王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景

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第1章

一難去ってまた一難

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「――もう、放してよ!私のせいじゃないもん!」

護衛に拘束された状態で駄々をこねるミラの言動に、溢れる涙がぴたりと止まった。悪びれることもなく言い放ったことへの驚きが通り過ぎると、ふつふつと湧いてきたのは怒りだ。

天真爛漫といえば聞こえはいいが、今のミラは思い通りにいかないことに癇癪を起こす我儘な子供にしか見えない。
カイルとレイのそばを離れてミラの前に立つと、ミラは頬を膨らませてそっぽを向いた。

「どうして私の大事なものをミラが持っていたの?人の物を勝手に持ち出すのはいけないことだと分からない年齢でもないでしょう?」
「……ぬいぐるみぐらいで目くじらを立てる方が大人げないわ」

この期に及んでもなお言い訳ばかりで、謝罪をしないミラにヴィオラはもういいやと思った。話しても伝わらず、相手が聞く耳を持たないのなら仕方がない。

「大人げなくて結構よ。大事にしているものだと知っていて投げ捨てたことも、そのせいでカイル殿下が怪我をしたことも、人の物を盗んだことも私は許すつもりはないわ」

「ヴィオラ、そんな意地悪な言い方をしなくていいだろう!ミラだってこんなことに巻き込まれてショックを受けているんだ。妹に少しは優しくして――」
「もう妹ではありませんし、事実を口にしただけです」

毅然と反論したヴィオラに、元父は驚いたように目を見開いた。ずっと言い返すことも意見を主張することもなかったのだから、無理もないかもしれないが、それを当然のように思われていたことが悔しい。
ヴィーの優しさを、痛みを、理解していない元父にも腹が立つ。

「あの時、ミラを護ろうとしたことは後悔していません。もしも何もせずにミラが蜂に刺されていても、あなた達はきっと私を非難していたでしょうから」

あれはただのきっかけだったに過ぎない。あの出来事がなくても遅かれ早かれヴィオラは家族の輪から追い出されていただろう。
彼らにとってヴィオラは過去の汚点の結果であり、なかったことにしたい存在だった。

「何を言ってるの?悪いのはお姉ちゃんなのに。せっかく家に戻っていいって言ってるのに、変な意地張ってみんなを困らせて、そんな意地悪なことばっかりしてるから嫌われるんでしょ?」
「あなた達にどう思われようが、別にいいわ。……さようなら」

背後から騒がしい声が聞こえてきたが、無視することにした。ミラの父親は何か思うところがあったのか、カイルたちの手前だからなのか分からないが、懸命にミラを窘めている。

「カイル殿下、レイさん、ありがとうございます」

ヴィオラが言いたいことを言い終えるまで、黙って見守ってくれていたのだ。案じるような眼差しを向けているのはカイルで、レイはよくやったというように満足そうに微笑んでいる。

「あんな言葉は気にしなくていい。俺たちはヴィオラが大好きだからな」
「ああ。ヴィオは優しくて可愛い上に、凛々しさも兼ね備えた自慢の娘だ」

向けられる優しさと好意に思わず頬が緩む。

「ふふっ、レイさ……じゃなくて、褒め過ぎだよ、レイお父さん」

まだ少し気恥ずかしいが、お父さんと呼べるのはとても嬉しいし安心する。護衛の人たちが伯爵や元家族を連れて行き、室内が静かになるとカイルから声を掛けられた。

「ヴィオラ、少し話したいことがあるんだ」

「俺は第二王子殿下をお部屋までお送りしてまいります。少し確認したいこともありますし」

改まった様子に何かを察したのか、レイも席を外して二人きりになる。少し緊張していると、何故かカイルも沈痛な顔をしており様子がおかしい。

「あ……傷の手当てを先にしないといけないですね」
「いや、大したことないから大丈夫だ。それよりも、ヴィオラの気持ちを尊重するために確認というか聞いておきたいことがあるんだ」

そう言って少し躊躇うように視線を彷徨わせたあと、カイルは驚くべきことを口にした。

「ヴィオラは、レイが好きなんじゃないか?その、異性としてという意味だが」

衝撃過ぎて声を失っていると否定しないことを肯定と捉えたのか、カイルが深くうなだれた。

「……っ、違います!そんな風に思ったことはありません!そもそもレイさんは父と、いえ元父と同じぐらいの年齢ですよね?!」

親と同年代の男性を恋愛対象だと考えたことはない。何故そんな結論に至ったのか。

「多少年齢の差はあっても、彼は情に厚く気のいい男で腕も立つし、信頼のおける魅力的な人だ。ずっとそばにいて護ってくれた相手に惹かれても不思議ではない。今なら養子縁組について無効にすることは可能だ。その場合は別の貴族に後見を依頼することになるとは思うが」

わざわざ二人きりで確認したのは、これがソルフェン王国の第二王子が認めた養子縁組だからだ。もしもヴィオラの本意でないのなら、とこっそり意思を確認してくれたらしい。
しょんぼりと肩を落としながらも尋ねてくれるのは、ヴィオラのためなのだろう。

「レイさんは確かに優しくて頼りになりますが、旅の間もずっと理想のお父さんだなって思っていました。今もそれは変わりませんし、私のお父さんはもうレイさんなので無効にしないでくださいね」

そう伝えると、カイルはあからさまにほっとした表情を浮かべて、ソファに寄りかかり肩の力を抜いた。

「流石に大げさではありませんか?」
「そんなことはない。今まで叔父上には何一つ勝てた試しがないからな。ヴィオラが惹かれても仕方がないと――」

ぴたりと動きを止めたカイルと同様に、ヴィオラもまた何かおかしなことを耳にした気がしてカイルの言葉を反芻する。

(………叔父上?)

カイルはロドリニア国の王太子だ。その叔父ということは、国王ないしは王妃の血縁者ということになる。

「………カイル殿下、もしかしてレイさんはとても身分の高い方、なんでしょうか?」
「……その、彼も騙そうとしたわけではなく、ヴィオラが落ち着いたらちゃんと話すつもりで…………黙っていてすまない」

再び気まずい沈黙が落ちる。もしかしてレイの娘になったのは早計だったのだろうか。

(レイさんも貴族なんだったら、そんな簡単に平民を養女になんかしちゃ駄目でしょ!)

猫の子を拾うのではないのだからと頭を抱えていると、当の本人が戻ってきた。

「ヴィオ、ぬいぐるみの件だが、ギルド職員が未成年者の親だからとヴィオの部屋にあの親子を通してしまったらしい。その時にくすねたんだろう。後で他に物がなくなっていないか確かめてくれ。ん、どうしたんだ?」

職員が届けてくれたのか、レイの手にはヴィオラの荷物があったが、それどころではない。

「……叔父上、すみません」

カイルの一言で状況を理解したらしく、レイは納得したような表情を浮かべた。

「ああ、伝えるのが遅くなって悪かったな。兄貴は国王だがもう臣籍降下しているし、公爵といっても名ばかりで大した仕事もしてないから気にしなくていいぞ」

(しかも元王族のほうだった!)

何だか似ているなと呑気に考えていた自分は何て間抜けだったんだろう。
カイルに関しては番だからというある意味わかりやすい理由があるが、レイに関しては一時的な護衛と保護対象という関係なのだ。周囲からどう思われるか考えるだけでぞっとする。

「レイさん、奥様――公爵夫人がいるんですよね?」
「いや、俺は一度も結婚していない。公爵家には遠縁から引き取った優秀な息子がいるおかげで、こうやって自由に過ごしても問題ない立場なんだ」

奥さんがいないとしても、息子がいるなら絶対に反対される。というか家族に相談もなく決めることではないだろう。

「ヴィオが望まないなら公爵家に住む必要はないさ。俺の娘になるのはやっぱり嫌か?」
「………っ、嫌じゃない」

その聞き方はとても狡い。理想のお父さんで地位もあっておそらく裕福でもある。物語なら幸運だと思えるのだろうが、こうも環境が違いすぎると喜べない。

「大丈夫だ。息子のセオドアは人見知りだが子供には優しいし、きっとあいつもヴィオのことを気に入るよ」
「……叔父上、俺の番であることはしっかり伝えてくださいね。ヴィオラ、公爵家に馴染めなければいつでも城に来てくれていいからな。賓客として迎えよう」

どっちもどっちである。

(でも、せっかくお父さんになってくれたのに離れたくないな)

寂しいという気持ちに後押しされるように、まずは話をしてみようと思った。何も言わず背を向ければ傷つくことは減るかもしれないが、今ある幸せを手放してしまうことになる。それはとても勿体ない。

小さな決意を胸に二人に向き合うと、きっと大丈夫だよと囁く声が聞こえた気がした。



(第1章完)
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