も分かるのか?それなら一週間貸してあげよう。代わりに返しに来た時にこの本の内容について少し話をしたいのだけど、いいかな?」
「――承知いたしました。ありがとうございます!」
こんな高級品を預かって良いのか、何か裏があるのでないか。そんな考えがよぎらないでもなかったが、下手な質問をして借りられなくなったらきっと一生後悔する。そんな気持ちで即答したジーナだったが、一生とは言えないまでも後悔したのも確かだった。
「君、うちの養女にならないか?」
本を返却し約束通り本の内容について熱く語っていると、不意にスカルバ男爵からそんな提案をされた。提案というより、貴族から平民のそれは命令に近い。
「……理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
表情を曇らせるジーナとは反対に、男爵は機嫌が良さそうに理由を教えてくれた。
「ジーナは難しい専門書を読みこなすし、理論的な思考を持っていて、さらには言葉遣いもしっかりしているからね。そういう聡明な子供に教育を施すことで、君にとっては不自由のない暮らしと身分を、私にとっては優秀な人材を確保できるというお互いに利のある話だと思っているよ」
男爵の話は嘘ではないが、養女にする一番の理由について触れてはいない。
(まだ幼いうちに淑女教育を施せば、平民であっても高位貴族との政略結婚も可能ということね)
ただの人材確保であれば、使用人として雇用すればよく、わざわざ養女に迎える必要はない。
生粋の貴族の血にこだわる者もいるそうだが、貴族同士の婚姻はさまざまな柵もあり容易でない場合も多く、金銭や能力を優先して考える者も多いそうだ。
正直なところ本を読める環境は嬉しいが、図書館があればそちらで事足りる。それよりも貴族の不自由さや因習、面倒な人間関係による不利益のほうが大きいだろう。
「……お父さんとお母さんと離れたくないんです」
前世で見た犬と少女の感動物語を思いだせば、じわりと涙がにじんでくる。落ち着いた所作や聡明さを見込んでいるのであれば、子供らしい一面を見せれば失望してくれるかもしれない。それだけでは不十分だろうが、今は考える時間を稼ぐことが先決だ。
「養女になれば貴族学園に通えるから、図書室を利用できるよ?学園内には研究室もあるし、学びの幅も広がるだろう」
図書室の言葉に思わず意識がそちらに向かい、涙がすっと引いた。
しまったと思うも、男爵は何事もなかったかのようにジーナの返事を待っていることから、嘘泣きだとバレていたのだろう。貴族学園は盲点だったが、それならばとジーナは反論することにした。
「貴族にならなくても特待生制度がありますよね?あれなら平民のままでも通えるはずです」
「うん、だけどそれには貴族の後見人が必要だ。一定の礼儀作法を身に付けていなければトラブルの元になるからね」
男爵の口調は穏やかなものだが、ジーナが興味を持ったと感じたのか面白がるような表情を浮かべている。直接的ではないものの貴族の権力を仄めかして、どう出るか見定めようとしている気がした。
「スカルバ領産の茶葉は、天候不良によりあまり品質が良くなかったそうですね」
すっと男爵の眼差しが冷ややかになったのが分かったが、ジーナとしてはここで引くわけにはいかない。
「もし、その分の損失を埋めることが出来れば、養女ではなく後見人としてご検討いただけますか?」
「話を聞かせてもらおうか」
上手く事が運ぶ確率は半々だが、ジーナは前世の知識を総動員して男爵を納得させるべく説明を始めた。
245
あなたにおすすめの小説
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~
桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」
ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言?
◆本編◆
婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。
物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。
そして攻略者達の後日談の三部作です。
◆番外編◆
番外編を随時更新しています。
全てタイトルの人物が主役となっています。
ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。
なろう様にも掲載中です。
私、今から婚約破棄されるらしいですよ!卒業式で噂の的です
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私、アンジュ・シャーロック伯爵令嬢には婚約者がいます。女好きでだらしがない男です。婚約破棄したいと父に言っても許してもらえません。そんなある日の卒業式、学園に向かうとヒソヒソと人の顔を見て笑う人が大勢います。えっ、私婚約破棄されるのっ!?やったぁ!!待ってました!!
婚約破棄から幸せになる物語です。
婚約破棄は計画的に。
秋月一花
恋愛
「アイリーン、貴様との婚約を――」
「破棄するのですね、かしこまりました。喜んで同意致します」
私、アイリーンは転生者だ。愛読していた恋愛小説の悪役令嬢として転生した。とはいえ、悪役令嬢らしい活躍はしていない。していないけど、原作の強制力か、パーティー会場で婚約破棄を宣言されそうになった。
……正直こっちから願い下げだから、婚約破棄、喜んで同意致します!
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。
〘完結〛婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!
桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」
「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」
その声には、念を押すような強い響きがあった。
「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」
アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。
しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。
「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」
「なっ……!?」
アルフォンスが言葉を失う。
それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。
「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」
「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」
「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」
あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。
(完)婚約破棄ですか? なぜ関係のない貴女がそれを言うのですか? それからそこの貴方は私の婚約者ではありません。
青空一夏
恋愛
グレイスは大商人リッチモンド家の娘である。アシュリー・バラノ侯爵はグレイスよりずっと年上で熊のように大きな体に顎髭が風格を添える騎士団長様。ベースはこの二人の恋物語です。
アシュリー・バラノ侯爵領は3年前から作物の不作続きで農民はすっかり疲弊していた。領民思いのアシュリー・バラノ侯爵の為にお金を融通したのがグレイスの父親である。ところがお金の返済日にアシュリー・バラノ侯爵は満額返せなかった。そこで娘の好みのタイプを知っていた父親はアシュリー・バラノ侯爵にある提案をするのだった。それはグレイスを妻に迎えることだった。
年上のアシュリー・バラノ侯爵のようなタイプが大好きなグレイスはこの婚約話をとても喜んだ。ところがその三日後のこと、一人の若い女性が怒鳴り込んできたのだ。
「あなたね? 私の愛おしい殿方を横からさらっていったのは・・・・・・婚約破棄です!」
そうしてさらには見知らぬ若者までやって来てグレイスに婚約破棄を告げるのだった。
ざまぁするつもりもないのにざまぁになってしまうコメディー。中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。途中からざまぁというより更生物語になってしまいました。
異なった登場人物視点から物語が展開していくスタイルです。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる