王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景

文字の大きさ
20 / 31
第1章

許されない願い

しおりを挟む
全ての準備を済ませて、カイルは番の行方を追った。届けられた手紙によりヴィオラが保護されていることを知っているものの、この目で無事を確認するまでは心が休まらない。

信頼のおける人物と行動しているとはいえ、未だに危険に晒されている状態なのだ。
そうしてルストールに辿り着きギルドへ向かっていたカイルだったが、何かに引き寄せられるかのように路地裏へと進むことになった。
安全上の理由で護衛からは難色を示されたが、どうしても行かなければならない気がして薄暗い通りに足を踏み入れた時、鋭い笛の音が耳に届く。

危険を知らせる合図に気づけば全力で駆けだしていた。すぐに途切れたものの、何処から響いたものか割り出すには十分で、その姿を捉えた瞬間の衝撃は忘れられない。

保護されているはずのヴィオラが地面に倒れており、すぐそばにいる男は鉈を振り下ろそうとしていたのだ。
頭の中が真っ白になるほどの激しい感情の中で、ヴィオラをこれ以上傷つけさせはしないという思考だけで身体が動いていた。

地面に倒れたヴィオラの頬は赤く腫れあがり、心が痛む。どれだけ詫びても足りないが、まずは治療が先決だと声を掛けたものの、ヴィオラは安堵するどころか怯えたように謝罪を繰り返す。
初めて会った時には困惑しながらもまっすぐ見つめてくれていた瞳は、絶望と恐怖で揺れていた。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。

たった1週間ほどの間で大事な番はすっかり怯え切っていて、全身でカイルを拒絶していた。自らの存在を否定するほどに。
そんな状況まで追い詰めたのは自分であることに、カイルもまた絶望しかけ、それでもヴィオラを護らなければという一心だけで、何とか自分を奮い立たせた。

抱き上げると小さな肩が震え、嗚咽を堪える様は胸が張り裂けそうで、もう大丈夫だと抱きしめてやりたいのに、ヴィオラはきっと望まない。
彼女を恐ろしい目に遭わせた元凶であるカイルが何を言ったところで、彼女の心には響かないだろう。

(……目の前にいるのに、遠い)

無力感に押しつぶされそうになるのを淡い微笑みで隠す。辛いのはカイルではなくヴィオラなのだ。
せめてこれ以上傷つけないように、脅威が去るまでは側を離れないようにしよう。
そう思うのに、結局は自分のためではないか。そう囁く声がする。
馬鹿なことを否定できないのは、ヴィオラが唯一無二の大切な相手で、側にいられるなら何を差し出しても構わないと思える存在だからだ。

どうか見捨てないで。二度と危険な目に遭わせたりしないから。
大事に護って慈しむと誓うから、どうかもう一度だけチャンスを与えてほしい。

痛み止めと鎮静剤の効果で、静かに眠る番の横顔を見ながら、決して許されない願いを心の中で叫ぶ。

懇願すればヴィオラは頷いてくれるかもしれないが、それはカイルが王太子だからだ。いくら気にしなくても良いと言っても、王族からの依頼は命令に等しい。
きっと優しい彼女は我慢して、苦痛を呑み込んでそしていつか耐え切れず儚くなってしまう。

(ああ、それだけは耐えられない)

過去に番を見つけた全員が幸せになったわけではない。幼い頃から番にまつわる過去の様々な顛末を学び、禁止事項を設けられているのはそのためだ。
それでも心からの渇望は、番への執着は簡単に消えはしない。

そんな葛藤に苦しんでいたせいか、カイルは彼に掛ける言葉に棘が混じってしまうことを止められなかった。

「貴方が目を離したせいで、私の番は足を切り落とされるところだった」

跪き深く頭を下げて恭順を示すレイに、カイルは冷ややかに告げた。

部屋に招き入れたレイは真っ先にヴィオラに視線を向け、安否を確認していた。彼がヴィオラを第一優先とし心を砕いていたいたことは報告からも分かっていたが、その様子からもどれだけヴィオラを案じていたか伝わってくる。

ヴィオラを一人にしてしまったのは彼らしくもない失態であったが、そもそもカイルにはそれを責める権利すらないのだ。
心を落ち着けて事情の説明を求めたカイルは、すぐにまた心を乱されることになる。

「……あり得ない」

レイからヴィオラの妹の話を聞いて、怒りが抑えられそうにない。今回の事件の調査の過程でヴィオラの生育環境についてもカイルは調べていたのだ。

実母の振る舞いはヴィオラには何の関係もないのに、偏見と異分子である彼女への扱いは理不尽なものだった。そもそも離れて暮らしている状態でどうやって妹を虐げることが出来るのだろうか。そう考えれば妹を殺そうとしたなどという話も悪意から派生したものと考えるのが自然だ。

小さな村などでは住人たちの結びつきが強い傾向にあるが、ヴィオラにとってはマイナスに働いてしまった。
苦労の多い生活を強いられ、ただでさえ辛い境遇の彼女にカイルは追い打ちをかけてしまったのだ。
諦観の宿る瞳や荒れた指先を思い出し、また胸が苦しくなる。

「カイル殿下、ミラ嬢が姉の居場所を知っていたのは、フィスロ伯爵家の使いを名乗る者から教えられたそうです」

本来平民の証言だけでは証拠として不十分だが、他の物証を含めれば問題はない。

「全ての準備は整った。私の番に危害を加える者たちを排除しよう」

愚かな行為の代償をしっかり支払ってもらわなければならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。

季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。  今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。  王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。  婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!  おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。  イラストはベアしゅう様に描いていただきました。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

処理中です...