自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景

文字の大きさ
10 / 17

10

しおりを挟む
休暇明けの緩んだ空気が流れる講堂には、後期の始業式を行うため全生徒が集まっていた。
そんな中、ブリュンヒルトを筆頭に話しかけて来る令嬢たちにそつのない対応をしながら、ヴィルヘルムは僅かな違和感を覚えていた。

教師たちがどこか落ち着きなく、動き回っているのだ。何か問題が起きたのかもしれないが、それにしては随分と様子がおかしい。

式の始まりを知らせるリーンと涼やかなベルの音がして、生徒たちはお喋りを止めて壇上に目を向ける。
だが静まったのは一瞬のことで、そこに現れたジーナを見てざわめきが起こった。

慌てる様子もなく落ち着き払った眼差しがこちらに向いた時、鋭い刃のように苛烈な光がよぎったのは見間違いではないだろう。

「本日はこの場をお借りして学園内で起きた犯罪について提訴いたします」

何を言っているのか理解できない、平民風情が提訴するなどあり得ないなどと困惑や批判の声が上がる。
ヴィルヘルムにも同意を求めるような声が両端から上がったが、ジーナを止めようとしない教師たちの動きにヴィルヘルムは着目していた。

どういう手を使ったのか、学園はジーナの行動を容認する姿勢らしい。
眉を下げて困惑した表情を見せていたが、思わず口角を上げてしまう自分に気づいた。

(面白いことになったようだ)

大人しく状況を受け入れるしかなかったはずのジーナが、どんな反撃を行うのか見てみたい。ヴィルヘルムが立ち上がると周囲が静まり返り、全員が沈黙したところで声を上げた。

「犯罪に提訴とは、新学期の始まりとしては随分不穏なことだが、それだけ重要な話なのだろう。ジーナ嬢、このような場での発言はそれなりの責任が発生するが大丈夫かな?」
「はい、承知しております。ヴィルヘルム第一王子殿下」

臆した様子のないジーナにヴィルヘルムは微笑を浮かべて、頷いた。小さなどよめきが起こったが、すぐに講堂は静けさを取り戻す。王族がジーナの行動を容認したのだから、静観するしかないのだ。

「それでは、まずアドルナート伯爵令嬢様が薬品を浴びせられた事件についてご説明させていただきます」

朗々たるジーナの声が講堂に響き渡った。


「事件が起こったのはマイア月第二ディーンの16時頃、温室そばで女子生徒の制服を着た何者かに薬品を掛けられ、左腕に軽度の火傷を負ったということですが、相違ないでしょうか、クラウディア・アドルナート伯爵令嬢様」
「……ええ、その通りですわ」

指名されてブリュンヒルトの隣に座るクラウディアは、びくりと肩を震わせて弱々しい声で肯定した。左手を押さえて不安そうな表情を見せる様は儚げで、大抵の男は庇護欲を掻き立てられるだろう。従者のエリゼオも使命感に燃えた瞳をクラウディアに向けているものの、ヴィルヘルムの興味は既に失せていた。

ブリュンヒルトよりかは頭を使い周囲にも気を配っていたようだが、ジーナの質問の意図に気づかないようでは話にならない。

(あの時ジーナ嬢も気づいていながら指摘しなかったのは、温情というより煩わしさを割けるためだろう)

「ありがとうございます。顔を庇って咄嗟に左腕で防いだとのことでしたが、お怪我はいかがでしょうか?傷などは残っていませんか?」
「っ、いいえ!幸いにも完治しておりますわ」

痕が残れば貴族令嬢として致命的であり、傷物扱いされるのは目に見えている。思わずと言ったように強い口調で返すクラウディアは早くも綻びが見え始めていた。
壇上に制服を着せた等身大の人形と瓶に入った赤い液体が運ばれてくる。

「薬品を携帯するには蓋つきの瓶が一般的です。実際にどういうことになるか再現してみましょう」
顔を庇うように左腕を折り曲げている人形に、ジーナはガラス瓶の中身をぶちまける。鮮やかな赤が左手部分を中心に染まるが、胸から下半身に掛けても飛び散っており、僅かだが顔にも付着していた。

「実際の位置にもよりますが、固形物と異なり液体を一点のみに当てることは困難です。それなのにどうしてアドルナート伯爵令嬢様は左手のみ怪我をしていたのですか?」

ジーナの指摘に生徒たちの目がクラウディアに集まる。

「それは、確かに他の部分にも掛かっておりましたが、軽度な状態だったのでわざわざ言わなかっただけですわ」
「そうですか。では制服はどうされましたか?薬品が掛かったのですから、そのままにしておくはずがありませんね。クリーニングに出されましたか?それとも廃棄を?」

言葉に詰まったクラウディアは、どちらが正解か必死で考えているのだろう。狼狽するクラウディアよりも、淡々とした口調だが猟犬のように鋭い目を向けて着実に追い詰めていくジーナからヴィルヘルムは目が離せない。

「……捨てましたわ」
「それは、いつ、どこに廃棄されたのでしょうか?」

「何故そんなことまでお聞きになりますの?!第一貴女が犯人なのではなくて?あんなに恐ろしい目に遭ったというのに、思い出させるなんて酷いわ」

涙を浮かべ華奢な身体を両腕で抱きしめるクラウディアに同情の視線が集まるが、突然回答を拒否する様子に疑念を持つ生徒も一定数いるようだ。

「ご回答いただけないのなら結構です。代わりにアドルナート伯爵令嬢様の侍女であるメアリーさんにお尋ねしましょう」

怯えた様子の侍女が壇上脇から出てくると、クラウディアの顔色が変わった。

「アドルナート伯爵令嬢様のお世話には室内の清掃も含まれているとお聞きしています。メアリーさん、貴女はこれまでに制服を処分したことはありますか?」
「いいえ、そのようなことはございませんでした」

震える声ながら、はっきりと否定したメアリーの言葉に被せるようにクラウディアが声を上げた。

「メアリーはその時いなかったのよ!だから自分で捨てたわ。そう、万が一にもお父様たちの耳に入れば、心配を掛けるもの」
「おや、アデルナート伯爵令嬢様自ら、廃棄物置場まで足を運ばれたということですか?」
「ええ、何か問題でも?」

堂々とした態度を見せるクラウディアだが、固く握りしめられた両手は緊張を物語っている。

「清掃人たちに確認しましたが、今年になって制服が捨てられているのを見たことはないそうです。学園の生徒としての身分証明にもなる制服は厳重に管理されていますから、見逃すこともありません」

貴族子女たちが通う学園であるため警備もそれなりに強固である。その一環として制服の購入及び処分について明確に定められている。ジーナが執拗に追求したのはこのためだ。

「アドルナート伯爵令嬢様の証言には食い違いが見られ、信憑性が乏しいことから自作自演の可能性が高いと思われます。虚偽申告、侮辱罪などが適用されますね。生徒会でも調査を行うとのことでしたが、そちらの見解はいかがでしょうか?」

確かにヴィルヘルムは話を預かると発言したが、それは調査を行うことと同義ではない。だがこちらにも責任を問おうとするジーナの姿勢にヴィルヘルムは笑みを浮かべて答えた。

「まだ婚約者もいない令嬢とあって慎重を期していたため、後手になってしまった。ジーナ嬢の推論は筋が通ったものだと思うよ」
「ヴィルヘルム殿下……!」

すっかり青ざめたクラウディアに目もくれず、ヴィルヘルムのジーナを肯定するような言葉に周囲の眼差しもすっかり冷ややかなものとなる。

どんな結末を準備しているのか期待が膨らむヴィルヘルムの耳に、淡々と次の事件について言及するジーナの声が届いた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

私、今から婚約破棄されるらしいですよ!卒業式で噂の的です

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私、アンジュ・シャーロック伯爵令嬢には婚約者がいます。女好きでだらしがない男です。婚約破棄したいと父に言っても許してもらえません。そんなある日の卒業式、学園に向かうとヒソヒソと人の顔を見て笑う人が大勢います。えっ、私婚約破棄されるのっ!?やったぁ!!待ってました!! 婚約破棄から幸せになる物語です。

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

婚約破棄は計画的に。

秋月一花
恋愛
「アイリーン、貴様との婚約を――」 「破棄するのですね、かしこまりました。喜んで同意致します」  私、アイリーンは転生者だ。愛読していた恋愛小説の悪役令嬢として転生した。とはいえ、悪役令嬢らしい活躍はしていない。していないけど、原作の強制力か、パーティー会場で婚約破棄を宣言されそうになった。  ……正直こっちから願い下げだから、婚約破棄、喜んで同意致します!

婚約者が聖女様と結婚したいと言い出したので快く送り出してあげました。

はぐれメタボ
恋愛
聖女と結婚したいと言い出した婚約者を私は快く送り出す事にしました。

[完結]死に戻りの悪女、公爵様の最愛になりましたーー処刑された侯爵令嬢、お局魂でリベンジ開始!

青空一夏
恋愛
侯爵令嬢ブロッサムは、腹違いの妹と継母に嵌められ、断頭台に立たされる。だが、その瞬間、彼女の脳裏に前世の記憶が蘇る――推理小説マニアで世渡り上手な"お局様"だったことを!そして天国で神に文句をつけ、特別スキルをゲット!? 毒を見破り、真実を暴く異世界お局の逆転劇が今始まる! ※コメディ的な異世界恋愛になります。魔道具が普通にある異世界ですし、今の日本と同じような習慣や食べ物なども出てきます。観賞用魚(熱帯魚的なお魚さんです)を飼うというのも、現実的な中世ヨーロッパの世界ではあり得ませんが、異世界なのでご了承ください。

婚約破棄ですか……。……あの、契約書類は読みましたか?

冬吹せいら
恋愛
 伯爵家の令息――ローイ・ランドルフは、侯爵家の令嬢――アリア・テスタロトと婚約を結んだ。  しかし、この婚約の本当の目的は、伯爵家による侯爵家の乗っ取りである。  侯爵家の領地に、ズカズカと進行し、我がもの顔で建物の建設を始める伯爵家。  ある程度領地を蝕んだところで、ローイはアリアとの婚約を破棄しようとした。 「おかしいと思いませんか? 自らの領地を荒されているのに、何も言わないなんて――」  アリアが、ローイに対して、不気味に語り掛ける。  侯爵家は、最初から気が付いていたのだ。 「契約書類は、ちゃんと読みましたか?」  伯爵家の没落が、今、始まろうとしている――。

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

処理中です...